黒騎士
スラム街を駆け、目的地まで急いだ。
日は落ち、辺りは黒く染まっている。ぽつぽつとついている明かりは道標にはなり得ない。
リチャードがエレノアからもらった地図を見ながら先行している。
一度見せてもらったが、距離的にはそろそろ着くころだろうか。
「待て」
いきなりリチャードが足を止め、進路を手で塞いでくる。
咄嗟に立ち止まり、リチャードを見る。
「……奴は、黒騎士か?」
「黒騎士?」
「ダイヤの団長だ。いつも真っ黒い鎧を着ていることから、そう呼ばれている。奴は名も名乗らないらしいからな」
「ふぅん」
随分と中二設定ではないか。暑くないのだろうか、いつも鎧で。
しかし、ダイヤの団長と来たか。神の子であるノアだけでなく、団長まで出張るとはどういうことだ。
そんなにその施設は、重要なものなのか?
「奴を雇うとは……一体どれほどの金を積んだのだ」
「金で雇えるのか?」
「ダイヤは金さえ払えば何でも引き受ける。ただ、指名やランクの高い者に頼もうと思えば相応の金がかかる。団長ともなれば……おそらく土地と家を買ってもまだ余るだろうな」
「……それ、雇われるのか?」
「気まぐれで自分から依頼を受ける。その程度だろうな。雇うのは本当に金を持ち、危険な依頼をする者だけだ」
まぁ、そりゃ世界にはバカみたいな金持ちもいるだろうけど。
一般人からすれば、たぶん気まぐれで受けてくれるのを望むしかないだろうな。
その黒騎士しかできない依頼ってのも、早々ないと思うが。
「しかし、そうか。おそらく依頼主はそう金は持っていないだろうな。奴の気まぐれで来ているのだろう」
「どうしてわかる?」
「奴の装備を見ろ」
リチャードに言われ、黒騎士の装備を見る。
装備といっても、外見からわかるのは本当に真っ黒い鎧と、腰と背に差した剣だ。剣は合計三本、腰に一本、背に二本だ。
重装備かと言われるとそうでもない。しかし戦闘は考慮した装備だろう。
「時々奴は戦闘を求める。そして、それに適う相手は私くらいだ。奴はノアを出すことで、私のところにいる神の子、つまり君を誘き出した。神の子同士の戦闘が廃墟で行われるともなれば、崩壊は必至。同行できるのは、甘い私くらいだと踏んだ。そしてそれは的中した」
「……回りくどいことするな」
「まぁ、奴の戦闘はおこぼれ、本来の目的ではない。ゆえに真っ向勝負をするつもりもなく、装備もあの程度ということだ」
本気出したらどんな装備になるのやら。
とはいえ、今回はそれが幸いしたのだろう。あんなのと真っ向勝負したくない。
「君が相手でも、奴は難しいだろうな」
「どうするんですか? こっそり抜けますか?」
「そんなことができる相手ではないよ。当然、私が引き受ける。何、相手も本気ではないようだし、君がさっさと済ましてくれればすぐに帰れる」
「露骨なプレッシャーかけないでもらえます?」
俺の切り返しにリチャードは小さく笑う。その声は本当に小さかったが、黒騎士には十分に聞き取れるものだったようだ。
黒騎士は十分な距離があるというのに、俺たちの方を正確に向いている。
「私が奴の気を引く。そのうちに別のところから研究所に行け」
「わかりました」
俺はそこでリチャードと別れ、黒騎士を迂回するようにして一人研究所に近づいていく。
ステータスのおかげか、気配に集中すればある程度の物に反応ができる。正確な範囲なんかはわからないが、感覚的には研究所は十分領域内にある。
黒騎士から十分離れ、裏手からこっそりと研究所に近づく。
研究所の中に明かりはなく、真っ暗で見通しが悪い。だが、ノアの気配どころか人の気配がない。
ここではないのか……? だが、ここ以外にどこがある。
ノアがいるのは間違いないはずだ。黒騎士がその証拠である。では、テレーゼはどこだ?
ノアの目的が俺であるならば、テレーゼもここに違いない。
しかし中に気配がないとなると……。
俺が研究所内の気配が気にかかり、入らないでいると、地面が微かに揺れた。
地震……ではない。一度の揺れだけで、継続しない。
なるほど、地下か。今のが意図的かはわからないが、それでも調べる価値はある。
割れた窓から研究所内に侵入し、辺りに気を配りながら進む。
気配はないが、ノアならばいつどこでいきなり襲ってきても不思議に思わない。
奴が神の子だというのならば、俺より先に来たというのならば、いろいろ聞きたいことはあるのだが……あの様子では教えてくれそうもないか。
研究所内は暗くてよく見通せない。それでもいくつかの部屋と階段を見つけたが、どれも地下行きの階段は見つからなかった。
すると、また足下が揺れた気がした。
地下に何かあるのは違いない。だが、どうやっていくのかわからない。
立ち止まって考えていると、足下の揺れが連続するようになってきた。加え、わずかに音も響いてきている。
俺はその場に膝をついて床に耳を当てる。
その音の正体を探ろうとした瞬間、俺は咄嗟にその場から跳び上がった。
直後、先ほどまで俺がいた場所を何かが下から突き上げた。床は吹き飛び、大穴が開けられた。
そしてその穴から出てきたのは、でかい手だった。その手が床につけられ、もう一本の手が出てくる。
両手で体を支え、ゆっくりとその姿を引っ張り出した。
「ミノタウロス……?」
だが、普通のミノタウロスではない。俺が剣闘試合を行った相手のような、上半身はミノタウロスのそれだが、下半身はオオカミのそれだった。
……なんか、ランクダウンしてないか? 俺が最初に戦った相手の方が豪華じゃなかったか? こいつ、斧持っていないし。
とはいえ、今回はあの時と同じ状況とは言い難い。ここは狭い上に、俺は武器を持っていない丸腰だ。殴って倒すしかないか。
あまり暴れすぎて床が崩落するのも嫌だしなぁ……それ以前に建物が崩壊しかねない。
「一発殴って終わらせよう」
そう決め、構える。
このミノタウロスは斧を持っていない。武器がない。ならば相手も素手での攻撃だろう。
ミノタウロスが勢いをつけて右腕を振ってきた。それを合図に、俺は奴に向かって突っ込む。
一歩、二歩で目標地点、そこで跳び上がる。
ミノタウロスの顔面まで上がりながら、腕を振りかぶって構え。
渾身の力を込めてぶん殴る。
すると、あっけなくミノタウロスの頭が弾け飛んだ。
うわ、ぐろい。ぐろいぞ。脳みそやら何やらが飛び散る。スプラッターだ。
しかし弱いな。
これで見世物にするつもりなら見通しが甘いぜ。
まぁ、俺のような存在がイレギュラーなわけで、一般人からすれば十分脅威になるのだろうな。
「さて」
武器も持っていないし、倒すたびに装備を奪っていくという方式は取れないようだ。
殴れば吹き飛ぶくらいだし、武器も必須というわけでもなさそうか。
俺はミノタウロスの亡骸を放置して、今開けられた穴から地下に降りる。




