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砂漠の洗礼と、紫色の沈黙

 レベルが十を超えた頃。私は意を決して、それまで過ごしたバストゥーク周辺の岩山を離れ、冒険者の登竜門と呼ばれる「バルクルム砂漠」へと足を踏み入れた。


 そこは、ソロで戦うにはあまりにも過酷な場所だった。


 視界を遮る砂嵐。襲いかかる巨大なトンボや、不気味なトカゲ。


 そして何より、周囲には「パーティ」を組んで一糸乱れぬ連携を見せる、先輩冒険者たちの姿があった。


(……私に、あんなことができるのだろうか)


 ドキュメントの一行目すら書けずに固まっている職場での自分を思い出し、私は立ち尽くした。


 その時だった。


『白魔道士さん、こんにちは。もしよろしければ、一緒にパーティを組みませんか?』


 画面を流れた紫色の文字。見知らぬ誰かからの個別のメッセージ、通称『Tell』だ。


 私は、ようやく覚え始めた返信の操作を震える指で行い、いつものようにキーボードを叩いた。


「お声がけいただき、誠にありがとうございます。ですが、私はパーティというものを一度も経験したことがない初心者です。それでもご迷惑でなければ、ぜひお願いしたく存じます」


 現実の仕事もそうだ。分からないことは、最初に正直に伝える。それが私の誠実さだった。


 相手の方は『大丈夫ですよ、ゆっくり行きましょう』と、温かい言葉を返してくれた。


 しかし、悲劇はその直後に起きた。


 砂漠の入り口で、返信を打ち終えた安堵に浸っていた私の画面中央に、突然、無機質なウィンドウが飛び出した。


『パーティへの誘いを受けますか? はい/いいえ』


(えっ、これ……さっきの人?)


 パニックになった。さっきの人かもしれないし、別の重要な通知かもしれない。


 分からないまま、私は「はい」を選んでしまった。

 それが、先ほど丁寧に誘ってくれた人とは全く別の、知らない誰かからの「無言勧誘」だとも知らずに。


 直後、ログに流れた一文が、私の心に深く刺さった。


『あ……別のパーティに入ってしまったんですね。残念です。また機会があれば』


 血の気が引いた。


 画面の中、私は既に別のパーティに組み込まれている。誘ってくれた人の名前は、もうリストにない。

 

「あ、あの! 申し訳ありません、操作を間違えてしまいました! すみません!」


 Say(周囲への発言)で叫んでも、もう届かない。


 仕事が終わって、終電で帰ってきて、ようやく触れた優しさを、自分の無知のせいで踏みにじってしまった。

 

 現実の職場でも、私はこうだ。


 誰かの期待に応えようとして、空回りして、結果的に迷惑をかけてしまう。


 砂漠に立ち尽くすツインテールのタルタルは、何も言わずに揺れている。

 

「……ごめんなさい……っ」


 深夜二時、誰にも聞こえない謝罪が自室に漏れる。

 

 しかし、そんな私を強引に誘ったパーティのリーダーは、無邪気に歓迎の言葉を投げかけてきた。


『白さん来てくれた! よかった、今ちょうど回復がいなくて困ってたんです。よろしく!』


 その言葉で、私はハッとした。


 申し訳なさと後悔で胸が一杯だが、目の前には私を必要としている人たちがいる。

 

「不慣れなもので、操作を誤ってしまいました。こちらこそ、お誘いいただき光栄です。精一杯務めさせていただきます」


 私は溢れそうになる涙を堪え、再び最大限の敬語を打ち込んだ。


 これが、私が初めて知ったヴァナ・ディールの厳しさと、白魔道士というジョブが背負う「期待」の重さだった。

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