敵の目的
体を揺すられる感覚。俺はそれで目を覚ました。
視界にまず飛び込んできたのは、こちらを心配そうな目で見てくる女性。そして明るい空。
俺は、飛び起きた。
心配する女性を無視し、立ち上がって走り出す。
周辺を探す。探し続ける。日が昇り、頂点を達して下り始めて。
それでも探し、夕焼けが街を照らし始めてようやく足を止めた。
「テレーゼ……ッ!」
俺は、無傷だった。
だが、テレーゼがどこにもいない。
どこにも。
起こしてくれたのがテレーゼではなかった時に、薄々感じてはいた。でも、気が済むまで探してようやく再認識した。
いない。
いない。
どこにもいない!
もう一度駆け出す。
目指す先は『ライオンキングダム』がある方角。
両開きの扉を勢いよく開けて駆け込み、二階に向かう。
団長室の扉をノックもせずに開ける。そこには、リチャードとエレノアがいた。
「シシド、ノックくらい――」
「テレーゼがいない! どこにも!」
「何?」
リチャードのついている机を強く叩きつけながら叫ぶ。
「やられた……やられたんだよ、ダイヤに!」
「待て、どうしてダイヤだとわかる?」
「俺がやられた! 不意を突かれたのもある、けど、奴は違う! 奴は――俺と同じ、神の子だった!」
「神の子……ノアか?」
「名乗らなかった。だけど、わかる。奴は他の連中と違う。強かった、圧倒的に」
「落ち着け。まずは、君が落ち着くんだ。話はそれからだ」
「落ち着いていられるかッ!」
「シシド!」
もう一度机を叩こうとしたとき、振り上げた腕を横のエレノアに捻り上げられた。
突然の苦痛に思わず表情が歪み、唸り声が出た。そして机に組み伏せられる。
関節を極められているせいで思うように動けない。無理矢理拘束を逃れることもできるだろうが、痛みのおかげで少しだけ頭が冷えた。
俺は深呼吸をしようとするが、上がった息が荒くてうまくいかない。
「……落ち着いたか?」
「ちょっとだけな」
「そうか。ならもう少し待て」
リチャードの指示でエレノアがさらに捻り上げてくる。
まだまだ我慢できる痛みだが……なんか骨が悲鳴あげている気がするのは気のせいでいいのだろうか。
エレノアに放してもらえたのは、それから数分経ってからだった。
肩や腕の関節を回しながら、もう一度リチャードに向かう。
「それで、何があった? テレーゼが連れて行かれたと言っていたが」
「昨日の夜、テレーゼをここに送る途中。そこの大通りで堂々と襲われた」
「不意を突かれたと言っていたが?」
「会話の途中でいきなり、5mを詰めてきた。一歩で」
「なるほど」
リチャードは困ったような吐息を漏らす。
「顔は?」
「見えなかった。声は幼かったが」
「一応、ノアの情報と被るが……それだけでは」
「俺に、ただの人間が勝てるとでも?」
「不意打ちなら、あるいは」
「魔術を片手間で使った。全属性の球の魔術だ。それと」
「それと?」
「下見、と言っていた」
味見とも。
その言葉は、どういう意味を持っていたのだろうか。そのままの意味でいいのだろうか。
下見。味見。ならば、次があると? 次は、本気で襲ってくると。
「そういえば気になっていたのだが……君のその頭に挟み込まれている紙はなんだ?」
「頭?」
リチャードに言われ、手を頭に持っていく。すると、何かを振れる感覚がした。
ヘアピンでとめられたそれは、一枚の折り込まれた紙だった。
広げると、そこに書かれていたのは住所だった。
俺はそれをリチャードに突き出す。
「住所か……スラムのようだが、エレノア」
「はい。そこはスラムの外れ、昔は何かの研究所だった場所の跡地です。建物は残っていたはずですが、ボロボロでいつ崩れてもおかしくありません」
「……研究所、だと? 何のだ?」
「それは……ええと、生物実験施設だったはずです」
エレノアはすべて記憶しているのか、そらんじてみせた。
しかし、生物実験の研究所だと? そこに何がある? ……そこにいると、テレーゼがいると言っているのか?
「……五番隊はここを捜索したか?」
「いえ、そこは崩壊の危険があるため後回しにしていたはずです」
「そうか。確率は高いな」
「五番隊を向かわせますか?」
「いや」
エレノアの問いに、リチャードが否定し俺を見てくる。
「君は行くのを譲らないのだろう?」
「当たり前だ」
「なら、誰かと向かわせるのは危険だ。君が暴れると簡単に崩壊するだろうからな」
「一人でも行くが」
「私が行く」
間髪入れずにリチャードが答えた。
「私ならたとえ崩壊したとしても抜け出せるし、十分な戦力になり得る」
「……次の仕事は」
「任せる。上手くしてくれ。それにこちらの方が優先度的に高いと思うが」
「……はぁ。わかりました」
エレノアがリチャードの無茶ぶりに深くため息を吐いて了承した。
「スケジュールの調整はしておきます。が、できて一日空ける程度ですよ。あなたは団長なのですから」
「わかっている。一日あれば十分だろう?」
「半日で終わらせる」
「頼もしい限りだ」
リチャードが薄く笑う。
時間なんてかけている暇はない。
リチャードは椅子から立ち上がると、部屋の隅に置かれていた衣文掛けからマントを取り、それを羽織った。
「では、早速行くとしようか」
リチャードの後に続いて、団長室を出た。




