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襲撃

 スマホを弄る。

 アプリストアを開くと、前の世界と同じような画面だ。ランキングやら検索やらアップデートまである。

 ホームボタンを押して設定を開く。

 通信の項目をタップ。普通は回線の速度なんかを表示するはずだが、代わりにMPが表示されている。通信がMPによって行われているのは正解のようだ。まぁカンストに+表示でMPの最大値がわからないのだけれど。

 他にもいろいろ残っている機能はあるようだ。


 一つ気になるのは、課金額だ。

 アプリストアを開いて一番下までスクロールすれば見える課金額。それにバカみたいな大金が表示されている。

 こんな課金した覚えはないんだが……だって死ぬ前に全部石に溶かしたし。

 そこではたと気づく。確かにこんな金額は残していない。が、死ぬ前に入れた課金額だとすれば……いやそれにしてはちょっと多い……あ、累計の課金額か。

 へぇ、俺ってこんなに魔法のカードを買っていたのか……虚しくなるな……。


「シシドさん? どうかしましたか?」

「いや……ちょっと過去の自分に嘆いていただけ」


 今日も今日とて俺の家で過ごしているテレーゼ。最近入り浸っているような気がするが……まぁ彼女がいいのなら拒みはしないが。

 あとなぜか俺の膝の上にいる。いや、なぜか、じゃないかもしれないけど。でもなぜか。わっかんないなー。ちょうどいい顎置きだ。

 テレーゼは膝の上で絵本を読んでいる。何ともかわいらしいが、彼女はスラム育ちのため文字が読めない。本当に幼児向けの絵本で、文字を覚えているそうだ。ちなみに俺は読み書きそろばんまでできる。そろばんは無理だった。

