初めての依頼
翌朝、起きてベッドに腰掛けてぼーっとしているとテレーゼも起きたようだ。
「おはようございます……」
「んー、おはよう」
俺も彼女も眠くて、あまりテンションが上がらない。まぁ、寝るのにもあれから結構時間かかったしなぁ。
とはいえいくら眠くても俺は起きなければならない。さっさとギルドに行って刺青やら何やらをしなければ。
「あー……テレーゼ、ここにお金置いとくよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「またよろしく」
俺はお金の入った袋を机の上に置き、だるい体を引きずりながらギルドへ向かおうとする。
と、家を出てすぐに腕を後ろから引っ掴まれる。
振り返ると驚いて眠気でも吹き飛んだような表情で見上げてくるテレーゼがいた。
「あ、あの、多くないですか……? 2000Gのはずですが……」
「律儀だなぁ……3000Gはサービス。それだけあれば今日はもう売らなくても過ごせるでしょ。妹と一緒に遊んでおいで」
俺は昨日の晩飯代も浮いたし、今日も何かしらの依頼を受ければ金は入るだろう。
なので、昨日もらった分をすべて置いてきたのだが、テレーゼは真面目に伝えにきた。
普通なら素知らぬ顔でもらうだろうに……あ、家がばれているから困るのか。別に取りに戻ることもする気はないのだが。
俺は息を吐きながらテレーゼの頭に手を乗せる。
「また話でも聞いてよ。その時の前払いってことで」
「で、ですが……」
「じゃあ、今日も泊まりに来ていいかな? それでどう」
「……わかりました。今日もお待ちしております」
テレーゼはそういって小さく頭を下げる。その頭に置いたままの手を動かし、撫でてやる。
あ、犬耳が気持ちいいな、これ。
ずっと撫でていたい思いに駆られるが、ぐっとこらえて手を離す。
するとテレーゼもなぜか名残惜しそうな表情でこちらを見ていた。
「……帰ってきたらまた撫でてやる」
「お、お願いします……」
そうしてやっと、俺はギルドへと歩き始めた。
☆☆☆
「痛かったり痒かったりするか?」
「いえ、大丈夫です」
ギルドについて早々に俺は手の甲に刺青をした。これがギルドメンバーである証になるらしい。
刺青に使われる墨は魔力加工されており、退団や追放などギルドをやめることになった時には団長権限で消すことが可能とのこと。簡単な命令なら権限を使って行使も可能らしい。
ちなみに模様はライオンの吠えている姿だ。かっけぇ。
「それと、これが君のネームプレートだ。身分証にもなるので、失くさないようにな」
そういってネームプレートを渡される。
なんというか、ドッグタグみたいだな……。
「もし出先でネームプレートだけが発見され、一か月姿をみせなかった場合、死亡扱いされギルドは退団になる。くれぐれも落とさないように」
「わかりました」
用途もまんまドッグタグだった。
「これでギルドに関することは一通り説明し終えたが、何か質問はあるか?」
「依頼について何も知らないので教えていただければ」
「そうだったな。君はギルドに入るのは初めてだったか。では下に降りよう」
そういわれ、リチャードの後を追って下に降りる。
ホールにはまだ朝ということもあり、人はそういない。依頼を申請に来ている一般人が多いだろうか。
団員たちはもう依頼を受けて出てしまったか、あるいはメンバーが集まるのを待っているようだ。
その中をリチャードと俺は進みながら、ホールにある一番大きい掲示板の前で止まった。
「ここに張られている紙が依頼書だ。難易度も書かれており、当然難しくなれば報酬も高くなる。だが、難しい依頼を受けるにも条件があって――」
「その条件、俺にもありますか?」
「……まぁ、強さは問題ないだろう」
そりゃステータスカンストしているからね。
だがリチャードが首を縦に振らないのなら、何か別の理由があるのだろう。
「たとえステータスが高くとも命を落とすことはある。まずは経験を積め。そうだな……難易度B以下の依頼を百個こなせば、それ以上の依頼の許可を出そう」
「なるほど。妥当な線、ですか」
「これでも甘い方だ」
「嬉しい限りですよ、あなたのような団長で。俺のご機嫌取りをしようとしないでくれるのは、大変居心地がいい」
「何、ここでもし君が暴れても何とかできる自信はある。――経験を積んでいるからね」
「それは頼もしい」
リチャードの眼が探るようなものになる。
別にそんなことをせずとも、暴れたりなどしない。世界をより楽しむには、より人間らしくいること、だ。ことこのチートステータスを持っている場合は、ね。
気が済んだのか、リチャードは俺から視線を外すと掲示板をもう一度示す。
「それと、依頼は期限さえ守ればいくつ受けても構わない。同じ地域での依頼ならば、まとめてやった方が効率もいいしな」
「わかりました。じゃ、今日はこの辺の依頼をもらいます」
難易度Bを中心に、同じ地域の依頼を片っ端から剥がしていく。
「それを持って受付に出せ。そうすれば契約は成立、報告を済ませば報奨金がもらえる。途中で手に入った素材なんかも換金できるから、積極的に集めてくれ」
リチャードが指差した受付へ向かい、承認をもらう。
さて、これでようやく金が稼げるな。
「最後に、こいつは見習い用の指南書だ。普通は自分で買い、自分で学ぶものだが、今回は異例だからな。渡しておく」
「ありがとうございます」
渡された、漫画の単行本並みの厚さの本を受け取り、俺はギルドを後にした。