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よくある転生

 ――そうだ、自殺をしよう。


 そんな古都にでも向かいそうな気軽な気持ちで自殺を決心した。

 理由はちゃんとあるんだ。むしろ今まで自殺をしてこなかった方が不思議だと思うくらいには理由があるんだ。


 幼稚園のお遊戯会で熱を出して休んだ。

 小学校の運動会で当日までに骨折すること六年連続。

 中学校の合唱コンクールで喉を激しく潰し一年目にして濁声となりクラスのお荷物に。

 大学受験で東大確実とまで言わしめた成績から試験当日にインフルエンザで滑り止めの地方私大へ。

 就職試験にてお悔みメール百通突破。


 そろそろ諦めてもいいのではないだろうか。


 とはいえ世の中には、それくらい運が悪かっただけだと言い張り、自殺を止めるような素敵な大人もいることだろう。

 俺の場合はそれだけでは終わらない。


 お遊戯会のダンスは一人だけ覚えが悪くて幼稚園児のくせに寝る間も惜しんで練習をしていた。

 運動会では足の遅いことを理由にいじめられそうになったので毎年コツコツ一秒ずつ縮めて六年生時には小学生にしては俊足の六秒台に乗った。

 合唱コンクールで喉を潰したのだって音痴だから必死こいて練習した結果だ。

 大学受験は言わずもがな、入学当初は大学進学すら危うかったのに。

 就職試験では面接の練習やペーパーテストの予習もきっちりしたのに、濁声のせいで面接官をひどく怯えさせてしまっていた。


 努力は必ず報われると誰かが言う。

 結果がすべてだと誰かが言う。


 だったら俺は。

 これ以上、何を努力すればよかったのだろう。

 どうしたら結果を示せたのだろう。


 努力は必ず報われる。それが実を結ぶとは限らない。

 結果がすべてだ。過程はすべて無視するものとする。


 そんな世の中で、努力することしかできない俺はどうやって生きて行けばいいのだろう?


 ――っつーわけで!

 これからいろいろやらかしてやろうと思います!

 命の最後の煌めきくらい盛大なものにしなくちゃ、親不孝ってものさ!

 え? 自殺すること自体すでに親不孝だって? それはそれ、今は置いといて。


 さて、まずは貯めに貯めた金をすべて課金してやりたいと思う。

 まぁ別に続けるわけでもないから、サービス終了間近のゲームでマイナーなところを狙うか。

 適当に探して……うん。これでいいや。

 すごいだろ、この魔法のカード。総額100万あるんだぜ……?

 それを今からゴミへと錬成する!

 ……あ、星5だ。え、最高レア? ふーん……また出た。……おお? おぉ……お、おおぉぉ……なんでこういうときに限って最高レアがたくさん出るんだろうね。自殺を思いとどまらせようと運命が働いているのだろうか。

 ガイアが俺にもっと生きろと囁いている……わけがないッ!


 さて金もゴミに錬成し終えたし……後はこの魔力の切れた魔法のカードで「どうだ明くなつただろう」ごっこでもしておくか。要はただ燃やすだけだが。

 と思ったらボヤ騒ぎを起こしちまった! こりゃ不味い!

 幸い自分の家ではないので今のうちにとんずらするぜ。後のことは知らん。数年前に家族との縁は切れているので大丈夫だろう。何も大丈夫じゃなさそうだが。


 捕まる前にさっさと死んでおくか。


 あっと、最後の最期にメールチェックしよう。高層ビルの屋上の縁に座り、スマホを取り出す。

 この前から迷惑メールが大量に届くようになってたんだよ。……あ、この闇金のサイト使ってさらに金を下ろせば……さすがに怖いのでやめておこう。死ぬから関係ないけど。

 チェンメとかないかな。いまどきないか。適当な連中に送ってやろうと思ったのに。


 メールボックスを遡っていると、また一通新しい迷惑メールが届いた。

 確認もせずに迷惑メールだってどうして気付けるのかって? そりゃ決まってる、オレに届くメールすべてを迷惑だと思えばいいのさ!

 とりあえずメールを開いてみる。そこにはお決まりのようにURLと、


『結果がすべての世界に飽きた皆さん。過程がすべての世界へ来て見ませんか? 行き方は簡単! このURLをタップ後、死ぬだけです!』


 はぁん。そんな世界があるのなら、ぜひとも行ってみたいね!

