ワシのハンマーは最強なんじゃあ!!
ワシの名はギムル。ドワーフの国のドワーフじゃ。
ドワーフと言えば鍛治しか取り柄のないように思われがちだが実は違うのじゃ。
鍛治の他にも鉱石掘りや酒造り、更には繊細で見事な細工物を作る職人もおる。
時には剛腕を活かして傭兵稼業などで稼ぐ輩さえおるのじゃ。
……まあ、ワシの本職は鍛治じゃがな。
しかしワシの鍛治の腕前は自分で言うのもなんじゃがかなりのものじゃ。
今日もワシの店にはワシの打った武器・防具を求めて遠方から客が来ておる。
そんな客にワシが直々にお薦めの武器を紹介してやろう。
剣?
はっ、馬鹿を言うな。
使えば血と油で切れ味が落ち、鈍器としてしか使えなくなる欠陥武器じゃろう。
槍?
剣と大して変わらんわい。
なにより、全力で突いても硬い相手には無意味じゃろう。
弓?
矢が尽きたらどうするんじゃ。
有り得んわい。
故にこそ、ワシが生涯かけて全身全霊を込めて打った最強の武器。
それは――――ハンマーじゃ。
ハンマーこそ至上。ハンマーこそ至高。ハンマーこそ至極。
どんなに硬い敵でも叩き潰す。
鎧なんぞ着込んでもハンマーの前では無意味。
他の武器と違って切れ味が落ちたりすることはない。
更には鍛治では鎚として使え建築や土木の現場でも使える。
素晴らしきかなハンマー。ビバ、ハンマー。
これほど機能美に満ちた武器が他にあるじゃろうか……いや、ない。
「故にじゃ。お前はワシのハンマーを買え」
「いや勘弁してくださいよ。ハンマーとか格好悪いっすよ」
「なんじゃとぉおおおおおッ! 身の程知らずの若造が! 叩き潰してくれるわ!!」
「うひゃあああああああっ!?」
……。
…………。
……………………。
いかん、またやってしもうた。
どうにも最近は客を追い出してばかりじゃな。
……いや、ワシは悪くない。
悪いのはハンマーの素晴らしさを理解せんボンクラどもじゃ。
「なんじゃいギムル。お前さん、またやりおったのか?」
先ほど小僧を追い回しておった時にうっかり壊してしまった扉から姿を現したのはズングリムックリとした髭面ドワーフ。
ドズンという名のワシの長年の友人じゃ。
こんな厳つい顔をしておるが、こやつの造る酒は絶品じゃわい。
「ふん、ワシの店に来て剣だの槍だと注文する奴が悪いんじゃ」
「お前さんは変わらんのう。……そんなに言うのなら、いっその事お前さんがハンマーの素晴らしさとやらを世間に喧伝してみてはどうじゃ?」
「……なんじゃと?」
ふむ、考えてみれば悪くないかもしれん。
ワシは鍛治一筋で生きてきたが、ドワーフの中には傭兵や冒険者として外の世界に出とる連中もおるんじゃ。
そういった連中のようにワシも傭兵として働き、実戦でもって如何にハンマーが優れておるかを示す。
そうすれば他の武器に傾倒するボンクラどもも目を覚まし、ハンマーを買い求めるようになるじゃろう。
「よおし! そうと決まれば善は急げじゃ! ドズン、お前さんの秘蔵の酒をありったけワシに寄越せ!」
「……何を言っとるんじゃ、お前さんは?」
「馬鹿者。ハンマー喧伝のために此処から離れれば暫くお前さんの酒が飲めんじゃろう。友の旅立ちじゃ、ケチケチせんとさっさと寄越せ」
「ふざけるでないわ! ワシが酒職人になったのはワシが酒を飲むためじゃ! お前さんにやる酒など一滴たりともないわ!」
「なんじゃと! 日頃から色々と世話してやったというのに、ワシから受けた恩を忘れおったのか!?」
「それはそれ、これはこれじゃ!」
ええい、なんとケチな奴じゃ。
こうなれば仕方がない。
こういう時は実力行使と昔から相場が決まっとる。
「「ぬぉおおおおおおおおっ!!」」
この日、ワシらの激突によってワシの店は無惨に倒壊した。
まあ、なんだかんだで酒はせしめたので問題はないんじゃがな。
家はハンマー布教を終えてから建て直せばいいんじゃ。
◇ ◇ ◇
そして愛用のハンマー片手に酒を背負ったワシは旅に出た。
全てはハンマーの素晴らしさを世に広めるために。
ある時は剣ではどうにもならん軟体のスライム相手にハンマーを降り下ろし。
――グチャッ!
