補講一日目
人の口とは適当なものだ。あることないことなんでもかんでもベラベラと喋り、どれが真実か嘘かもわからない。その上その言葉は無責任に多数の人物へと伝播し、いつしかその本質すら隠してしまう。噂はさらに噂を呼び、また新たな「謎」が生まれ、いつしかそれがさも真実かのように語られたときには最初の言葉と真逆の意味へと変化していることすらある。もちろんそれが悪いとは言わない。いや、言うことができない。それによって昇華され研ぎ澄まされていく言葉もあるからだ。
人はそれを都市伝説と言う。
言い出したのは誰か、噂の火の元はどこか、そもそも正体は何なのか、数々に分岐する枝葉のなかで、答えはどこにあるのか。「わからない」という原始的な知的欲求に対する挑戦が人間の心に大きな恐怖を植え付ける。そしてそれは何故か人の心をつかんで離すことはない。無責任のなかだからこそ生まれる一つの言葉による芸術文化だ。
だが、こんな言葉もある。「言霊」や「嘘から出た真」だ。僕個人としては結局のところ、言葉を告げられたことで、無意識のうちにその言葉の事象を「観測」してしまうことにより、その言葉と類似した事柄を「それ」と認識することであたかも真実に起きたことだと誤認してしまう……その程度だと思っていたが、意外とそうでもないのかもしれない。僕はこの夏休みにそう思う出来事に遭遇してしまった。
都市伝説の王はこう言っている。
「私が事実に打ち勝つ日まで」と。
きっと、都市伝説は人の無意識のなかで観測した「何か」を言葉にして表したものなのかもしれない。そしてそれは、「何か」が空想の世界から「現実」に打ち勝つことでこの世界の「事実」へと生まれ変わるためのプロセスであり、それは信じようと信じまいと水面下で進行しているのだと。
だから僕はここに残そう。僕の出会った「クロカミサマ」と呼ばれる都市伝説の物語を。
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補講一日目
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昼下がりのファミレスで、学生服を着た三人の男がなにかを力説していた。いや、正しくは二人の男とあきれる僕という構図なんだけども。
「なあ羽黒、お前はどう思う?おれはやっぱり二ノ宮が一番いいと思うんだよ!健康的な小麦色の肌!快活に笑うあの笑顔!そしてなにより男子との距離感が近い!」
「いや、それは聞き捨てならないな。なんといっても水橋会長の魅力には勝てまい。品行方正、眉目秀麗、文武両道、大和撫子と隙のない完璧超人だ。あの方を差し置いて学内NO.1のモテ女を語れまい。なあ羽黒。」
「正直言っていい?至極どうでもいい。」
僕ははぁ、とため息をつき外を見る。
なぜ白昼堂々、僕達は一番モテるであろう女の子決定戦をしなければならないのかさっぱりわからない。というかそんなこと話したところで僕らがモテるわけでもなく虚しいだけだと言うのになぜこいつらはこんな話で盛り上がれるのだろうか。
「まあお前は枯れてるからな。興味ないのか。」
「まて、ここまで来たら実はホモと言う可能性もあるぞ。」
「君たちと違って公共の施設で大声を上げながら女の子についてかたる度胸がないだけだよ。誰が枯れてる上にホモだよまったく……。」
ドリンクバーから汲んできたメロンソーダに口をつけながら、話を会わせるために一応考える。
モテるねぇ……。
「影山、モテるってのはどういう条件?恋人として告白される可能性でいいの?それとも単純に人気度?」
「あー、そうだな。恋人として告白される可能性で。」
「だったら二ノ宮さんじゃない?水橋会長は完璧すぎて逆にモテないでしょ。」
