世界樹の林檎 1
『世界樹の林檎』の1話目です。
『電話線』の黒木くんが出てきます。
そちらに眼を通してから、こちらを読んで下さい。
「黒木くんってさ、いつも何読んでるの?」
ふと顔を上げるとすぐそばに顔があった。思わず、距離を取る。クラスメイトの中川さんだ。清潔な女の子の匂いがした。興味深そうに僕の読んでいた本を覗き込んでいる。
「『世界樹の林檎』って本だけど。読んだことあるの?」
僕は初めて中川さんに喋りかけられたことに少し驚いて、会話の意図を探る。
ふーんと言いながら、彼女の目が輝いた。面白いの? と聞き返してくる。
「面白いよ。貸そうか?」
どんなお話なの? 何で林檎なの? と次々に僕を質問攻めにする。何度も同じ本を読んでくれとせがむ子供のような顔をしていた。睫毛、長いなぁと思って見ていた。
僕は言葉選びに気を使って答えた。幸い一度本を読んでいたから、内容を大体把握していた。本の魅力が伝わるように、けれども真相は隠したままで話すことを心がけた。僕の説明のせいでこの本への興味を失ってしまったらなんだか悪い気がしたからだ。誰に? 作者にか。僕の頭に想像していたものと同じものを彼女も浮かぶように、分かりやすく丁寧に説明していくのは難しかった。言い忘れたキーポイントをあとから付け足したり人物の紹介が疎かになってしまったが、彼女はいつのまにか隣の席に腰を下ろし、熱心に耳を傾け何度も相槌を打っていた。気になるところがあると、律儀に右手を挙げすぐに僕に質問した。彼女はあまり本を読まないようだった。
「すごいね! 黒木くんは」
えっ。思いがけず、虚を突かれた顔になる。
「説明するの、とても上手なんだね」
引き込まれちゃったと言いながら彼女が立ち上がると、ふわふわした髪が揺れた。光を通すとべっこう飴のような色になるその髪は、なんだか甘い味がする気がした。
彼女の目線が右上を見る。壁に掛けられた時計を確認したのだろう。僕も腕時計を見る。昼休みが終わるまであと3分のところだった。ということは、僕らは15分近くも話し込んでいたのか。
次の授業の準備をしないと。彼女も同じことを思ったのだろう、五時間目って何の授業だったかなと呟いた。数学だよ、と教える。
「結局、私この本借りるんだっけ?」
彼女が思いだしたように僕に訊ねる。
「どっちでもいいよ。読みたいならいつでも貸すし」
じゃあ、せっかくだから借りてみようかな。
彼女がそう言ってちょっと口の端を上げると、目尻に笑い皺が出来た。開いてた本を閉じ、すぐに手渡す。彼女はありがとうと言い悪戯っぽく笑った。
それが中川さんと初めて喋ったときのことだ。一学期の初めに自己紹介はしているはずなのだが、僕のとっては彼女の名字しか知らないただのクラスメートだった。だから、これが『初めての出会い』と言ってもいいだろう。
中学二年の初秋。僕が不登校になる少し前のことだった。
恋愛を書きたいと思って書いた作品です。
初めての恋愛小説。になる予定。
中川さんは黒木くんのその後に強く影響を与える人です。
笑い方とか考え方とか。
もう少し続きますが、おつきあい下さい。
雪之進