バスティアン・オブリー
シュヴァリエ公爵家の離れ専属執事のバスティアン・オブリーは独り者であった。普段は片眼鏡をかけ、気難しく見える長身の美丈夫な容姿を持つ。エイナルと同じ鳶色の癖のある髪をピッチリと後ろに撫でつけ歳の割りに背中はいつも真っ直ぐ伸ばしている。魔力持ちに生まれると何故か子どもに恵まれないことが多く、彼もまたその事を考えてなのか縁がなかったのか独身を貫いた。オブリー家は地方の商家であるがその家に魔力持ちが生まれると歓迎はされない。代々商才に恵まれた家系で魔法などはいらないという考えがあり、運悪く魔力持ちに生まれると他の兄弟は早くから読み書き計算を仕込まれるが魔力持ちの子どもは専ら乳母に預けられ放って置かれる。バスティアンも、そしてエイナルもそうだった。しかし、幸いなことに預けられる乳母も大概決まった家の者で家族に無視をされ預けられた主の子どもに慈悲深く接してくれた。魔法魔術技師学校を卒業したバスティアンは故郷に帰らずたまたま空きのあったシュヴァリエ公爵家に仕える事となる。
そうして長い時が経ち故郷の兄の孫に魔力持ちが生まれたと知らせが入った。兄からは長期の休みなど首都からは遠いのでそちらで預かってもらえないかという話だ。自分と同じく厄介者扱いされる生まれたばかりの赤ん坊の行く末を思い彼は公爵夫妻に相談をしてみた。夫妻は人柄が良く二つ返事で了承してくれた。
そして7年が経ち、彼は始めて姪孫エイナル・オブリーと対面する。
バスティアンは直ぐにエイナルの才能に気付く。普通の子ども以外は我が子と認めないようなあの家にこの子はもう帰らなくていいのだ。自分の時は首都の親類にも断られ仕方なく休みの度に歓迎されることのない冷たい実家の離れで過ごしたが、エイナルにはそうはさせまいと公爵夫妻に感謝をした。
初対面の次の朝エイナルは前日持ってきた荷物をそのまま持って食堂に降りてきた。
バスティアンは器用であったので離れに客人がいない時の自分の食事は支度できていた。
「おはようございます、バスティアン大叔父さん。」
「おはよう、エイナル。よく眠れたかい?」
「はい、ふかふかのベッドですごく寝心地が良かったです。」
「そうか・・・。それは良かったな。」
そう言いながらエイナルの頭を撫で顔を洗って食卓に着くように言った。
「エイナル。」
「はい、大叔父さん。」
「その大叔父さんは呼びにくいだろう、叔父さんでいい。」
「!はい、叔父さん」
「それからな、家族やごく親しい人と食事を摂る時はこうして話しながら食べてもいいが食卓にもマナーがある。いずれ学校で習うだろうからしっかり覚えてくるように。」
「魔法を習うだけじゃないんですか?」
「魔法魔術技師学校は素晴らしいところだ、習うのは魔法だけではない。上流貴族の御子息方は大概家庭教師を招いて屋敷で魔法を学ばれる。しかし、お前のような庶民や更にもっと貧しい家庭、親のいない子どもが主に寄宿舎で過ごす。しかし、お前も含め彼等は入学したばかりでは教養のない子どもだが卒業する頃には探さなくても就職先があるような恵まれた環境になっている。中には魔法省や王宮勤めになるものもいるだろう。優秀なものには望めば一代限りだが爵位も得られる機会がある。だから、それ相応に相応しい礼儀作法も身につけさせてくれるのだ。お前も見知らぬ中に入って不安もあるかもしれんが頑張って勉強してきなさい。」
バスティアンはそう言って姪孫に微笑んだ。