 俺は躊躇なくそのURLをタップする。特にどこかのサイトに飛ぶわけでもなく、何事もなかったようにメールアプリが終了した。

 まぁいいか。さっきのが最後だったっぽいし。

 メールも見終わったことだし。


 それではみなさん!

 ごきげんよう、来世でまた会えるといいですね!


 そうして俺は、高層ビルの縁を蹴飛ばした。



☆☆☆



 目を覚ますとそこにはあたり一面の草原が広がっていた。

 へーここが死後の世界か。何ともファンタジックな光景だな。こんな光景、生まれてこの方見たことがない。


 するとどこからか鳥の声が聞こえてきた。

 ついでに目の前を馬が駆け抜けていく。

 死後の世界にも馬とか鳥とかいるんだな。それともあいつらも死んだのだろうか。それにしては随分と元気そうだ。

 まぁ、死んだ後も生きているように動けるのなら特段不思議でもないのか。


 そんなことを思っていると、いきなりポケットの中から振動が伝わってきた。

 今更ながらに自分の格好を見下ろしてみると、白装束というわけでもなく自殺した時の服装と変わっていなかった。

 ほう、死ねば恥もくそもねえやと思ってロングコートやら指ぬきグローブなど中二病満載のファッションだというのに。死に恥を晒せと申すか。


 ポケットの中の振動がより強くなった気がした。

 手を突っ込んでその振動の本体を取り出すと、それは現代ならば中学生すら持ち歩いているであろう生活の必需品、スマホが入っていた。ちなみにリンゴマーク入りだ!

 そんで何だって? おや、メールが届いておる。死後の世界だというのに、電波は届くのか。さすがあーうー。


 メールを開く。件名は見ない派だ。

 内容は……

『ようこそ、ステータスの世界へ。ここでは努力した分だけのステータスが上がり、世のすべてがステータスに支配された世界。努力が報われない? ならば報われる世界で、新たな人生をお送りください。P.S.こちらの都合上年齢は十代後半となっております。その方が見栄えがいいでしょう?』

 ふむふむ。つまり俗に言う異世界転生だろうか。なーるほど――じゃあねえええええんだよ!

 こちとら死ぬための準備をして死ぬための衣装で死ぬために死ぬ気で高層ビルの屋上から飛び降りて死んだんだぞ! なのにわけわからんうちに転生させられて生き恥晒せってか? ふざけるな!

 大体ステータスなんぞどこで見る? 念じれば出てくるのかそれともVRよろしく視界にアイコンが浮かんでいるのかそのどちらでもないではないか!


 特に配信用とも書かれていないメールに、無駄とは知りつつも恨み辛み愚痴批判クレームを文字数上限まで書き込んで返信する。

 よし、これである程度の溜飲は下がった。後は現状をどうするかだ。

 もし本当に転生したというのならばまた死ぬにはもう勇気はない。死ぬ理由もない。かといって生きる理由も。

 ともあれ、こんな世界でもスマホが使えるのか。課金したアプリは即削除したしな……いやそうじゃない。

 とりあえずスマホでも弄って――ん? ステータス?

 スマホのアプリの中に、見たこともないアプリが入っていた。

 ふーむ……まさか異世界でも電波が通じるのではなく、別の機会に作り変えられたためなのだろうか。

 まぁいいか。とりあえず現状のステータスを見ておこう。


『HP:1

MP:1


筋力:1

体力:1

精神力:1

集中力:1

敏捷性:1

魔力:1

魔力耐性:1

運命力:1』


 ひっく!!??!?!?

 何ぞこれ!? 何が努力が報われる世界だ! 以前の世界の努力は反映されねえってか? クソ仕様め!

 だというのに年齢は十代後半? ふざけるのも大概にしてくれ! これでは十代後半分努力できない、損していることになるではないか!