 それにしても、とスマホに視線を戻す。


 アプリストアの有料アプリを表示する。

 どれも凝った名前を付けられているが、要は魔術だ。おそらくここに表示されるすべてを購入してもまだ余りある課金額だ。ためしに何かインストールするのも手だが……。


「テレーゼって魔術について知ってる?」

「魔術ですか? 皆さんが知ってるほど知っていないと思いますが……」

「それでもいいから、教えてくれない?」


 テレーゼにお願いし、魔術について教えてもらう。


「魔術は神の奇跡を我々人にも使えるまでランクダウンさせたものらしい、としか」

「じゃあ魔法については?」

「魔法は神の奇跡そのもの、神様からの贈り物だと言われているそうです」

「スラムにはそういう人いた?」

「いるわけがないですよ。魔法は使える時点で王様に仕えることができるそうですし」

「ふーん……」


 魔法が使えれば王様に、ねぇ。

 そういえばこの国、果ては世界については一切知らないな。

 まぁ今までずっと、割と忙しかったからな。安定した生活を得るのも簡単じゃない。

 しかし、聞いても良いのだろうか。なぜ知らないか、とか怪しまれないかな……。

 考えてみたが、やはり時機を見てリチャードに転生含め打ち明かして相談してから彼に訊くことにしよう。たぶん、この世界では彼が一番信頼に足る人物だ。


「テレーゼ、本に夢中になるのも良いが、そろそろ帰った方がいいんじゃないか?」

「そうですか……残念です」

「明日また来ればいいだろ。ほら、ギルドまで送るよ」


 膝の上のテレーゼと立ち上がり、玄関に向かう。

 一緒に出ていつものようにギルドまでの道を歩く。


「シシドさん、次はいつ任務に連れて行ってくれますか?」

「んー……そうだな、来週くらいになればもう一回連れて行ける、かな」

「今週はダメなんですか?」

「今週はちょっと別の依頼を手伝うことにしてるんだ。約束もしたし、団長とも話付けちゃったからなぁ」


 その依頼というのも、ジャック率いる五番隊が今行っているこの街での行方不明者の捜索だ。

 スラム出身者中心のため、正式な依頼ではない。この街の長からも、依頼ではなく暇なときにでも、というお願いらしい。

 リチャードは無報酬とはいえ、この街の世話になっているという理由で蔑ろにするつもりはなさそうだが。

 まぁ、いくらステータスが高いとはいえ、捜索が上手なわけでもないのだからそう手伝えるとは思えないが、今は人手が欲しいらしいからな、ジャックは。

 このギルドはちょっとした自警団にでもなっていそうだ。


「その依頼に――」

「ダメ」


 連れて行って、というつもりなのだろうけど。

 すべて言い終える前に否定されたテレーゼは、少しだけ涙目になっている。

 けど、さすがにこれはダメだ。この依頼には、連れていけない。


「危険すぎるからね」

「その依頼って、最近噂になっているこの街の調査ですか?」

「そう。知っているなら、分かるだろう?」

「わかりますけど……もっと、その……シシドさんと一緒にいたいです」

「嬉しいけど、こればっかりはね」


 顔を少し赤らめながら不満そうな顔のテレーゼに手を乗せて宥める。


「じゃあ、来週……約束ですよ」

「ああ、約束だ」


 俺はテレーゼと小指を結ぶ。


「悪いな、今はまだテレーゼを守りながらできることは限られるから」

「――そうそう、いくら君でもできないことはたくさんある」


 その時、道の先から声が飛んできた。

 俺はすぐに足を止め、テレーゼを自分の方へ引き寄せる。

 暗がりのせいで相手が良くわからない。影から小柄なのはわかるが、顔は見えない。


「……誰だ」

「僕の名は――いずれ知るさ」


 そいつは俺との距離5mほどのところで足を止めた。

 俺は警戒を解かず、睨みつける。


「今日はちょっと遊びに来たんだ。付き合ってくれるよね?」

「お生憎様。夜遊びは慣れてないんでご遠慮したい」

「じゃあ、教えてあげるよ」


 そいつが地面を蹴りつけた。次の瞬間、目の前に奴の顔があった。

 思わず目を疑った。相手との距離は5mもあった。なのに、一歩で詰め寄られるとは。


 そいつの手が俺の首へ伸びてくる。咄嗟にテレーゼを掴んだまま、後ろに跳ぶ。

 だが、急な動きだったこと、それにテレーゼを抱えていたせいで上手く跳べず、地面に転がってしまう。

 何とか手から逃れることはできたが、テレーゼには乱暴な扱いになってしまった。


 急いで起き上がろうとするが、その時にはすでに相手が迫っていた。

 相手は爪を立てて顔目がけて両側から横薙ぎに振ってくる。当たらないよう、座り込んだまま、後ろに後退する。


「ほら、どうしたの。君の実力その程度?」

「いきなり襲っといてよく言う……!」


 俺は一度、起こしていた上半身を倒して相手の手を避ける。同時に手をついて下半身を持ち上げる。

 つま先が相手の頭に当たる寸前で、横に逃げられ空振った。

 今のうちに態勢を立て直し、立ち上がって低く構える。経験上、腰を落としていた方が咄嗟に動きやすい。


「身体能力はそこそこか。じゃあ、武器はどうかな?」


 相手からいきなりナイフを放られる。抜き身のそれを、集中して柄を掴んで持ち直す。

 ぴゅう、と口笛を吹かれた。さすがに素手でキャッチするとは思っていなかったらしい。

 そして相手もナイフを取り出すと、襲いかかってくる。


 俺はこれまで、武器と言った武器を使ったことがない。討伐依頼の際は、ほとんど素手で何とかなってきたからだ。

 使った経験なんぞ魔物の死体の解体くらいだ。解体としてのナイフと武器としてのナイフでは、使い方が大きく異なる。


 相手が大げさな動きからナイフを振ってくる。こっちはその動きに対しても防戦にならなければならない。


「ん、武器の使用経験はなしか。じゃ、こいつはどうかな」


 相手はいったん俺から距離を取る。

 すかさず距離を詰めようとするが、その前に相手の掲げた手から火球が生み出された。


「魔術……!」

「これも経験なしか」


 放たれた火球を何とかしゃがんで回避する。


「魔術がないなら……これもないんだろうな」


 回避から起き上がると、そこにはいろんな色をした魔術の球が浮かんでいた。

 火だけではない。水や雷、渦を巻いているのは風だろうか。土の塊まである。

 それはこの道路の幅を埋め尽くすまでに浮かんでいる。これでは、回避のしようがない。


「いきなり……何なんだよ……ッ!」

「……今日は下見。味見ってところだよ」


 そいつが手を振る。魔術の球が、一斉に襲いかかってきた。

 目の前が真っ白に輝く。次の瞬間には、きっと俺は死んでいるんだろうな。


 短かったな、俺の転生生活も。

 生まれてたった一か月ちょっと。それでも、死ぬはずだったのだから延命できたことを喜ぶべき、か。

 さようなら今世。

 ちょっとさみしいけど、リチャードやエレノア、それにテレーゼともお別れか。


 ごめんね、テレーゼ。

 約束、護れそうにないや。

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