2 ツンデレ美少女降臨
自分は、あくまでエラを幸せにするために今まで努力してきた。
その努力を、他でもない自分のために注いできたなんて、口が裂けても言えない。いや、言いたくなくともそれが事実となってしまったからには、今となってはどうしようもない。
だが、まだ挽回の余地はある。
彼とエラをどうにかして引き合わせれば……。
と、そこまで考えたところで、彼は自分の世界へと飛んでいるアナスタシアの肩を、ぽんと叩く。と同時にハッと意識を取り戻したアナスタシアは、キッと王子を睨むような眼で見つめた。
とりあえず、この状況をなんとかしなくては。
「……わたしを、騙したんですか?」
唐突に口に出たその言葉に、自分でも目を剥く。相手は一応王子様なのだから、口を慎むべきだとは思うが……。
だが、どうせならこの際、自分のすべてをさらけ出してしまってはどうだろうか。
王子が自分に幻滅して、この婚約を破棄してしまうくらいに。
「あなたは初めて出会った時、わたしに自分の身分を明かさなかった。明かしてさえいれば、わたしはこの場にいなかったでしょう。なぜですか?」
「だって、お忍びだし。しかもあんな街のど真ん中で、自分の身分を明かすわけがないでしょ」
もっともな答えが返ってくる。それに拍子抜けすると、王子はまたその笑みを浮かべて。
「そういえば、あの場で確か、取引をしたよね。覚えてる?」
急に柔らかい口調で王子が切り出す。確かそんなこともあったと思いながら、アナスタシアは頷いた。
「よかった。俺は弁償をお願いしたけど、君の願いは『王子と引き合わせたい人がいるから、王子殿下と一度だけ会わせてほしい』だったよね? さあ、結果こうしてその王子様とご対面なわけだけど、それで、俺と誰を引き合わせたいの?」
以前の自分なら、間違いなく、即座にエラ、と答えただろう。
だがしかし、状況が変わった。
あの後、彼が舞踏会の前にでも、エラと王子とを引き合わせてくれていれば――。
と、そこまで考え、ふと気づく。
あの街で出会った少年がこの王子なら、エラと引き合わせる予定だった王子もこの人ということになる。
つまりは、エラと王子が舞踏会の前に会おうが後に会おうが、アナスタシアが彼に騙されていたことに変わりはないということか。
そう考えたアナスタシアは、ただただ、気持ちが悪い、と思った。平気で騙されていた自分もそうだが、何より他人を平気で騙す彼のほうも、なぜそんなことをしたのか、不思議な気持ちと不快感だけを覚えた。
……こんな気持ちを味わわせる人に、大事なエラを渡せるものか。
「人を騙しておいてよくそんなことが言えるわね。信用ならないあんたになんか、もう何も頼まないわ」
「だけど、見合いの手引きをしてくれるんでしょ? なら、断るわけにはいかないな」
王子相手に敬語でないことを気にするふうでもなく、彼はアナスタシアに笑いかけてくる。
「取引成立には、俺が君の引き合わせたい相手と会う必要がある。そうだろ?」
「……平気で人を騙すような人に、大事なエラをあげられるわけがないでしょ」
「へえ? ああ、舞踏会で派手につまずいちゃった子? あの子、エラっていうの」
「何それ。まさか、エラのこと馬鹿にしてるの? それならなおさらお断りよ。この取引は白紙に戻すわ。あなたになんか、エラをあげる資格もない」
言った後で、さすがに言いすぎたかと後悔したが、しかし、彼はアナスタシアがどれだけ失礼なことを口走ろうとまったく気にしていない様子で、むしろ、何か企んでいるような、そんな笑顔を浮かべている。
何か怪しいと思って顔をしかめると、ふっと笑みを溢す。
「……言っちゃってもいいの? そんなこと。いずれ後悔するよ?」
「わたしの望みは、エラをあなたと結婚させることよ。だけど、それはわたしが許さないわ。というわけで、これで取引は白紙に戻ったわよ。さあ、わたしをあの家に帰して」
「……なら、あの子じゃなく君をもらう」
「……は?」
「言ったでしょ? 後悔するって。いつか俺と結婚できてよかったって、そう思う日が来るよ」
「――あなた、何を言って」
「それじゃ、俺は忙しいから、またあとで」
無理矢理この話を終わらせるように、彼はアナスタシアの横を通り過ぎていく。ぎゅっと拳を握り締めていると、
「あ、そうそう」
去り際、彼は再度こちらに目を向けると、すっと掌を差し出してくる。何ですか、と言う目で見つめると、彼は呆れたような顔をして、
「俺の上着を返してよ」
と胸を張って言うのだった。
***
理想の王子様像をことごとく潰されて、傷心に浸っていたアナスタシアの元に、一人、尋ねてくる者がいた。
「あら。フレデリックの婚約者の方がいるというから、仕方なくここに足を運んだのに、随分と間抜けな面をしていることね。まさか、フレデリックのあの性格の悪さに愛想を尽かしたのかしら? まあ、それも仕方のないことよね。あの性格のおかげで何人の女性を逃してきたことか、思い返せばきりがないもの」
それも、前世で言う「ツンデレ美少女」という類いの人物が。
「あのう……失礼ですが、どちら様で?」
本当に『間抜けな面』をして聞いたせいなのか、その少女は呆れたように鼻を鳴らす。
「あら嫌だ。田舎者だとは聞いていたけれど、まさかわたくしのことを知らないというの? それでよくフレデリックの婚約者になれたものね?」
金色の長い髪の毛先はピンク色に染まっており、あの憎らしい王子と同じ紺碧色の瞳をした彼女を、正直、アナスタシアは知らなかった。もともと王族に興味なんてなかったし、こんな美少女がいるんだ、とは思ったが、生憎名前も知らない彼女にいきなり憎まれ口を叩かれても、反論のしようがない。
そんなアナスタシアの心情を知ってか知らずか、彼女はくいっとその小さな眉を吊り上げて、誰かさん同様、胸を張って言ったのである。
「我が王国第一王女。名をセレンディーネよ」