「ふぎゃあああああ!? ドロドロした何かが顔に飛び散ってきましたよ!?」
またある時は硬い甲羅で槍なんぞ役に立たん魔物にハンマーを降り下ろし。
――ドグシャッ!
「いやあああああっ!? 服に臓物がっ!?」
そしてまたある時は屋敷に盗賊が立て籠り弓なんぞ意味のない状況で扉にハンマーを降り下ろし。
――ズガンッ!
「ちょっとぉ!? お屋敷の修繕費を誰が払うと思ってるんですかぁ!?」
そうやって立ち塞がる全ての困難をハンマーで打ち砕いたのじゃ。
素晴らしい。これぞハンマーの真骨頂じゃのう。
そして今日、ワシとハンマーは伝説と相対する。
――ゴァアアアアアアアアアッッ!!
とある国の砦の上。
大空を悠然と舞い地を這うワシらを見下ろすのは最強の魔物、ドラゴンじゃ。
ふっふっふ、こやつを堕とせば頭の硬い馬鹿共もハンマーの凄さを認めざるを得まい。
「逃げましょうよぅギムルさぁん。あんなの勝てるわけないじゃないですかぁ……」
すぐ側で泣き言を漏らすには旅の途中から付いてきたエルフの小娘じゃ。
こいつはすぐに弱音を吐くのが悪い癖じゃ。
心配せずともワシにはハンマーがある。
「空を飛んでる相手にハンマーでどうするんですかぁ!?」
ええい、やかましいわい!
言われんでも今すぐ見せてやろう。
ワシのハンマーが如何に万能かをな!
「ええ!? ギムルさん、どうして回ってるんですか!?」
ふん、黙って見ておれ。
ワシは小娘を気にせずハンマーの柄を掴んだまま更に回転の速度を上げる。
「わきゃあっ!? ス、スカートが!?」
見えた! ここじゃあっ!
必・殺!
「ハ・ン・マ・ー・投・げ・じゃあああああっ!」
――ゴギャアッ!?
ワシが投げ放ったハンマーは狙い違わずドラゴンの頭をぶち抜いた。
「見たかっ! これが! ハンマーの力じゃ!」
「あぅぅ……。これってハンマー関係なくないですかぁ?」
小娘が意味の分からん事を言っておるが知ったことではない。
まったく……エルフというのは頭の硬い頑固者が多いのう。
それよりも見ろ、あんなにも喜んでおる砦の兵士たちを。
これであやつらも改心してハンマーを使うようになるじゃろう。
そしてその子供たちもハンマーを使うようになり……いずれは一家に一つハンマーが置かれる時代が来るじゃろう。
「……そんなもんですかねぇ~?」
なにしろドラゴンを一撃で葬ったのだからな!
おっと、いかんいかん。
飛んで行ったハンマーを回収せねばな。
――斯くてドラゴンを倒したワシは英雄になった。
ドラゴンに襲われるところじゃった国の王は深く感謝し褒美をやろうと言ってきた。
金銀財宝?
いらん、故郷に帰れば若い頃に掘ったのが沢山あるわい。
国の高い地位?
いらん、そんなもの面倒くさいだけじゃろう。
絶世の美女?
馬鹿者、なんじゃそのやせっぽちは?
女というのはもっと肉付きが良くなくてはな。
では何が欲しいと?
強いて言えば布教じゃな。
いいか? 一度しか言わんから良く聞けよ?
「ワシのハンマーは……最強なんじゃああああああああああっ!!」
「……ひょっとしてなんですけど、ハンマーじゃなくてギムルさんが最強なんじゃあ?」
やれやれこれだから森から出ない世間知らずのエルフの小娘は。
ワシのようなただの鍛冶師が最強なわけなかろう。
全てはハンマーの偉大さよ。
これからもワシは旅を続けるじゃろう。
いつの日にか誰もがハンマーの素晴らしさに涙を流すその時を信じて――!
ギムル
最強のハンマーには最良の素材が必要だとばかりに若い頃から危険な場所に殴り込んでいた。
結果いつの間にやらドワーフ最強の戦士に……ただし自覚なし。
今日も彼はハンマーの布教の勤しむ。
エルフの小娘
退屈な森から飛び出したエルフ少女。
世間知らずなのであっさり騙され色んな意味でピンチだったところをギムルに助けられる。
……実際は布教活動に巻き込まれただけだが。
恩を返すためにギムルに引っ付いているが名前も憶えられていない。
おっさん趣味なので本人的には割と幸せ。