あんな完璧超人に告白するのは弱味を握ってるかギャップ萌え主義者かヒモ志望者しかいないだろう。あんなのと四六時中一緒にいたらプライドがズタズタにされて耐えきれん。
「よし!二ノ宮が二票で俺の勝ちだな影山ァ!」
「くっ、完璧さが裏目に出たか……!」
隣にいる影山が頭を抱えて悔しがり、正面にいる荻原がガッツポーズを決める。
本当にどうしてこいつらはこんなことで盛り上がれるのか。
「じゃあ、ここのポテトの料金は影山持ちな。」
「まて、それは卑怯だ。羽黒が絶対に負けることのないゲームは平等ではないだろう。賭けの条件の明示をした上でのやり直しを要求する。」
「ほう、いいぜ……なら敗北者二人はここの大盛りポテト(税込399円)×2と今から追加する若鳥の軟骨の唐揚げ(税込499円)×2の料金を持つことにしようじゃねえか……俺たち高校生に約1000円の出費は苦しいぜぇ……?」
「貴様こそ財布の中身を確認しておくのだな、おれは本気で勝ちにいくぞ……?」
「望むところだ。勝負内容は『実はめちゃくちゃかわいいんじゃね?』と思う子NO.1でどうだ。」
「いいだろう、さあ、聖戦を始めようか……!」
影山は眼鏡を中指でクイッと上げ、荻原は指をポキポキとならし、首をぐるぐると回し筋肉をほぐす。一触即発の空気が小さなテーブルを支配する。今にも流血沙汰が起きそうな雰囲気だ……。実際に起きるのはビックリするほど失礼極まりない会話なんだけども。
ところで荻原、今から始まるのは会話なのにその動作は必要だったのか?
「ここは俺から先制攻撃をさせてもらおう……!俺が推すのは『柏原委員長』だ!」
「委員長か…以外なところで押してきたな……。」
影山の先制攻撃に荻原は顔をしかめる。それはそうだ。委員長は大穴も大穴。彼女はビックリするほど「普通」だからだ。
普通の委員長イメージと言えば旧時代的な三つ編み眼鏡というものが強いが、彼女はそんなことはない。というかそんな化石みたいなやつがいるわけもないから当たり前ではあるが、彼女は普通にどこにでもいそうなボブカットのゆるふわガールだからだ。顔も美人とも可愛いともつかず、髪型もオーソドックス、成績も平均そこそこの点数を維持し続けるという「THE・普通」だ。
「さて、その心を聞こうか……。」
荻原は身を乗り出し、顔の前で手を組みその答えを待つ。
影山は眼鏡の奥から鋭い目線で荻原の目を睨み付け、はっきりといった。
「彼女の強みは……性格だ。」
「性格だとっ……!?馬鹿な……こんな邪道が許されると言うのか……!!」
はっきり言わせてほしい。君たちはなにと戦ってるんだ。
「そう、彼女は普通で素朴だ。しかし、実際に彼女と浅いコミュニケーションしかとらない人物にはわからないだろうが、彼女の底抜けの優しさ、世話焼きなところ、何より彼女と仲良くなったときにだけ見ることが出きる天真爛漫とでも言うべきその行動は、普段の委員長である姿をかき消すほどに愛らしい。普段は規律と規則を守り厳しく当たる、むすっとした表情の彼女が仲良くなったときにだけ見せるその素顔、可愛いと思うには十分じゃないか?たとえば、こんな風にな!」
影山はスマーとフォンを机の上におき、一枚の写真を表示する。
そこには夕日の公園を背景に無邪気な笑顔でこちらを向いている私服の委員長が写っていた。普段の少しきつい眼差しと言動からは想像のできない満開の笑顔に僕たちの視線は釘付けになる。
「くっ……普段つっけんどんとしている委員長が典型的なツンデレタイプだと言うのか……たしかに、そのギャップによる攻撃力は高い……これは、俺も引けなくなってきたな……!」
思わず後ずさり焦り始める荻原。
その気持ちはよくわかる。よくわかるが、この写真をいったいどこからこいつは入手したんだ。僕の知るかぎり委員長と影山は仲良いどころかしゃべってるのすら見たことないぞ。もしかしたらこいつストーカーじゃねえの?
