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異質な依頼人

「なぁ、頼むよぉ」


 一人のボロボロで薄汚い白衣を着た男が『ブラックダイヤ』の受付で懇願していた。

 男は頬が痩せこけ、頬骨が浮いてしまっている。無精ひげも生え、そこらの浮浪者と変わらない風貌をしていた。

 彼は『ブラックダイヤ』へ依頼を頼みに来たが、風貌からしてもわかるように金をほとんど持っていない。それでも昔の好だからと、依頼をしてくる。

 受付嬢は何度も拒否しているのだが、決して引かない男に困り果てている。


「金は後で必ず払うからさぁ……受けてくれよぉ」

「ですから前金として報酬の三分の一が必要でして……」

「それも後で払うよぉ。だから受けてくれってぇ」


 ろくに立てもしない男。膝をついた状態で受付に肘をかけて顔だけのぞかせている。

 受付嬢が対処できないと判断し、ホールにいる『ブラックダイヤ』の団員に視線を送る。

 合図を受けた団員はすぐさま受付まで行くと、その浮浪者の首根っこを掴んで受付から引きはがす。


「何すんだよぉ! 前はあれだけ受けてくれたじゃねえかぁ」

「悪いが金がない奴の相手をするほど暇じゃない」


 団員が浮浪者を追い出そうとしたとき、ギルドの奥の扉が開いた。


「騒がしいな。何事だ?」


 そこから出てきたのは、全身隈なく顔までも真っ黒の鎧で覆った男。

 鎧の男はギルド内を睥睨し、入り口に向かっていた団員が掴む浮浪者に目を止める。


「……誰だ?」

「団長ぉ! おれだよぉ!」


 浮浪者がするりと団員の手から逃れ、鎧の男の足下に跪く。

 おれだと言った浮浪者だが、鎧の男は見る影もない男に首を傾げる。近くにいた受付嬢が、男の名を告げる。


「スヴェン博士です。ほら、あの見世物小屋の」

「ああ、よく魔物の生け捕りの依頼をしてきた奴か。そいつが、どうしてこんな薄汚い恰好でいる? 羽振りは良さそうだったが」

「以前までは。しかし、一か月前のあの事件。覚えておいでで?」

「一か月前……見世物小屋……」


 鎧の男が、兜の顎のところへと手を持っていき考える素振りをみせる。


「そういえば、新しい神の子が現れたと噂になったな」

「はい。その人物に、自慢の魔物をすべて殺され、商売ができなくなりこのように」

「はっはっは。実に愉快な話だな」

「こっちにとっちゃ死活問題でさぁ!」


 鎧の男と受付嬢の話に割り込み、浮浪者……スヴェン博士は懇願する。


「なぁお願いだぁ! 護衛を頼みたいんだよぉ!」

「護衛? 魔物狩りのか?」

「違う違う、ラボの護衛さぁ」


 スヴェン博士の話に鎧の男は首を傾げる。

 商売ができなくなったのだから、当然彼の言うラボも差し押さえられているのではないのだろうか。


「スヴェン博士は残った財産でこれまでやりくりし、新しい魔物や生き残っていた魔物での実験を繰り返し建て直しを図っていたようですが、ここにきて蓄えも底を尽き、食べるのも大変な状況です」

「下調べが良いな。こういったことは前から?」

「半月前からなので少し調べておきました。ただこの一週間はずっとこの様子です」

「そうか。しかし何から守るというのだ? 街中に魔物が出るわけでもあるまいに」

「それが」

「ライオンの連中さぁ!」


 スヴェン博士の発言に、ピクリと反応する鎧の男。彼の言っているライオンとは、十中八九『ライオンキングダム』だ。

 鎧の男が率いる『ブラックダイヤ』とリチャードが率いる『ライオンキングダム』はライバル関係にある。そのため、鎧の男としても聞き逃せない単語なのだろう。

 スヴェン博士は鎧の男が興味を持ったと思い、笑みを浮かべた。


「ライオンの連中が最近嗅ぎ回っているんでさぁ! だから受けちゃくれないかぁ?」

「ふむ……いやしかし、金も持っていないのだから正式な依頼として受理できないしな」

「な、何言ってんですかぁ! あのライオンですよぉ? 潰すチャンスじゃねえかぁ!」

「君は何か勘違いしているようだね」


 鎧の男は足にしがみついてくるスヴェン博士を蹴り飛ばす。


「確かに我々『ブラックダイヤ』は金さえ払えばどんな依頼でも受ける。殺しにクスリに諜報なんでも受ける。そしてお綺麗な『ライオンキングダム』とライバル関係で仲も悪い。だからといって潰したいわけではないのだよ」

「……で、でもよぉ」

「無用な衝突は避ける。何せ相手がライオンならばこちらも甚大な被害を受けるからね。そして、報酬のない依頼を受ける団員はいない」


 話は終わりだというように、鎧の男は踵を返す。それにスヴェン博士が慌てて縋りつこうとするも、近寄っていた団員二人に両脇を掴まれる。


「――じゃあ、僕が受けようかな」


 その時、二階から声が響いた。

 皆が視線を上へと向ける。そこには小柄な少年が一人、手すりに腰掛けて微笑みかけていた。


「ノア」

「報酬が無くても僕なら受ける。それ頼みでその博士は来たんじゃない?」

「へっへへへ! ノアさんが受けてくれるってんならもう安心だぁ!」


 急に元気を取り戻したスヴェン博士は、両脇の団員の拘束を逃れ、両腕を振り上げて喜ぶ。


「……ノア、また君の気まぐれか?」

「興味本位半分、僕の用事半分、かな」

「君の用事か……なるほど。それは我々にとっても有益だから拒みはしないが……危険は変わらないぞ」

「あっはは。まだこっちに来て一か月ちょっとでしょ? 大丈夫さ。これまでだって大丈夫だったんだからね」

「君の実力を疑うわけではない。が、相手も同じだということだけは、忘れるなよ」

「わかってる。じゃ、博士。そのラボに案内してよ」

「お安い御用でさぁ!」


 手すりから飛び降りたノアは、音もなく着地する。

 立ち上がって意気込んでいるスヴェン博士も急いで出入り口へ向かう。


「あっ、この依頼の報酬にゃまた新作の魔物をつけさせてもらいますぜぇ!」


 スヴェン博士はギルドから出る直前にそう言い残した。

 ノアも彼の後を追って、鎧の男へ軽く挨拶をして出て行く。


「……どんな魔物だったか?」

「気色悪い合成獣です」


 いらんなぁ……、と鎧の男が悲しそうにつぶやいた。

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