お別れは言わない
いつの世も、この日ばかりは賑やかだ。
貴族の子女らが着飾り大人への背伸びをする。中でも王家から今年社交界にデビューするヴィルヘルミナ王女とシュヴァリエ公爵家のアナスタシアは特に際立っていた。王女のパートナーは滅多に表に出ないアルベリヒ王太子が務めることで更に話題になっている。
そして、アナスタシアのパートナーも。鳶色の髪の長身の若者。貴族社会では見たことがない、誰もが囁きあい噂をしていたが二人は全く気にせず最初の3曲を踊り終えるとテラスに出た。オブリーには彼女に言うべき事があった。アナスタシアも覚悟をしていた。
少女の時代は終わりを告げたのだ。
「ねえ、エイナル。貴方が私に言いたいことはわかっているの。だけど、私は諦めないわ。貴方はきっと私を迎えに来る。きっとね・・・じゃあ、私この後はもう王宮に入ることになっているの。だから、ごめんなさい勝手ばかり言って。でも、駄目なの諦めきれない。だからお別れは言わないわ。」
そう言って華やかな後ろ姿が人垣に紛れて見えなくなるまでオブリーは見送るしかなかった。
「諦めない・・・かぁ。だろうなあ。」
アナスタシアはまだ15になるところだ。時間は十分ある。
「いずれ、チャンスが訪れるかな・・・あぁ、占い学も専攻しとけばよかったか。」
そう呟いたのを彼女は知らない。会場を早々に後にして王宮内にあてがわれた新しい自分の部屋に誰も入れず声を押し殺して泣いていた。
それを彼も知らない。本当はもっと相応しい相手があるのに、自分だけを見つめてくるあの瞳を思い出していた。
彼の努力と彼女の根気が実を結ぶのは更に数年が必要だった。