荻原とは別の意味で後ずさりながら、次は荻原の意見を待つ。
荻原は動揺を隠しきれないのか、二、三深呼吸してから一枚の写真をスマートフォンに表示し、机の上に出してくる。
そこには学園祭と思わしき屋台を背景にルーズサイドテールにした目のくりっとした小柄の女の子が微笑むように写っていた。服はロングスカートタイプの本格的なメイド服であることから、昨年度『俺は絶対にミニスカメイド喫茶なんてふざけたものは許さねえ!メイドというのは肌の露出を徹底的に抑えて性の意識を消滅させなければいけないんだよ!わかるか?メイドはあくまで使用人としてあるべきでありそれゆえに美しいんだよ!ミニスカ穿いて異性に媚びた愚かで浅ましい存在をメイドとは認めない!』と大演説をしたことにより若干引かれつつも、女性の賛成多数で可決された(と風の噂で聞いた。男子は死んだ魚のような目をしてたらしい)メイド・執事喫茶の実行をした隣のクラスの誰かだろうが……皆目見当がつかない。
「……誰これ?」
「……確かに可愛らしいというか、凛とした使用人としての雰囲気が美しさを引き立たせているというか……どこか息を飲むような立ち姿だが俺も見たことがないな。」
隣の友人と縁を切りたいと思いつつ、その女の子の顔をじっと見つめる。
しばらく考えながら眺めていると、彼女の顔にある特徴に気がついた。
「この、わずかに見える頬の切り傷の跡……もしかして笹山さん?」
「なに!?あの芋女だと!?」
影山が驚愕に顔を歪めてスマホの画面を食い入るように眺める。
「確かに、この傷痕……間違いなくあいつのものだな……。」
「どうだ?意外だっただろう、笹山の幼馴染みの影山君?いやー、こんなリアクションが来るとは俺も切り札を切ったかいがあったぜ。」
荻原はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、信じられないものを見るような目で画面を見ながら小刻みに震えている影山を小突く。
「確かに笹山は芋っぽい。垢抜けないしどこか陰気なイメージも持つ。だが、それはその条件が必要とされる環境に持ち込むことでここまで変化する。陰気で無愛想であっても必要最低限の給仕をし、異性としての概念を抱かせないようにする真のメイドとしての環境にいれればこの通り、凛としたメイド長の出来上がりだ。それに髪型、姿勢を整えて見ればあら不思議、ここまで見た目が変わってしまう。実際に売上額換算では第二位に笹山が入り、今では隠れファンがついたとかつかないとかの噂もあるな。」
「馬鹿な……こんなことが、許されると言うのか……。」
影山は膝をおる(ような動作で)机に突っ伏し、小さくぐふっ、と呟いた。
ところでなぜ荻原が彼女の目線をもらった写真を持っていることに突っ込まないのか不思議でならない。売り上げ二位ならそんなの取る余裕もないだろうに。
「じゃあ最後は羽黒だな。さて、ダークホースはどんな女の子を語ってくれるのかな……?」
すっかりと勝者の笑みを浮かべる荻原の顔がムカつくが、さてどうしたものか。かわいい女の子の写真とかあったっけなぁ。 ホラー画像なら山ほどあるんだけど。
しかし負けて金を払うのは避けたいので、藁にもすがるつもりでアルバムをスクロールしていく。するとそのなかに懐かしい一枚の写真を見つけた。
「じゃあ、僕はこれにしよう。」
おもむろに表示した一枚の写真には楽しそうに喋る2人の女性が写っていた。
中学の時の卒業式の写真だ。別に思い出を残しておこうとか言う湿っぽい理由で残したのではなく、ただ単にこの場所に卒業式の日に現れるという幽霊を探していただけなのだが、こんな形で役に立つとは。
「ほう、片方は二ノ宮にみえるが……へぇ、同じ中学だったのか。しかしこの写真ということは二ノ宮を推すのか?意外性に欠けるというか。」
