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依頼を受ける?

「後は起きるのを待てばいいわ」


 テレーゼをギルドまで運びこみ、エレノアに手当てをしてもらった。

 テレーゼはギルドに着くまでに眠りについてしまい、今は静かにベッドで寝息を立てている。

 彼女の隣にはモニカがいる。リチャードが伝えてくれたのだろう、モニカを守りに行ってくれた団員が連れて来てくれていた。

 二人一緒に寝ている。


「ありがとうございました」

「これくらいなんでもないわ。もっとひどい時だってあるもの」


 エレノアは救急箱を持って立ち上がると、手を振って退室していった。

 俺は視線をテレーゼとモニカに戻す。


 彼女たちを、これからどうするか。

 あのスラムに戻すのは、いろいろと問題がある。サファイアの連中がまた狙わない保証はない。

 かといって俺が保護できるかと言えば微妙なラインだ。

 確かにステータスはカンスト状態だが、だからって高額報酬のクエストに向かわせてくれるわけでもない。

 高額報酬のクエストはそれだけ危険を伴う。そのため経験を積んだ人にしか許されていない。


 どうするべきなのだろうか。

 どうしたらいいのだろうか。


 ……まぁ、考えても仕方ないか。


 俺は立ち上がると、テレーゼの頭を優しく撫でた後、部屋を出た。

 向かう先は団長室だ。もうさすがにリチャードも戻ってきているだろう。

 階段を上り、奥にある団長室の扉をノックする。

 返事を待った後、扉を開ける。


「どうした? 付き添いはもういいのか?」

「ええ。それよりも相談したいことがありますので」

「彼女たちの処遇か?」


 頷きを返し、机を挟んで向かい合うまで近づく。


「どうなるのかな、と」

「普通なら回復すれば家に帰す。が、事情が事情だ。そう簡単にも行かんだろう」

「とすると?」

「彼女たちにはここでしばらく働いてもらう。寝床を与える代わりなので、給料等はないが。君もそれが聞きたかったんじゃないのか?」

「そうですけど……あっさりし過ぎていて、良いのかなと」

「構わん。ちょうどエレノアもホールスタッフに人員が欲しいと言っていたし、タイミング的にはむしろ良かった方だ」

「なるほど。自分としては、それが聞ければよかったので、ありがとうございました」


 俺は頭を下げて退室のために体を反転させる。

 ドアノブに手を掛けた時、リチャードが再度声をかけてきた。


「それと、彼女たちの働きが足りない場合は君の報酬から容赦なく引くからな」

「望むところです」


 振り返って笑みを浮かべ。

 退室した後、俺は気合を入れ直すために頬を張った。



☆☆☆



 一か月ほど経つが結局のところ、報酬から天引きされることはほとんどなかった。

 当初は不慣れのために皿やグラスを割って弁償として引かれたが、テレーゼとモニカが仕事に慣れるとそれもなくなった。

 むしろ男臭い中央ホールのいい清涼剤になったとかで、予想以上の売り上げも出していたらしい。

 俺の受ける一日の依頼の報酬金よりも高い時もあった。

 まぁ、俺も依頼を少しでも多くとこなしてきたので、今ではB級の依頼まで受けられるようになった。ちなみに最低は薬草集めなどのE級だ。


「それで、今日は少しだけ多くお給料をもらえました」

「そう、それはよかったね」


 現在、俺はようやく家を見つけ、一人暮らしを開始していた。

 ギルドからはそう離れておらず、よくテレーゼはやってくる。今日も例外ではなかった。

 テレーゼたちはまだギルドに寝泊まりしている。騒動から一か月経ったとはいえ、まだサファイアの連中が動き回っているらしい。

 その点は『ライオンキングダム』で働いて寝泊まりしている方が必要以上に外に出ずに済むので安全だ。

 ここまで来るのは、必要以上の外出だろうが。


 俺はテレーゼにミルクを差し出す。

 テレーゼはお礼を言いながらそれを一口飲む。


「そんで今日は何か用がある?」

「あ、えっと……その、ですね……」


 俺が問いかけると、テレーゼは緊張したように縮こまり始めた。

 何か用があるのはわかるのだが……まぁ、いつも特に用なんかなくても来ているのだけれど。

 言いにくい相談なのだろうか。

 テレーゼが言い出すまで待っていると、意を決したように口を開いた。


「私も依頼を受けようかな、と」


 その発言に、俺はしばし思考が止まる。

 依頼を、受ける。

 ふぬ?


