ギルド
どうやらこの世界の言語は読めるようだ。医者と会話はできていたので言葉は問題ないと思っていたが、文字まで読めるとは。冷静に見ればちんぷんかんぷんなのに、直感で何と書いてあるのかがわかる。
習い直す必要がないから楽でいいけど。
というわけで冒険者ギルド『ライオンキングダム』にやってきた。
この街にはいくつか冒険者ギルドが存在し、中でも実績の高いギルドが二つ。
それがこの『ライオンキングダム』と『ブラックダイヤ』というギルド。聞き込みをして手に入れた情報だ。
どうせ実績の高いギルドの方が報酬の高い依頼が多いだろうということで、どちらか先に見つかった方に入ろうと思っていた。
それで先に見つけたのは『ブラックダイヤ』だったのだが、こちらは面接と模擬試合で実力を測らなければならず、それも月に一度しか開催されないために断られてしまった。
仕方ないのでもう一つの方の『ライオンキングダム』に来たわけだ。
西部劇にでもありそうな両開きの扉を押して中に入る。
中では仕事帰りか知らないが、真昼間から酒を飲んでいる者たちが見受けられる。
その間を進み、受付に向かう。
空いている受付に行くと、お姉さんが対応に出てくる。
「依頼の御用でしょうか?」
「いえ、入団したいんですが」
「入団ですか。他のギルドでの実績はおありですか?」
「いいえ。初めてです」
「初めてですか……申し訳ありません。現在新人の加入は受け付けておらず……」
「そうですか。それでは仕方ないです。大人しく『ブラックダイヤ』の試験日を待つとします」
俺が『ブラックダイヤ』の名前を出すと、ホール内の空気が一変した。
ふむ、どうやら挑発は成功らしい。
こういったところはライバル意識が高いからなぁ。
振り返って出て行こうとすると、先ほどまで酒を飲んでいた大柄な男が絡んできた。
「おい兄ちゃん。そりゃどういう意味だ?」
「意味も何も、入団にそんな面倒な手順が必要なら手っ取り早く入れる方を選んだだけだが」
「つまりテメエはあれか? 入団出来りゃ『ブラックダイヤ』も『ライオンキングダム』も変わりねえと?」
「そういってんだよハゲ。くせえから近寄んな」
肩を組まれそうになったので、一歩退いて避ける。
この距離でも酒臭いのに、さらに近寄られるとか絶対に嫌だ。
ちなみにこの男、特に禿げてはいない。まだ若いだろうし、禿げている様子ではない。
「ああッ!? テメエ舐めてんのか!?」
「騒ぐな臭い。あんた一人でギルドの印象急降下してんぞ臭い。誇りがあるってんなら相応の態度ってもんがあるだろくせぇ」
息を吐きかけてきているのではないかというくらいに酒臭い。
鼻をつまんでできるだけかがないようにする。
「……テメエいい度胸じゃねえか……このオレ、五番隊隊長ジャック様と知ってのことか?」
「知らねえよ。話聞いてなかったのか? ギルドは初めてなんだ。知っているわけないだろ馬鹿」
「――もう我慢ならねえ! ここでぶっ殺してやる!」
ジャックが背負っていた大剣に手を伸ばし、振り抜こうとしてくる。
ホール内に止めようとするものはいない。かろうじて受付の方で憐みでも含まれていそうな悲鳴が聞こえてくる程度だ。
俺はため息を吐きながら、その振り上げた肘を抑え込む。
「――ッ!?」
「どうした、抜けよ剣。一般人の丸腰相手に大剣抜いてみっともなくぶっ殺して見ろよ五番隊隊長ジャック様ァ?」
「なっ……テメエ……!」
ジャックが抑えられている肘を必死に動かそうとしているのがわかるが、この程度の力片手間で御し切れる。
うーん、ステータスが高すぎるのも考え物だな。随分とつまらない。
「ぐっ、このッ!」
「ああ、そうだ。いいことを思いついた」
ジャックの足を払い、転がす。