「そう、だから僕が推すのはこっち。」
僕は二ノ宮さんじゃないもう一人の小柄な女の子を指差す。
長い髪の毛を自然に伸ばしたロングヘアで、意思の強そうな目と愛敬のある笑顔が印象的な子だ。
「……いや、普通にかわいい子だが、誰だこれ?」
「これ、他の高校のやつとかいうオチじゃないよな?」
いつのまにか復活した影山も写真をのぞき込んだ後に不思議そうな顔をする。
まあ想像もつかないだろうから無理はないか。
「じつはこれ、中学の時の宍戸さん。」
「「はぁ!?」」
こればかりは度肝を抜かれたのか、はとが豆鉄砲食らったような顔で二人は同時に僕を見てくる。
「おい、こいつがあの宍戸だって言うのか!?」
「あの歩く貞子が!?顔だしたらこんなかわいいのか!?」
「そうだよ。明るくて可愛い子だったんだけど、いつの間にか貞子キャラになってたから不思議だったんだ。」
「まじかよ……。こいつぁとんでもねえ爆弾を投下してきやがったな……。意外性が強すぎるぜ……。」
「羽黒……文句なしで、お前が優勝だ。」
二人はどこか満足したような表情で親指をたてて机に突っ伏した。
本当にこの二人はなにと戦っているのか。この二人が学年で成績上位者というのが正直納得いかない。
でも、この写真を見つけたことで彼女に対する疑問が湧いてきた。少なくとも高校にはいったときは中学と同じ性格だったはずだ。二ノ宮さんだっていたし、僕とも少ししゃべっていたこともある。でも、二年が終わり三年になった今、彼女は貞子とバカにされあざけ笑われている。
「いじめでもあったのかなぁ。すこし、聞いてみようか……。」
ぼそっと呟いて手元のメロンソーダを一気に飲み干す。二ノ宮さんもなにか知っているだろうか。
「そういや羽黒さぁ、お前『クロカミサマ 』って知らねぇ?」
ふと思い出したかのように、うつ伏せのまま首だけをぐるんと回転させて荻原がこちらを見てくる。
「『クロカミサマ』?一応名前くらいなら耳には入ってるけど。」
「あー、詳細は知らない感じなのな。ホラーマニアのお前でも知らないなら誰も知ってそうにないな。」
うーむと唸りつつ、荻原は起き上がって手元のアイスティーを少し口にする。
「いやな、最近俺の部活にな、『クロカミサマ』について調べてほしいって意見が結構くるんだ。」
「ああ、疑問調査部か。確かに、最近『クロカミサマ』は高校で話題になってるからな。俺も少し聞いたことがある。」
『クロカミサマ』に反応したのか、影山も起き上がり話に入ってくる。
「この投書が結構多くてな、そのくせなにも情報がでない。ほとほと困り果ててたんだが、お前らなにか知らないか?」
「『クロカミサマ』なぁ、二ノ宮の変な噂なら知ってるが、心当たりはないな。」
「二ノ宮さんの変な噂?」
「ああ、なんかクラスの女が言ってたんだが、二ノ宮は人の彼氏を誘ってはつまみ食いしてポイ捨てするのが趣味の女だとか。もちろん男からしてみたらそんな実態はないどころか、その噂のせいで破局の濡れ衣着せられている奴もいてな、ほとんどが二ノ宮に同情的なんだが、どうもそれが輪をかけて噂を増長させてるみたいだ。最近では援交して男を漁ってるとかそんな噂も流れてる。」
「そういやうちの部活にも調査依頼来てたな。俺らの方も調べてみてそんな実態はなかったんだが、依頼してきた女が『そんなわけあるはずないじゃないこの屑!あの女は間違いなく私の彼氏を誘惑したのよ!』とか叫んで調査報告書を破かれたことがある。まあある意味そんな思い込みの激しいやつと別れられてラッキーかもしれんな。感情的かつ心の醜いやつと付き合ってても良いことはない。」
「まあ、性格の良さは大切だよね。外見なんかよりよっぽど大切だよ。まあかといって老婆と結婚してもアーサー王物語みたいなどんでん返しはないけどさ。」
女の実態を垣間見たような気がして、すこし憂鬱な気分になりながらポテトをつまんだ。