 怒りのあまり、俺は手にしていたスマホをぶん投げてしまった。

 それはそれはもう綺麗に飛んでいき、どこかの悪役が十万ボルトで吹っ飛ばされた際の効果音とともに飛んで行ってしまった。

 ああ、しかしこれからどうしろというのだろうか。

 HPがあるということは敵性生物がいるということだろうか。そんなものと今出くわしては、勝てるわけがない。早々に人里に逃げ込みたい。

 ところがどっこい、ここは見渡す限りの草原平野。どこにどれくらい歩けば人里があるかなど、わかるはずもない。


 俺は頭を抱えてその場に座り込む。

 どうしてこう、異世界転生ってものは転生先が雑なのだろうか。もう少し親切心があってもいいのではないかね、神様よ。


 これからのことを考えてうんうん唸っていると、いきなり影が差した。

 ふと顔を上げてみれば、大きなイノシシがいた。

 大きな、大きな。カブもびっくりの大きなイノシシだ。さすが異世界、たとえ古代ヨーロッパでもこんなイノシシはいるまい。

 それよりも大きなイノシシと聞くとなぜかフン族の帝王アッティラが出てくるのはなぜだろう。何の影響だろうか。安易な異世界転生は悪い文明。


「ブモオオオオオオ!!」


 イノシシは余裕綽々とでも言いたげに、俺を目の前に叫び声を上げた。

 まったく、何をそんなに余裕ぶっこいているんだ。そんな調子だからイノシシなんてものは狩りの格好なエサになるのではないだろうか。違うな。

 それにしても鼻息が臭い。ついでに口臭も。これが野生。これが本能のままに生きるブタのにおいか。


 …………逃げなきゃ。

 というわけで背を向けて全力疾走。


 うわおっそ! 自分の足の遅さに絶望した!

 まだご老人が走った方が速いのではないかと思うほどに、俺の足は超絶遅かった。

 なにこれ、全身が鉛でできているよう。足を前に出そうにも、上げるだけで精一杯で前へ遠くへ出すこともままならない。

 これが敏捷性:1……! イノシシの突進一撃で俺のHPなんて遥か彼方ゼロの向こう側だ。


 後ろを振り返る。不敵に笑っているようにも見えるイノシシが、前足を蹴立てている。

 まっずーい。このままじゃ、第二の人生の死因がイノシシの突進になっちまう。なんて情けない。いや現代ならばイノシシの本気の突進で死んでも仕方ないのかもしれないけど。

 しかし異世界。あんな見るからに駆け出し冒険者に狩られてしまいそうなイノシシに殺されるなんて、みじめ過ぎる。


 その時、またしてもズボンのポケットから振動が伝わってきた。

 すぐさま振動の元、スマホを取り出す。この際どうしてぶん投げたはずのスマホがポケットにあるのかという怪現象は置いておく。

 画面には簡単に一言、


『前世の努力と同期しますか?』


 躊躇いなく「はい」をタップする。


『本当によろしいですか?』


 やはり「はい」をタップ。


『もしこの世界でやり直したい――』


 全文読む前に「はい」を連打。この状況でやり直すもくそもあるか。


 するとローディングの画面へと変わり、歯車みたいなものがくるくる回り出す。

 早く、早く! 俺の俊足を返して!

 ローディングの画面が閉じる。同期が完了したのだろうか。それと同時くらいに、後ろから地鳴りが響いてきた。

 振り返る間もなく、俺の身体はイノシシと――大きな距離を開けていた。


 振り返った際にはもうイノシシの姿は豆粒みたいな大きさになっていた。

 これが……俊足か……! しかも全然疲れない! さすがシャトルランを限界まで走り抜いた身体だ!


 どこに向かっているかわからないが、先を行く馬車や旅人などを追い抜いていく。

 人がいるっていうことは、その向かう先に町が近くにあるってことだろう。とりあえずそちらに向かうとするか。

 いや、行き当たりばったりよりは、先にスマホで調べたりした方がいいのだろうか。

 せっかくこの世界仕様になっているみたいだし、マップアプリでも開いてみるか。


 ということでポケットの中のスマホを取り出す。歩きスマホならぬ走りスマホ。前者よりも数倍危険である。

 とはいえこんな人に会うにも天文学的な確率みたいな世界で危険もくそもないだろう。……あ、さっきすれ違ったな。まぁいっか。草原で人とぶつかる確率ならそんな感じだろ。

 俺は初期アプリのマップを開く。すると思った通りというか、そこには日本の、いや地球のマップは表示されず、見たこともないマップが表示された。

 それをスイスイと動かしながらこの世界の地図を見る。

 ふーむ。俺の今いる位置は大陸だな。日本みたいな島国ではない。国名も書いているけど、今はどうでもいいか。

 とりあえず町はないかと探していると、目の前がいきなり真っ暗になった。

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