床に無様に倒れ込んだジャックの目玉に指を突きつける。周りから悲鳴やら驚嘆の声が聞こえる。
「ここでお前の眼を奪ったとしよう。目の見えないお前は戦力外通告を受け、五番隊隊長を下ろされる。もしかしたら退団させられるかもしれない。すると枠が一つ空くことにならないか? そこに俺が入るんだ。妙案だと思うだが……一つ問題があるとすれば、目だけじゃなく脳みそまでぶち抜いてしまうことだ。つまり――ぶっ殺しちまうかもしれねえ」
「や、やめろ……オレが、オレが悪かった!」
「酔いは覚めたか? なら話し合いをしよう。俺は謝罪が欲しいわけではない。俺は手っ取り早く入団がしたいんだ。試験でも面接でも何でもいい。どうしたらいいと思う?」
「そんなこと、オレに訊かれても……!」
「この妙案が通らないなら、仕方ない『ブラックダイヤ』でも同じことをしてみようと思うんだが、どっちの方が入団をさせてくれると思う?」
「そ、それは……ッ」
ジャックが答えに、困っている様子ではないのに口ごもるので指を少し目に近づけてやる。
「ひっ!」
「まぁ、その態度から大体どっちかわかるんだけど……」
「何をしているッ!」
その時、二階の方から怒鳴り声が響いてきた。
そちらに振り向くと、ネコの耳を生やした金髪の男が立っていた。
俺はジャックから離れ、その男の方へと向き直る。
「貴様、見ぬ顔だが……新入りか?」
「とんでもない。ご自分でお決めになられた規則をお忘れで?」
「……随分と生意気なガキだな」
「ええ、どこのギルドにも入団できずに、駄々をこねているガキでございます」
「減らず口を。良い、気に入った。特別に実力を見てやる。ついて来い」
そういうと、その猫耳の男は地下へと続く階段を降り始めた。
俺も駆け足で後を追い、地下へと入る。
降りた先には、何というのだろう、地下闘技場……? アニメや漫画でしか見たことのないような、鉄網で覆われたリングが設置されていた。
「中に入れ。対戦相手を呼んで来る」
「へーい」
言われたとおりに鉄網の中に入る。
するとギルドの職員だろう女性が外から厳重に鍵をかけた。
想像通りに、決着がつくまで出させてはくれないようだ。
ま、いざとなればぶっ壊して出ればいい。
リングで座りこんで待つこと数分。ようやく猫耳が戻ってきた。
その後ろにはいかにもな筋骨隆々のマッチョが。
「彼は雇われだが実力は十分だ」
「団員は使わないと?」
「こんなくだらんことで怪我をされても困る」
「くだらん、ね」
俺が入ったものとは別の入り口からそのマッチョがリングに上がってくる。
「ハッ、こんなガキ一人相手すれば5000Gくれるなんて、さすが羽振りがいいねぇ」
「じゃあ、あんたが負けたらその5000G俺にくれよ。無一文なんで」
「良いだろう。勝てたならくれてやる」
「ついでに入団も」
「……ああ、それで構わん」
よぅし。やる気が出て来たぞ。
こんなマッチョを相手に喧嘩すれば5000Gもらえる上に就職先まで決まるなんて。
この世界、とてもいいではないか。
気付けばリングの周りには暇な団員たちだろう人々が集まってちょっとした試合会場みたいになっている。
職業が職業なだけに、少々口汚い罵声なんかが飛んでくる。
「では、いつでも始めてくれていいぞ」
猫耳がそう告げるのと同時に、マッチョが全速力で突っ込んできた。
そして右腕を振りかぶると顔面に向かって放ってくる。
ゴッ、と顔面に直撃する。
……あんまり痛くない、かなぁ? むしろ無痛。
「もう終わ――ふげっ!?」
なんか勝敗は決まった! みたいなドヤ顔がうざかったからツッコミ程度に腹を蹴ってみた。
するとなんということでしょう、鉄網をぶち抜いて向こう側の壁にめり込んでしまったではありませんか!