側を通った適当な店員さんに若鳥の軟骨の唐揚げを二つ頼み、気分を変えるためにドリンクバーで新しく飲み物を汲む。
「僕の知らない都市伝説か、これは調べなきゃダメだね。僕のオカルト魂が黙っちゃいない。」
よし、と意気込み再び席に戻る。
するとそこでは謎の講義を繰り広げる影山の姿があった。
「まず答えを与えてほしい女なんか少数だ。心理学的に考えてみたら、女の求めるものは『同意』でしかなく、『解決』や『回答』は希望していない。つまりヒステリーを起こした依頼者は、彼女の中ではすでに彼氏の浮気が決定事項であり、これを否定する論証は求めていなかった。彼女が求めていたのは『浮気していましたよ』という言葉だけということだな。」
「えぇ…それじゃ俺のとこに頼む必要ねえじゃねえか……。」
「後押ししてくれる実証だけはほしいんだよ。偽装した探偵と同じで、正確な証拠じゃなくてもやっている行動を正当化するための大きな理由になるからな。そしてそれを後ろ楯にして声高に叫ぶわけだ。感情的な正義とは厄介という良い例だな。」
「感情優先の思考ルーチンのせいで起きる暴走ということか。理論的な正確性よりまず自信を肯定してくれるものを真実と見なして受け入れて、その他を排斥していく。よく転べばうまく物事が進むが悪くいけばヒステリーやクレーマーといったところか。」
「ああ、そういうことだ。」
「……何を小難しい話をしてるのさ。差別発言ととられて女子に殴り込みかけられるよまったく。」
僕はため息をつきつつ、飲み物を片手に席につく。
「それで感情的になって反論してくるなら、よりいっそうこの論の根拠になるだけだ。真偽の考察よりも先に感情論で叫ぶわけだからな。」
「あー、そっか、そうなるのか。」
「差別と思って突撃は結構。ちゃんとした反論と理由があればな。」
「ディベート部らしい意見だね。」
汲んできたメロンソーダを口につけて、一気に半分ほど飲み干す。
そのあとすぐに鞄の中からノートとペンを取りだし、白紙のページに『クロカミサマ』と記載した。
「お、それが噂の都市伝説ノートか。」
「こっちはメモ用だけどね。」
身を乗り出して物珍しそうに見る荻原にたいして投げやりに答えながら、箇条書きでさらに書き込んでいく。
種別・特徴・出現方法・代償・効果及び影響もしくは行動・必要な道具……それぞれ見出しをつけて空欄を用意する。
「さて、話を戻して『クロカミサマ』について話し合おうか。僕の知らない都市伝説なんて認めたくないからね。」
「ふっ、流石はオカルト研究会部長だな。」
「こんな時には頼もしいな、学園最下位よ。」
「うっせ、手伝わんぞこの変態ども。」
名前の書き忘れで実力テストが0点だった過去をほじくり返しやがって。降霊術の生け贄にしてやろうか。
「荻原、とりあえずわかってる情報ってのはどんなもの?」
「ああ、たしか、特定の儀式を行うことで召喚できるとは聞いた。姿は人型で、黒い毛の塊のような姿らしい。」
「ほう、つまり降霊術の一つということか。そっちは初耳だな。」
「初耳?影山はなんて聞いたの?」
「ああ、俺は願い事を叶えてくれるまじないだと聞いた。今思えば確かに降霊術のようなニュアンスの話し方だったがな。」
「ということは、願いを叶えてくれる毛の神様、ということかな。」
ノートに素早く筆を走らせてメモを取る。おそらく、『クロカミサマ』は『黒髪樣』と変換できるだろう。
「『黒髪樣』…か、ということは都市伝説の大元は『悟くん』とかその辺に近いのかな?」
「『悟くん』?」
「そう、携帯がまだ普及してなかった頃の都市伝説だけどね。類似の都市伝説では『怪人アンサー』とか言うのもあるよ。聞いたことや尋ねたことについて答えてくれる種類の都市伝説だね。」
「ふむ、怪人アンサーは聞いたことがあるな。」
