《春の午後、発音地獄》
「ね? 流れに乗ればいいんだよ。」
水の精霊はそう言って、コップの中に戻っていった。
春の午後、ぼくの中国語の苦悩は、
少しだけ軽くなった。
春の京都は、花粉と黄砂と、そしてぼくの中国語の発音練習で満ちていた。
「shi… si… xi…?」
部屋の窓を開けていたせいで、向かいのアパートの人がちらっとこちらを見た。
恥ずかしくて窓を閉めると、部屋の中は一気に蒸し暑くなる。
スマホのアプリは容赦なく言う。
**「発音が違います」**
**「もう一度」**
**「もっと舌を前に」**
ぼくは机に突っ伏した。
春なのに、心は真冬みたいに冷え切っていた。
そのとき、机の上の水コップがゆらりと揺れた。
「がんばりすぎじゃない?」
水面から、小さな水の精霊が顔を出した。
ぼくは驚きすぎて声も出なかった。
「発音ってね、力むと余計に出ないんだよ。
水みたいに、するっと流すのがコツ。」
そう言って、精霊はぼくの舌の上にちょこんと乗った。
ひんやりして気持ちいい。
「じゃあ、いくよ。
xi—— 風みたいに。
shi—— ちょっと強めに。
si—— 歯のすき間から、そっと。」
ぼくが真似すると、アプリが初めて言った。
**「正解です」**
その瞬間、窓の外から春の風が吹き込んだ。
桜の花びらがひらりと舞い込んで、
ぼくは思わず笑った。
「ね? 流れに乗ればいいんだよ。」
水の精霊はそう言って、コップの中に戻っていった。
春の午後、ぼくの中国語の苦悩は、
少しだけ軽くなった。
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ぼくが真似すると、アプリが初めて言った。
**「正解です」**




