地下三階の扉の向こう:あれを食ってから
翌朝、折原達は県庁地下三階で、残りのゾンビを倒しつつ、探索中に異様に大きな部屋の奥で、ヴァリシオンの通信が入った。
「折原様……この壁の裏に、空洞があるようです」
ケイジが壁を叩く。「……この中、空洞だな。隠し扉か?」
エリシオンが壁の音による解析を終える。
「旧・特殊対策課の避難区画です。本来は県庁の一部の者しか入れません。
災害対策として作られたようですが……ゾンビパンデミック後は全て崩壊した模様です。」
折原は息を整えた。「よし、開けてくれ。」
ケイジが力任せに壁を押し込むと、古い金属扉が軋みながら開いた。
扉の向こうから、湿った冷気が流れ込んできた。 同時に、腐敗ガス濃度がHUDで急上昇する。
折原の背筋に、冷たいものが走った。
反射的に、最新武器である特殊超音波ブレードが半ば抜かれていた。
刃の内部で超音波振動子が起動し、青白い光が脈打つ。
「……ッ」
鞘鳴りと同時に、刃の内部で微弱な振動が走り、青白い光がかすかに揺れる。
暗闇の奥で、光った目が折原の動きに反応した。
ケイジが低く言う。
「おい折原……そのブレードを抜くってことは、本気だな。下手に動くと刺激するぞ。」
折原は刃を動かさないまま、視線だけは一切逸らさなかった。
目を細め、一瞬たりとも挙動を見逃さないように警戒を強める。
部屋の中はほとんど光が届かず、湿った冷気が淀んでいた。
非常電源は生きているはずだが、換気系統だけが完全に止まっているのか、
腐敗した肉のにおいが重く漂っている。
密閉された空間にガスが溜まり、逃げ場を失っているのがわかった。
暗闇の中、わずかな光に照らされて浮かび上がったのは、座り込んだ県庁職員たちの影だった。
制服はボロボロで、県庁の識別章だけが妙に目立って見えた。
だが、様子がおかしい。
目がわずかに光り、呼吸は異様に静か。気配が薄いのに、存在感だけが強い。
ケイジが低く呟く。「……こいつら、生きてるのか?」
一人の職員がゆっくり顔を上げた。その動きは人間離れしていた。
「…助かったのか…?」
折原は慎重に距離を詰める。「俺たちは折原軍だ。君たちは県庁の職員か…?」
職員は震える声で答えた。
「はい、特殊対策課…です…。ゾンビパンデミックの後、数日間もここに閉じ込もっていました。」
折原は職員たちを見渡す。折原は彼らの異様な気配を感じつつも、敵意がないことを確認した。
「よし、…君たちを保護する。立ち上がれるか?AIロボ部隊がエスコートする。」
職員の一人がゆっくり立ち上がる。動きは静かで、しかし異様に滑らかだった。
「はい、大丈夫です……」
折原は頷く。
「なら、このロボ部隊と一緒に城塞都市まで行ってくれ。ここから階下へは、俺たちが探索する。この先は何がある?」
職員たちは互いに顔を見合わせ、やがて深く頷いた。
その中の一人が言う。
「この県庁の地下の奥に奴が巣くっているようだ。気を付けた方がいい。」
「どういったものなんだ?」
「あれは……化け物だ。我々は全く太刀打ちできず、仲間の半数が殺され、食われ、やっとの思いでここに逃げてきた。扉の外部はゾンビどもで埋め尽くされ、出るに出られない状況になったのだ。」
「ヤツの特徴を知っていたら教えてくれないか?」
「暗くてわからなかった。今思えば……ヤツがあれを食ってから……奴は変わった。
ゾンビじゃない。もっと……別の何かだ。」
折原は息を飲む。
「あれを食ってから・・・とは?」
職員は口を固く閉ざし、沈黙を貫いた。
「やむを得ないな。俺たちが対応しよう!行くぞ、ケイ・・・」
そう言った瞬間、ケイジがきっぱりと言った。
「だが、断る。」
折原はジト目でケイジを見る。「どうせこうなるわ・・・」
その瞬間、ヴァリシオンの通信が割り込んだ。
『折原様、緊急警告。地下五階の生命反応が異常値を示しています』
折原は眉をひそめる。「異常値?」
『通常のゾンビ個体とは明らかに異なる反応です。……何かが、動いています』
ケイジが肩を鳴らす。「ほらな。断っといて正解だったろ」
折原はジト目でケイジを見ながらも深く息を吸い、超音波ブレードを解除し、鞘に戻した。
「行くぞ。ここから先は未知の領域だ」
折原たちは地下四階へ降りた。
その途中、異様に爪の長いゾンビが、闇の中から突然飛び出した。
その姿は、通常のゾンビとは明らかに違っていた。
痩せ細った四肢は異様にしなやかで、骨ばった指先には刃物のように伸びた黒い爪。
まるで人間の筋肉構造を無視したかのような、獣じみた姿勢で床を這う。
「……なんだ、あの動き」折原が低く呟く。
ゾンビは壁を蹴り、天井を蹴り、まるで重力を無視するように跳ね回った。
その軌跡は残像を引くほど速い。
先頭を走っていた戦闘AIロボの装甲が、一撃で裂けた。
金属片が飛び散り、ロボの警告音が響く。
「折原、速いぞ!気をつけろ!」ケイジが叫ぶ。
ゾンビが折原に向かって跳びかかった瞬間、ケイジが横から滑り込んだ。
ギャリィンッ!!
ケイジは片腕でゾンビの爪を受け止めた。
火花が散るが、ケイジの表情は微動だにしない
「おいおい……その程度か?」
軽く力を込めただけで、ゾンビの体勢が崩れた。
ケイジはその胸元を掴み、片手で床に叩きつける。
「暴れるなっての」
ゾンビは壁を蹴って反転し、再び折原へ向かう。
ケイジは鼻で笑った。
「はいはい、次は折原の番だ」
折原はすでに超音波ブレードを抜いて、臨戦態勢に入っていた。
刃が起動し、青白い光が走る。
ゾンビは四足獣のように低く構え、床を削りながら折原へ突進してくる。
その爪は金属をも切り裂く鋭さだった。
「来るぞ!」
折原は一歩踏み込み、刃を横に払った。
超音波振動が空気を震わせ、ゾンビの腕が根元から飛んだ。
だがゾンビは怯まない。
片腕のまま、獣のような咆哮を上げて飛びかかってきた。
「しつこいな……!」
折原は刃を反転させ、振り下ろす。
青白い軌跡が闇を裂き、ゾンビの頭部を正確に断ち割った。
遅れて、肉が崩れ落ちる音が響く。
ケイジが肩を鳴らす。
「……今の、俺がやってもよかったけどな。折原の見せ場だし、譲っといたぜ」
折原は超音波ブレードの振動を一度だけ強め、刃に付着した血液を瞬時に蒸散させた。
青白い光が収束し、ブレードは自動的に待機モードへ戻る。
「五階には、もっとヤバいのがいるってことだな」
損傷した戦闘AIロボは回収ロボ部隊に引き渡し、折原たちは再び階段へ向かった。
五階にたどり着いた。
扉の前には戦闘AIロボが多数待機していたが、誰も中に入ろうとしない。
まるで“中に入ること自体が間違い”だと言わんばかりに。
……扉の向こうで、何かが動いた。
……オリハラ……
……マタ……キタ……




