愛情表現
「シシドさん、これじゃないですか?」
「んー……? ちょっと違うな」
「うう……見つけられません……」
「まぁ珍しいものだからねぇ」
現在、俺とテレーゼは断崖絶壁に張り付いて採集を行っていた。
目的の素材はどうやら断崖絶壁に生えるのが好きな薬草のようで、お約束っちゃお約束だが、危険極まりない。
けど、断崖絶壁といえど高さは二階建ての家の屋根ほど。そう高くないし、万一落ちても怪我をする程度。死ぬ危険性は、魔物に襲われるくらいか。
「でもシシドさんはもう結構見つけているようですし……」
「あー……その、まぁ、経験かな」
俺は歯切れ悪く返した。
その実、俺はスマホを使って在り処を探していたからだ。
目的の薬草は群生地帯のほんの一握りだけになるものだが、このスマホ、その群生を写真に撮って検索をかければどこにあるか表示してくれる。
ひと手間はかかるが、手探りよりも断然に速い。それに複数の群生地帯を撮ればその各々で表示してくれる。
テレーゼもその表示された群生地帯を探してはいるものの、見分けるのが大変なようだ。
「とりあえずそこの一つが見つかればいったん休憩にしようか」
「はい。わかりました」
テレーゼは真剣な表情になると、薬草の群生地帯とにらめっこを始めた。
俺も自分のところの薬草をさっさと取り終えるか。
草の根を文字通りにかき分けて目当ての薬草を見つけ出す。場所がわかれば後は見分けもつくもんだ。
生えていた目当ての薬草を探し当て、引っこ抜いてポーチに突っ込む。
「あっ、シシドさん! これですか!?」
「うん? ――うん、それそれ。それで合ってるよ」
引っこ抜いた薬草をみせてくるテレーゼに答えると、やったと無邪気に喜ぶ。
そんなに喜んじゃってまぁ……、と苦笑しながら見ていると、はしゃぎ過ぎたのか、絶壁に体を固定するための留め具が見事に外れた。
「あっ」
間抜けなテレーゼの声。
俺はすぐに自分の留め具も外すと、絶壁を走る。が、まぁそう簡単に走れるものでもなく。
二、三歩踏んだらすぐに足が浮く。やけくそ気味に四歩目で蹴りつけ、何とかテレーゼの服を掴めるところまで飛ぶ。
服を掴んだら一気に引き寄せ、抱き込む。とりあえず落下するなら下敷きは俺だ。
そのまま重力に任せ、俺とテレーゼは落っこちた。
背から落ちたおかげで肺の空気がすべて押し出される感覚。だが、痛みという痛みもそうない。
二回ほど呼吸をすればすでに落ち着いてきた。
俺は一度深く息を吐いて、抱き込んだテレーゼを見る。
「大丈夫か?」
「は、はい……ありがとうございます」
「怪我がないなら良い。けど次からは気を付けなね」
「すみません……」
しゅんとするテレーゼの頭を軽く叩くように撫でる。
「さ、とりあえず休憩にしよう」
「そうですね」
体を起こして、抱いていたテレーゼを立たせる。
俺が立ち上がる前に、テレーゼは置いてあった自分の荷物の場所まで走ると、その中からシートを取り出して広げた。
「用意が良いな」
「エレノアさんに、シシドさんはいつも手ぶらで行くと言っていたので持ってきました」
別に手ぶらというわけでもないんだが……まぁ他の人よりも軽装なのは間違いないか。
それもこのスマホが便利すぎる故だ。ほとんどなんでもこれ一台あれば事足りる。
テレーゼは荷物の中からさらにバスケットを取り出してそれを広げる。中にはサンドイッチが綺麗に入れられていた。
「エレノアさんに教わってお昼も作ってきました。どうですか?」
「ん、いただく」
シートに座り、差し出された一つを受け取って口に運ぶ。
具材はハムとサラダだ。ドレッシングがかけられているのだろうけれど、ちょっと濃いか……?
ちらっとテレーゼの方を見ると、緊張した面持ちでこちらに視線を向けていた。
……あー、こりゃ指摘できない。
「どうですか……?」
「おいしいよ。作ったの初めて?」
「は、はい。スラムにいたころは料理する道具なんてなかったので……」
「初めてにしては上出来だよ。テレーゼも食べな」
「はい」
テレーゼもサンドイッチに手を伸ばして食べ始める。どうやら味が濃いとかの感想はなさそうだ。
俺も新しいのに手を伸ばす。今度の具はたまごのようだ。
一口で半分ほど食べる。噛んでいると口の中からガリガリと音が響いてくる。あと口の中が痛い。
……んあ?
「……テレーゼ、卵の殻はちゃんと取り除いたのか?」
「え? あ、いえ。最初はちゃんと殻を剥いてから作ろうとしたのですが……ギルドの皆さんに殻はつけたままでいいと」
「ふ、ふーん……ギルドの皆がねぇ……」
何だこれは。何だこの陰湿ないじめは。俺はいつの間にギルドの皆に嫌われていたのだろうか。
「そ、それでその……殻を入れるのは大切な人だけだから自分のには入れないようにと……」
「そっかー大切な人だけかー。でもモニカのにも入れちゃだめだぞ妹なんだから再認識するまでもなく大切だろう?」
「それはっ、でもシシドさんもその通りで……っ!」
「とりあえずそれは秘密の愛情表現だからあんまり頻繁に使うもんじゃないぞ」
「あい、じょ……っ!」
テレーゼが赤面してそっぽを向いてしまっているうちにそれらしきサンドイッチを全部口に含む。
ガリガリだとかバリバリだとか音が響くが関係ない。今は食べ切ることが大事だ。
持ってきていた水筒から水を飲んで一気に流し込む。
これで何とかなったか……。
喉のイガイガが気持ち悪いが、すぐ収まるだろう。
「た、食べ終わったら薬草集めを再開しようか……まだ足りないし」
「そ、そうでした。すみません、時間をかけてしまいまして……」
「いいよ。ゆっくり食べても、日が暮れるまでには帰れるだろうし」
テレーゼが時間を気にして急いで食べようとしたので止める。
今は昼少し過ぎくらいで、普通ならば日が暮れるまでに帰れる量ではない。が、スマホを使えばすぐに終わる。
すぐに終わらせて近くの町で観光しても良いかとも思ったが、おそらくテレーゼはそれを望んでいないだろう。
彼女は、一緒に依頼がしたいと言っていたのだし。
「食べ終えました! シシドさん、次はどこでしょう?」
「ここからちょっと向こうに行ったところに群生地帯がまたいくつかある。次はそこだな」
「はい!」
テレーゼは元気よく返事をすると、広げた荷物をテキパキと片づけ始めた。
片付いた荷物を、手を差し出して受け取り、次の目的地へと向かった。