『直面した
地下も暗いのかと思ったら、こちらはちゃんと明かりが付けられていた。
通路の途中なのだろう、両方に道が伸びている。
うーん、どっちだろうか。右か左か。うーん……左利きだから左だな!
というわけで左へ向けて走り出す。
途中でわらわら出てきたなんかよくわからん生物はワンパンで倒せてしまった。
ので、特に気にも止まらなかった。
そして道の先に扉が見えたので、とりあえずダイナミックお邪魔しますしよう。
100mほどの助走からドロップキックで扉をぶち破る。
受け身を取ろうと思ったら上手くいかずによくわからない態勢で滑走し、自然に止まった。
服に着いた汚れを叩いて落としながら、周りを確認する。そこは広い空間だった。まぁ、時代的に白い空間、とまではいかないけどさ。土剥き出しの広い空間。
こんなところで暴れたら生き埋めになるではないか。
「やっぱり来たね」
聞き覚えのある声がした。
俺はそちらを向いて声の主を確認する。ノアだ。
「来るように仕向けただろ」
「まぁね」
ノアは表情の読めない微笑をうかべている。
いるいる、こういう奴。そうやって余裕ぶっこいて主人公に圧倒される噛ませ犬。
ということはこの場では俺が主人公というわけか! ないな。
ノアに勝てるイメージとか浮かばない。
「それで、テレーゼは」
「誰?」
「お前が攫ったスラムの少女だよ」
「ああ、君と一緒にいた子か。その子は……どこだろうね。博士に預けたからわかんな――あ、ちょ、どこ行くの!?」
ここにテレーゼがいないのなら構っている暇はない。
というか、テレーゼさえ保護できればノアと戦う必要もない。
邪魔するなら戦うけどさ。邪魔してくるんだろうけどさ。でもこちらとしては逃げるが勝ちだ。
「ちょっと! 探さない方がいいと思うけど!?」
後ろからそんな馬鹿な提案をしてくる。
バカなのかな。俺はテレーゼを探しに来たのだから、探すに決まっているだろうに。
ノアがいた広間から逆方向に全力疾走。後ろから追いかけてくる音が聞こえるが、敏捷性で上回っているのか追いつかれる様子はない。
地下は割と入り組んだ構造をしているのか、適当にある角を適当に曲がっていればノアを撒けた気がする。それを確認後に片っ端から扉をぶち破って部屋を確認していく。
そして、七個目くらいの扉をぶち破った時。
中に人がいた。白衣を着た、いかにもな博士が、ぶち破られた扉に驚いた表情で振り向いていた。
「な、何だ貴様……!?」
「お、博士だな。テレーゼはどこだ」
どうせ教えてくれる様子ではないし、勝手に部屋の中を見渡す。
そして、テレーゼの顔を見つけた!
「テレー……ゼ……?」
見つかったのは、テレーゼの頭部だけ。
首から下は、なかった。
俺には、その状況が理解できなかった。理解できるわけがなかった。
昨日まであんなに普通に接してきたテレーゼの変わり果てた姿に、動揺が収まらなかった。
「こいつがノアの言っていた客か!? くそ、あいつは何をやっている……!」
「はいはいはい来ましたよ、博士。そしてやっぱり見つけちゃうよね。だから探さない方がって言ったのに」
それらの会話を、俺には届かない。ただの振動としか認識できない。
俺はテレーゼの頭部の傍に膝をつく。そして手で触れ、その冷たさに驚く。
死んでいる。確実に。生きてなどいない。当たり前だ。首から下がないのだから。
理解できない。昨日まであれほど元気だったのに。
「おい……テレーゼ……?」
呼びかけたって声は返ってきやしない。
わかってる。わかってるけど、わからない。わかりたくない。
理解したくない!
できるはずもない!
こんな現実、理解できるわけがない!
「それで? 君もやっぱり仇だーって言って襲いかかってくるのかな」
「……仇以外のなんだというのだ?」
俺は立ち上がり、振り返る。
ノアと、その影に隠れるようにして怯えている博士。
どちらも、仇と言わずしてなんと言う?
「あんたらは……そうやって何人も殺してきたのか? 当然だというように、当たり前のように」
「博士はそうだろうね。でも僕はちょっと違うかな。殺すのは、僕と同じ存在」
「神の子。そして俺」
「そう。だから、別に僕が彼女を殺したわけじゃ――」
「だがこの世界の住人の生死に興味はない」
「……恐ろしく察しがいいね。その通りだよ」
随分と驚いた表情を浮かべ、拍手まで送ってくる。だが、そんなことに気を配っている余裕などない。
「おいノア! 早く奴を殺せ!」
「うるさいなぁ。もう少し話させてくれてもいいじゃん」
「ふざけるな! いいから殺せ!」
「はいはい、と」
ノアがこちらを向く。その寸前に、俺はノアへと肉薄していた。
それに気づく前に、何か反応を見せる前に、全力で顔をぶん殴った。
これだけ強く殴れば自分の拳も痛くなるのかもしれないが、特にそういうこともない。これが攻撃力のためか、防御力のためか、分からないけど。
ノアは何の抵抗もなく、影に隠れていた博士を残して後ろの壁に激突した。これで死んだとは思わないけど、今は後回しでいいや。
俺は博士へと向き直り、その頭を鷲掴む。
「ぐああッ……! 離せ、この野蛮人め……ッ!」
このまま握り潰せそうな気もするな。だが、そうしてしまうと頭の中身が飛び散るわけだしなぁ。汚いよなぁ。
「くそ……ッ、開発早々使いたくなどなかったが仕方ないッ!」
そう言いながら、博士はポケットから取り出した何かのスイッチを押した。えらく現代的だな。この辺どうなってんだろう。ご都合主義かな。
などと思っているうちに、横から扉が開く大きな音が響いた。