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《春の午後、発音地獄》

作者: 蒼山ホタル
掲載日:2026/04/18

「ね? 流れに乗ればいいんだよ。」

 水の精霊はそう言って、コップの中に戻っていった。


 春の午後、ぼくの中国語の苦悩は、

 少しだけ軽くなった。


 



 春の京都は、花粉と黄砂と、そしてぼくの中国語の発音練習で満ちていた。


「shi… si… xi…?」

 部屋の窓を開けていたせいで、向かいのアパートの人がちらっとこちらを見た。

 恥ずかしくて窓を閉めると、部屋の中は一気に蒸し暑くなる。


 スマホのアプリは容赦なく言う。

 **「発音が違います」**

 **「もう一度」**

 **「もっと舌を前に」**


 ぼくは机に突っ伏した。

 春なのに、心は真冬みたいに冷え切っていた。


 そのとき、机の上の水コップがゆらりと揺れた。

「がんばりすぎじゃない?」

 水面から、小さな水の精霊が顔を出した。

 ぼくは驚きすぎて声も出なかった。


「発音ってね、力むと余計に出ないんだよ。

 水みたいに、するっと流すのがコツ。」


 そう言って、精霊はぼくの舌の上にちょこんと乗った。

 ひんやりして気持ちいい。


「じゃあ、いくよ。

 xi—— 風みたいに。

 shi—— ちょっと強めに。

 si—— 歯のすき間から、そっと。」


 ぼくが真似すると、アプリが初めて言った。


 **「正解です」**


 その瞬間、窓の外から春の風が吹き込んだ。

 桜の花びらがひらりと舞い込んで、

 ぼくは思わず笑った。


「ね? 流れに乗ればいいんだよ。」

 水の精霊はそう言って、コップの中に戻っていった。


 春の午後、ぼくの中国語の苦悩は、

 少しだけ軽くなった。


 ---



 ぼくが真似すると、アプリが初めて言った。


 **「正解です」**

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