「割りと最近の都市伝説だからね、アンサーは。」
僕はそう告げて悟くんと怪人アンサーの特徴がかかれた別のノートを取りだし、二人に見せるように卓上で広げる。
「正確にいえば、怪人アンサーは悟くんが現代化したようなものだから、二つともが黒髪樣に直接の類似性があるとは言い切れないけど、このタイプ……いわゆる「お願い」を聞いてくれるタイプの都市伝説は総じて学生が広め始める傾向にあるんだ。思春期的な好奇心。たとえば好きな子の好きなこについて知りたいとか、彼女できますか?とか、テストの問題教えてくださいとか。そういう意味ではこっくりさんも同じだとは思うけど、総じて学生を中心に広まったものだよ。」
「つまり、「お願い」をかなえる降霊術である黒髪樣は学生の誰かが広めたってことか。」
「そう。そして、僕の耳にはいってきてないということは極めて局所的な都市伝説だとおもうんだ。つまり、黒髪樣はこの学校で生まれた都市伝説だと推測できる。そして、まだ生まれて間もないということもね。」
「……なるほどな、流石はオカルト研究部部長だ。」
顎に手を当てて、影山はそう唸る。
「ところで、儀式に必要なものってなんだ?肝心のそれがわからなきゃ話にならないだろう。」
難しい顔をして腕を組んでいた荻原が疑問を投げ掛けてくる。
たしかにもっともだ。噂のなかで一番伝播しやすいはずなのに、二人の耳にはいっていない。だけど、お陰で説明がつく仮説が一つある。
「まだ情報がでてないからわからないけど、仮説としては『儀式を口外すると呪われる』という系統の都市伝説なのかもしれない。」
僕はメモに、「儀式口外禁止?」と書いた。
「儀式の方法なんてみんな一番気になるはず。たとえばこっくりさんで呼び出すのが狐の霊だっていう情報よりも、こっくりさんのやり方やその効果について知りたいでしょ?」
「まあたしかにそうだな。なんでも答えてくれる儀式があるならまずはその方法が知りたいのはたしかだ。」
「そう、だからここで疑問が生まれる。「お願い」を聞いてくれる降霊術のはずなのに方法がわからないなんてあり得るのかってね。そうなると生まれる結論は、「口外できない」か「噂が不完全」ということになる。でも「噂が不完全」ならそれこそ納得がいかない。なぜわざわざ儀式についてだけ省いて広めたのか、必要性が見当たらないってね。そんなものは怖くもなんともないできの悪い話だ。だから多分、「口外できない」という条件をつけることで、勝手に儀式の方法が生まれるのを待っている可能性がある。」
そう、「わざと欠けた情報を作り出し」他人の口を介することで発展し変化していくのが都市伝説だからだ。
「とりあえずいまわかるのはこんなところかな?まあ、これで納得されないなら、黒髪樣について僕たちが噂を広めてみるよ。刺激的な補講期間になりそうだ。」
僕はニヤリと笑い、ノートをしまう。描いた黒髪樣のシナリオは、噂好きの人物が勝手に広めてくれるという確信があった。
影山も荻原も、僕の顔を面白そうに眺めて、同じように不適な笑みを浮かべた。
料金を支払い、明日また学校で会う約束をしてファミレスを後にする。
アスファルトが太陽の光を照り返し、自然と体から汗がにじみ出てくる。
道行く猫も暑そうに日陰を歩き、日向に手を出してはビックリして引っ込めている。
「さすがに猫も暑いのか。残暑も厳しいからね。」
近寄って猫の喉を撫でる。ゴロゴロと気持ち良さそうに喉をならしてその頭を預けてくる。
僕はそれをみて満足そうに微笑み、立ち上がって自宅に向けて歩いていく。
猫は日陰を走り抜け、何匹かの猫と合流し、公園に向かったようだ。みんなで日向ぼっこでもするのだろう。
「さーて、噂を広めるための工作でも始めようか。」
これから起きるであろう新たな都市伝説の登場に胸を踊らせながら、僕は太陽の下を歩いていった。