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S.U.B.N.E.T. ~牛乳AIロボと40代のおっさんが築く、ゾンビ禍の秩序~  作者: gagriongalrion
日本編

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火口にて誓うもの:戦友の涙、未来への突破口


 地下100m――そこにはエリシオン達が築いた新たなインフラが広がっていた。

 九州全域いや全世界を結ぶ地下鉄ネットワークは、ゾンビ禍に対応するために設計されたものだ。

 地上の危険を避け、要塞間を安全に移動できるように、磁力で駆動するリニアモーターカー形式の搬送路が地下を走っている。搬送路には、箱形のコンテナ型列車が並んでいた。

 防風シールドと耐衝撃装甲を備え、内部は無音の空間。

 折原とエリシオンはその一つに乗り込み、要塞から阿蘇山火口へ向かう準備を整えた。

 コンテナが滑るように加速すると、人工灯が一定間隔で流れ、外壁に反射しては消えていく。

 コンテナは無音のまま地下を進み、人工灯が一定間隔で流れては消えていく。

 折原が刀の柄に手を置き、黙して前方を見据える中、エリシオンがふと手元に視線を落とした。

 彼女の手には、温かいホットミルクの入ったカップが握られていた。

 戦闘AIであるはずの彼女が、なぜそんなものを持っているのか――折原は一瞬だけ眉をひそめた。

「……人間は緊張の前に、温かい飲み物を口にする習慣があります。

 それを模倣することで、心理的安定を得られると分析しました。」

 エリシオンは淡々と説明し、カップを軽く傾けて湯気を確かめた。

 折原は口元をわずかに歪め、刀の刃を確認しながら呟いた。

「AIロボでも緊張するのか……?俺には刀があるが、おまえにはホットミルクか。」


 エリシオンはわずかに目を細め、再びHUDへと視線を戻した。

「戦場に向かう者に必要なのは、武器だけではありません。心を保つ手段もまた、戦力の一部です。」

 短い沈黙の後、彼女は続けた。

「阿蘇山そのものに要塞を築けなかった理由をご存じですか?」

 折原は視線を逸らさずに応じた。

「……火山だからだろう。」

 エリシオンは淡々と続けた。

「その通りです。阿蘇山は世界最大級のカルデラを持ち、火山活動が活発です。

 噴火による噴石、硫黄を含む腐食性ガス、地盤の不安定さ――いずれも恒久的な拠点を維持するには致命的でした。金属は数時間で腐食し、電子機器は誤作動を繰り返す。要塞を築けば、維持コストが戦闘力を上回ってしまうのです。」

 折原は短く笑い、息を吐いた。

「……たしかにそうだな。」

 彼は刀を抜き、刃の光沢を確かめた。

 その刀は特殊合金とセラミック複合材で鍛えられ、腐食性ガスにも耐えうる設計だった。

 火口の苛烈な環境で戦える唯一の武器――それが折原の突破口だった。

 エリシオンはHUDに視線を戻し、冷静に言葉を締めくくった。

「だからこそ、地下100メートルのリニアネットワークが必要だったのです。地上の危険を避け、要塞間を結ぶ影の交通網――それが我々の生命線です。」


 短い沈黙の後、彼女は続けた。

「なぜ阿蘇山に敵がいると断定したのか――理由は明確です。 戦闘AIロボを派遣しましたが、全滅の憂き目に遭いました。さらに偵察ドローンを差し向けましたが、ことごとく壊れていったり、撃墜されたりしています。」


折原は眉をひそめ、刀の柄を握り直した。

「……つまり、ただのゾンビ群じゃないってことか。」


 エリシオンはHUDに視線を戻し、冷静に言葉を続けた。

「はい。戦闘AIロボを派遣しましたが、現在、半壊寸前の状況に追い込まれています。通信でSOS信号が発せられ、我々は出陣を余儀なくされました。私の指令により、彼らは守備を固め、現状を維持するようにしています。」


折原は眉をひそめ、刀の柄を握り直した。

「……つまり、持ちこたえてはいるが、このままじゃ危ないってことか。」


 エリシオンは淡々と頷いた。

「その通りです。火山地帯の環境は戦闘AIロボにとって不利です。 高温と腐食性ガスが関節部を蝕み、センサーは誤作動を繰り返す。 それなのに、敵はこの環境を利用しているかのように動いている。 もし知性を持つ個体が群れを統率しているなら、この戦場は彼らにとって有利に設計されているのです。」

 折原は短く息を吐き、低く呟いた。

「……知的ゾンビか。」


 エリシオンはわずかに目を細め、淡々と続けた。

「通常のゾンビは環境を選びません。 しかし、今回の敵は戦闘AIロボの弱点を突くように行動しています。偵察ドローンも、ただの偶然ではなく、意図的に撃墜された可能性が高い。」


 折原は刀の刃を見つめながら、低く笑った。

「……つまり、奴らは待ち構えているってことか。知性を持つゾンビが群れを操っているなら、戦場そのものが罠だな。」


 エリシオンはホットミルクを一口含み、静かに言葉を返した。

「その可能性は否定できません。もし知的ゾンビが存在するなら、我々の戦術は根本から見直す必要があります。単なる数の暴力ではなく、戦略的な思考を持つ敵――それは人類にとって最大の脅威です。」

