こんなことはありませんか?嫌な湿気、ジメジメ。困ったなぁと思ってしまう
六月の湿気は、どうにかならないものか。
生花から離れ、ひと息ついた老人の背中に、シャツがじっとりと張り付いた。その不快な感触に、彼は思わず顔をしかめる。前々から思っていたことだが、六月のじめじめという奴は、特定の人間に対してだけ妙に手厳しい。いわば、刺さりすぎるのだ。
そのとき、玄関のベルが鳴った。
「こんにちは」
立っていたのは、訪問販売を名乗る若い女性だった。片手に湿度計を、もう片方の腕には、子犬によく似た、手のひらに乗るほど小さな動物を抱いている。もふもふとした毛並みの、なんとも愛らしいその動物は、よく見ると、何も食べていないのに口を空中でぱくぱくと動かしていた。
これが売り物だと聞いて、老人は思わず目を丸くした。
女性は湿度計を彼に示しながら、じめじめした季節は気が滅入りませんか、湿気で本が傷んでしまいませんか、と立て続けに尋ねてくる。
「言われてみれば生花をしているときに、シャツが張り付いて…」
と言いかけたが、老人はその動物については話さないのかと水を向けた。女性はもう一度、黙って湿度計を見せた。
たった一、二分の立ち話のうちに、数値は来たときよりも明らかに下がっていた。部屋に満ちていたあの湿気が薄れたのはこの子犬に似た小さな動物が、湿気を食べたからだという。
「このプロジェクトは、前からあったんです」と女性は言った。人間の役に立てようと、ごく小さな規模で始まった試みだったが、有志のブリーダーとの交渉がまとまり、この動物は驚くほど多くの子孫を残すことに成功したのだという。
老人は喜んで、その場で買い取った。
モフ、と名付け、彼はその動物を惜しみなく可愛がった。
それからというもの、モフが近くにいるだけで、洗濯物はあっという間に乾いた。ドライヤーなど要らず、髪も自然と整った。湿気に悩まされることは、もうなくなった。
——のだが。
異変は、生けた花が次第に元気を失っていくところから始まった。老人はモフを花の部屋に入れないようにし、扉も念入りに閉め、空気の繋がりを断った。花が必要とする湿り気まで、容赦なく吸い取ってしまうからだ。
モフが成長し、体が大きくなるにつれて、その吸収力も速くなっていった。
カップ麺に注いだ湯は、みるみる消えていく。唇はいつもかさかさに乾き、目薬は手放せなくなった。コップに満たした水さえ、すぐに干上がってしまう。
世間でもこの「湿気を吸う動物」が流行するにつれ、湿気そのものの価値が逆転しはじめていた。かつて誰もが嫌っていたはずの湿気に、いつの間にか希少価値が生まれていたのである。「湿気」というものが、いつしかブランド化されていた。
必要なとき以外、老人はモフを外で飼うようになった。
そんな彼のもとへ、またあの訪問販売の女性が現れた。
「こんにちは。湿気がなくてお困りということはないですか? あ、それでしたら——こちらの、湿気を産むワンちゃんなどー」