いや、本当にどうなってんの、俺の蹴りの威力。普段はもっと普通のはずなのに。
その場で何度か蹴りの動作をしてみる。特に風切り音がするわけでもないし、一般人の蹴り! って感じなんだが。
そんでマッチョはというと、めり込んだまま身動き一つ取らない。死んではいないと思うが。
「……あ、終わり?」
「な……い、いや待ってくれ……お前、何者だ……?」
「人に名前を尋ねる時はまずは自分から、って親から教わらなかったのか?」
聞き返すと、静まり返っていた周りがいきなりざわざわし始めた。
うん? そんなに有名人だったかな?
まぁ、街の二大ギルドの団長ともなれば有名人であっても普通か。
「む……それは悪かった。私の名はリチャード。リチャード・ランカスター。このギルド『ライオンキングダム』の団長だ」
「そうかい。俺は――」
「あーっ! 団長ぉ!?」
自己紹介しようと思ったら階段の方からまた新しい声がした。
そちらには今度は普通の人間の、獣の耳が生えていない女性がリチャードに指を突きつけていた。
「また勝手にリング使って! しかも何その壁!? またあんたの仕業!?」
「ち、違うぞ! 断じて違う! これは――」
「問答無用! 修理費どうしてくれるのよ!」
「そ、それより! それよりあいつだ! あっちを見ろエレノア!」
そういってリチャードは女性をこちらに向けた。
「彼女は私の秘書のエレノアだ。このように少々気は荒いが――」
「その原因はあんたでしょ!」
「優秀な人材だ。それと採用も彼女の管轄でもある」
「つまり団長は人事担当のエレノアさんを無視して俺の採用試験を行い挙句の果てに壁や鉄網も壊してしまったと」
「壊したのはお前だがな?」
その原因はあんただろうに。
エレノアは俺をまじまじと見た後、何か気になることでもあったのかさらに近づいてみてくる。
「な、なんすか」
「……そうよ、あなたあのコロッセオの人じゃない!?」
「コロッセオ? 剣闘試合です?」
「そうそう! あのキメラを秒殺したでしょ!?」
「しましたね」
「やっぱり! リチャード! 彼を勧誘していいわよね良いに決まっているわねだって採用はあたしの担当だもの!」
「ま、待ってくれエレノア。話しがわからん、順序立てて説明してくれ」
「……それもそうね」
エレノアは落ち着くように一度咳払いをする。
そして自分が見聞きしてきたコロッセオ、剣闘試合での出来事を説明し始めた。
どうやら彼女はあの剣闘試合の観客の中にいたらしい。
「ステータス1000オーバーのキメラを……秒殺……?」
ちょっとリチャードが驚いているのか恐怖しているのか。猫耳がしおれている。
「その後にもぞろぞろと出てくるステータス平均5000の魔物も全部片づけて、あの剣闘試合の主催者はあえなく破産。スカウトするには十分な実力だと思うけど?」
「い、いや確かにそうだが……彼のステータスが、その……」
「リチャード。気になるのはわかるけどそこはダメよ。ステータスは最重要機密、たとえ団員だとしても見ることはできないわ。本人の了承があれば別だけど――」
「あ、見ます?」
「え」
リチャードとエレノアの声がかぶる。周りの団員たちもガタガタと立ち上がっているようだが、さすがにそんな衆目に晒すのもダメなのかな……。
「い、いいの? ステータスだよ? 君の最重要機密だよ?」
「まぁ無理言って入団させてもらおうって身ですし、信頼の証程度にでもなれば。とはいえお二方に限定しますが」
「普通結婚相手でも見せないものだけど」
「入団を確定してくれるなら、構いません。面白味のないステータスですが」
「リチャード」
「わかってる。約束もある。エレノアも賛成ならば、私が拒む理由はない」
そういうと、リチャードがリングの中に入ってくる。
そして俺の隣に立つと、周りにいる団員たちに向けて宣言する。
「試験の結果、およびエレノアの承認により、彼を――そういえば名前は?」
「あ、そうでした」
俺はリチャードに耳打ちをして教える。
「彼――シシド・リオの『ライオンキングダム』入団を決定する! 我々は彼を盛大に歓迎しよう!」
俺は、盛大に歓迎された。
壁にめり込んだマッチョは数人掛かりで救助されていた。