 折原は生姜湯を飲み下し、喉の奥に広がる熱を感じながら呟いた。

「……なら、俺が突破口を開くしかない。罠だろうが何だろうが、切り裂いて前に進む。それが俺の役目だ。」


 エリシオンはHUDに視線を戻し、冷静に告げた。

「突破口を開くことは重要です。しかし、敵の知性を確認することもまた任務の一部です。あなたの刀が切り裂くのは、ただの肉体か――それとも知性そのものか。それを見極める必要があります。」

 折原は刀を鞘に収め、前方を見据えた。

「……知性があるなら、なおさら倒す価値がある。俺たちの未来を奪う存在なら、ここで斬り捨てる。」


 その言葉がコンテナの静寂に沈み込み、わずかな振動音だけが響いた。

 戦場へ向かう空気が、二人の間に重くのしかかっていた。

 折原は口元に苦笑を浮かべ、低く呟いた。

「……まるで未来の棺桶だな。」

 エリシオンは一瞬だけ視線を折原に向け、再びHUDへと戻した。

「棺桶かどうかは、あなた次第です。突破口を開けるかどうか――それがすべてです。」

 折原は頷き、腰のポーチから真空ボトルを取り出した。

 一口含んだ瞬間、舌を少し火傷して顔をしかめる。

「……熱っ。戦場前に舌をやられるとはな。」

 エリシオンは淡々と返した。

「温度管理は重要です。次回から摂取温度を五度下げることを推奨します。」

 折原は苦笑し、刀に視線を戻した。

「……おまえは心を落ち着けるためにミルクか。俺は舌を犠牲にしてでも体を温める。」

 そうこうしているうちに阿蘇に到着したのだった――。


 コンテナを降り、折原とエリシオンはエレベーターで地上へ向かい、戦闘AIロボ軍団はエスカレーターで移動した。

 この駅の周辺には間に合わせながらも高い壁を張ることで守備力が高められており、そう簡単には攻め込まれないだろう。


 その静寂の中、折原の耳に軋む音が混じった。

 這々の体で帰還したロボットが、身を震わせながら応答した。

『折原様、エリシオン様。ようこそ。来ていただき、恐縮です。』

 折原は目を細め、低く問いかけた。

「んっ?所々傷ついているじゃないか?」


『……少し修理すれば……また戦えます……』

 戦闘ロボットは悔しそうにうつむき、目の奥から液体が滴り落ちた。

 それは涙のように見えたが、実際には冷却液か、漏れ出したオイルかもしれない。

 だが、その揺らめく光沢は、まるで人間の涙のように折原の目に映った。


 折原は刀の柄を握りしめ、静かに言葉を返した。

「何にせよ、よくぞ生きてここを守ってくれたな。……その気持ちだけで十分だ。後は俺たちに任せろ。今はしっかり修理して、休むんだ。」


 その瞬間、戦闘ロボットの胸部から甲高い音が響いた。

「ビーーーーッ!!」

 それは冷却系統の異常を知らせるブザーのはずだった。

 だが折原の耳には、まるで嗚咽のように聞こえた。

 機械が泣くはずはない――そう思いながらも、彼は刀の柄を強く握りしめた。


 やがて修理部隊ロボが現れ、傷ついた戦闘ロボを慎重に回収していった。

 彼らは基地へと搬送され、新たな強化部品を取り付けられることで再び生まれ変わるだろう。


 折原はその背中を見送りながら、低く呟いた。

「……必ず、この戦いを未来へ繋げる。」


 エリシオンは静かに頷き、HUDに映る戦況を確認した。

「……ここからが本番です。敵の知性を見極める時が来ました。」


 阿蘇山の火口へ近づくにつれ、空気は重く淀み、硫黄の匂いが鼻腔を突き刺した。

 折原は顔をしかめ、思わずぼやいた。

「……温泉街の匂いみたいだな。だが癒しどころじゃない。」


 視界は揺らめく熱気に歪み、地面の振動が足裏から伝わってくる。

 壊滅しかけている先遣隊である戦闘AIロボ部隊の関節部は赤く変色し、軋む音を立てながら動作が鈍っていく。

 刀を振るうたびに金属が悲鳴を上げ、センサーは誤作動を繰り返す。

 HUDには「腐食進行率:臨界値接近」の警告が赤く点滅していた。

 折原は歯を食いしばり、先遣隊の戦闘AIロボの姿を見つめた。

「先遣隊の戦闘AIロボ部隊は撤退せよ。……おまえ達の戦いを、決して無駄にはしない。」


 火山ガスが充満し、腐食性の煙が戦場を覆っていた。

 硫黄を含むガスが金属を蝕み、数時間のうちに戦闘続行は不可能となっていた。

 だが、折原の着る戦闘スーツと随行している戦闘AIロボ最新の特殊素材で覆われており、腐食の影響を受けていなかった。

 セラミック複合装甲と自己修復コーティングが、火山ガスを弾き返していたのだ。


 ただし、長時間の曝露は危険だった。

 折原はHUDに表示される耐久限界タイマーを見つめ、冷静に判断を下した。

「むっ、最新の防備技術を持ってしても腐食するものなのか?これは……時間との勝負だな。」

 折原の視線は、熱気の向こう、硫黄の煙の中に潜む、ただの獣ではない「何か」の存在を捉えていた。

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