刺青の意味
三日間、街を駆けずり回ってテレーゼを探した。
真っ先に彼女の家を訪ねてみたが、そこには床下に隠されたモニカしかいなかった。
モニカはテレーゼに絶対に出るなと言いつけられ、押し込められたという。その直後、大きな物音を聞いたとも言っていた。
俺は、悪いと思いながらもモニカに床下で待つよう言い、朝晩だけ食事を持って訪れた。
それ以外の時間は、ずっとテレーゼを探していた。
隈なく、ネズミ一匹逃さないよう、血眼になって。
それでも見つからなかった。
地上はもう探し尽くした。後いる可能性があるとすれば――『ブルーサファイア』のギルド、あるいはその隠れ家。
だがそんな憶測で本拠であるギルドの中に入れてくれるはずもなく、もちろん俺が件の張本人との話は広まっていた。
打つ手なし、追い込まれてしまった。
もう一か八か、賭けに出るしかない。
腹を決め、俺はギルド『ライオンキングダム』の正面扉から入った。
騒いでいた団員たちも俺に気付いて、ホールにいる人全員の眼がこちらに向く。視線が集まる。
その衆目の中で、俺は膝をついて頭を下げる。
「お願いします、手伝ってください」
この街を俺はよく知らない。
地上から、上空から、見える範囲でしか知らない。
この街に根を下ろすギルドの彼ら以上に知っているわけがない。
俺の探せる範囲は全部なくなった。
もうないのだ。
だったら知っている人に頼るしかない。
そして俺には、彼ら以外に頼る相手がいない。
「わがままも身勝手も自分勝手も自己中もエゴも全部自覚してる。それでも、もうあんたたちしか頼る相手がいない。だから、お願いです。お願いします」
額を床にこすり付けて懇願する。
世界で誰が死のうが関係ない。隣人が殺されようが無関心でいる自信はある。
俺は、生きることを諦めた。
結果だけがすべての世界を諦めた。
そうして努力が評価される世界へ来た。
彼女は違う。
彼女は生きることを諦めていない。
努力が評価される世界で、生きる努力しかできないのに諦めていない。
彼女に希望があるのか知らない。
未来があるかなんて知ったこっちゃない。
究極的に、俺に関係ない。
でも違う。そうじゃない。
もう、そうじゃない。
彼女と会話し、ふれあい、同じように努力していると知った今。
努力しかできず結果が示せなかった俺に、努力をしながらも生きる結果しか示せない彼女を。
斬り捨てることはできない。
見捨てることは許されない。
「何のために手伝わなきゃならない? テメエの無実のためなら――」
「違う、そんなものどうでもいい」
俺に罪があろうがなかろうが関係ない。
心底どうでもいい。
断罪されようが追放されようが、俺は生きていける。
「彼女のために、彼女が生きていられるように。生きていけるように」
「そんなものギルドとは関係ないが、おれたちが助ける必要はあるか?」
「……あんたたちが助けてくれないなら、俺はこの手を切り落とす」
団員である証明を失くし、『ブルーサファイア』に乗り込む。
ただそんなことをすれば当然後から面倒になる。もしかすれば、こんなことしても『ブラックダイヤ』が絡んでくるかもしれない。
そうなれば、俺と同じようにステータスカンストの人物も出てくる可能性が高くなる。
できれば避けたい可能性だ。
でも、助けが見込めないなら実行する。
「諸君、一つ言わせてもらうぞ」
リチャードの声が、二階から響いてきた。
おそらくホールを見渡せる廊下にいるのだろう。
でも顔は上げない。見る必要はない。ただ平伏し、助けを乞うことしか俺には許されない。
「彼を助けるのも助けないのも君たちの自由だ。勝手にすればいい。だが、私を――失望させるなよ」
リチャードの言葉が終わると、団員たちが動き出す音がする。
そして、全員が俺を通り過ぎていく。誰も手を貸してくれる気配はない。
……まぁ、そりゃそうだよな。ただの新入りのお願いで、わざわざ自分の知らない人物を探してくれるお人好しはいない、か。
刺青のある手を削ぎ落とし、早いとこ『ブルーサファイア』に乗り込もう。
「――それでシシド、その子の特徴は?」
「どこまで探した……って見りゃ大体わかるか」
「街は探し尽くした感じか。ならサファイアかダイヤあたりだろう」
皆、入り口でこちらに振り向いて待っていてくれた。
「シシド、その刺青はただの団員の証明ではない」
リチャードが二階から降り、俺の元までやってくる。
「その刺青は我々が運命共同体であることの証明だ。その刺青を入れた時から、我々は家族だ。その点で言えば、君の手を切り落とす覚悟は評価する。だがそうではないだろう?」
「困ったことがあったらまずはあたしたちに相談する、それを忘れないでね」
いつからいたのか、エレノアまで説教を始めてしまった。
「大体姐さんが採用して団長が認めた奴を見捨てる方がどうかしてる。お前はおれたちの末っ子だ、もっと頼ってくれていいんだよ」
「実力もジャックを圧倒するくらいだし、皆認めてんだ。もっと周りを見ろ」
「……ああ、ありがとう」
この人たちは、なんでこんなに優しいんだろうな。前の世界では、到底出会えそうもない。この数は。
俺は目に浮かんだ涙が流れる前にふき取り、立ち上がる。
「探している人は犬の耳が生えた少女、名前はテレーゼ。白髪で身長は俺の胸あたり。年齢は見た目十歳前後」
「わかった。探していない場所とかあるか?」
「地上、上空から見える範囲は全部探した。入り込めそうなところも。あと、彼女には妹がいるから狙われないか見張って欲しい」
「よし、全員二人組を作れ。シシドは私と組む。各組探せる範囲をもう一度洗い直し、二組は見張りに回れ」
「おう」
リチャードの号令とともに、各組が一斉にギルドを跳び出した。
「シシドは私とともに『ブルーサファイア』へ向かう。エレノア」
「アポはとってあるよ。けど、入れたとして応接間までだろうね。他は、見せてはくれない」
「十分だ。いくぞ」
「はい」
リチャードの後を追って、俺もギルドを出た。