「えぇ、と、テレーゼが?」

「はい」

「依頼を受ける?」

「はい」

「……そりゃまた」


 どうして、と聞けばいいのだろうか。

 だが究極的には彼女の問題だ。俺がとやかく言ったところで、決めるのは彼女だ。リチャードも彼女の意志を尊重するだろう。

 だから、否定するような言葉を言うべきではないのだろうけれど。


「ホールスタッフが嫌になった?」

「いえ、そうじゃないんです。ホールスタッフのお仕事も楽しいんですが……その、シシドさんと同じこともしてみたいな、と……」

「同じこと……でも、危険は危険だよ?」

「うっ……そうですよね……」


 露骨に落ち込むテレーゼに、俺は頭を掻く。

 うぅん、どうすればいいのだろうか。

 危険から遠ざけるために『ライオンキングダム』での寝泊まりや仕事をやらせてもらっているのに、わざわざ危険に近づくのは良いのだろうか。まぁ、危険の種類は別物だから、まだマシ……っちゃマシか。


「その……一応エレノアさんとリチャードさんの許可ももらっているんです……」

「あ、そうなの?」

「ただ、条件付きでして……その条件がシシドさんと一緒にやることでして……」

「あー……なるほど……」


 その条件を出した理由も、わからないでもない。

 だが、言ってもまだ俺はB級までしか受けられない。その上はさらにあるし、いくらステータスがカンストしているとはいえいいのだろうか。

 ……いや、リチャードとエレノアまで許可を出したのなら良いのだろう、けど。


「モニカは大丈夫?」

「はい。モニカにも話してあります。シシドさんと仕事ができることを羨ましがられました」


 いやいやいや。

 嬉しそうに言ってくれるのはこちらとしても嬉しいけれど。


 俺は机に肘をついて手に額を乗せる。

 うーん……どうしよう……。


「あの……やっぱり迷惑でしたか?」

「いやいや。全然。正直B級といっても採集も多いし、人手が増えるのは嬉しいんだけど……次に考えていた依頼が討伐系だったから」

「やめた方が良いですか……?」

「……いや。いいや。俺が諦める。明日も採集の依頼にするから、ついて来てくれるか?」


 リチャードやエレノア、モニカと外堀を埋められては拒否する気も引ける。

 それに討伐系とは言うが、別に少ないわけでもない。毎日一定数は出回るので、これを逃したらってのはない。

 だから、俺が諦めるのが妥当だろう。

 それにテレーゼのやりたい気持ちを踏みにじる結果も嫌だ。


 俺の返事を受けてテレーゼはパッと表情を明るくさせる。


「はい! ありがとうございます!」


 元気で明るい返事に、俺も自然と笑みが漏れる。

 あんな体験をしたのに、普通に笑えるってのは、本当にすごいと思う。

 俺なんか、そこまでひどい経験をしたわけでもないのに、死ぬことを選んだわけだし。

 諦めることが最も簡単なはずなのに。

 それでも彼女は諦めず、生きようとする。

 その姿は、とても美しい。


「じゃ、明日は早めに出るから、今日は早く寝ような」

「わかりました。では、今日はこれで失礼します」


 テレーゼが立ち上がるのと同時くらいに俺も立ち上がる。

 ここからギルドまで、テレーゼが来た時はいつも送っている。二度手間ではあるが、安全のためだ。

 一緒に家を出ると、ギルドまでの道はそう長くないとはいえ、明日の依頼について盛り上がった。

 採集の依頼は様々なものがある。B級になれば採集が困難な場所か、厄介な魔物がいるか。どちらを選ぶかとか、むしろ目的地で依頼を選ぼうだとか。


 ギルドに着いてテレーゼを部屋まで送り届ける。部屋にいたモニカとも簡単に挨拶をして別れる。

 ギルドから出ようと思ったとき、後ろから声を掛けられた。


「シシド」

「うん? ジャックか。どうかしたか?」

「今日も送り迎えか」

「そういうお前は飲んだくれ……てないな」


 ジャックは先ほど帰ってきたのか、いつもなら飲んだくれているだろう時間帯なのに素面だった。

 俺は体を反転させてジャックと向かい合う。


「何か用か?」

「ああ。まだ調査中で、団長からもあんまり口外しないように言われているんだが……今日もその調査だったんだが」

「何かあったのか?」

「あまり触れ回るなよ? お前だから教えるんだから……」


 ジャックはそう前置きをすると、俺の耳元に口を寄せてくる。

 そして必要最低限の小声で話す。


「最近、スラムで行方不明者が増えているらしい。それも主に女性だ」

「……どういうことだ?」

「詳しいことは調査中だ。が、テレーゼも元はスラムの子だ。警戒は怠るな」

「わかった。ありがとう」


 話はそれだけだ、とジャックは締めると手を振って二階への階段を上って行った。おそらくリチャードに報告に行くのだろう。

 しかし、スラムで行方不明者か……今はもうスラムで暮らしていないとはいえ、ジャックの言う通り警戒はしておいた方がいいか。

 俺は彼の忠告を胸に止めながら、その日はそのまま帰った。

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