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S.U.B.N.E.T. ~牛乳AIロボと40代のおっさんが築く、ゾンビ禍の秩序~  作者: gagriongalrion
日本編

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熊本遠征の前夜:地下に響く走り抜ける足音

 夜間の戦闘は危険であるため、折原は遠征前に調整もかねて訓練を行うことにした。

 彼が着込むのは、エリシオン達が設計した戦闘スーツ「アーク・ヴェロシア」。

 その名は“方舟(Ark)”と“速度(Velocity)”を象徴し、感染防止を最優先に設計された密閉型スーツである。防御力は申し訳程度に留まり、攻撃を受ければ機能に影響が出るが、その代わりに機動力と持久力を飛躍的に高める性能を備えていた。

 ヘルメットはフルフェイス仕様で、ゾンビの返り血や体液からの感染を遮断する。内部にはHUDヘッドアップディスプレイが搭載され、走力やバッテリー残量、敵の位置などが視界に重ねて表示される。

 軍師であり内政型のAIロボであるエリシオンは、戦闘そのものには参加しない。

 だが戦略設計と補給管理を担い、必要に応じて戦闘・補給ロボを生産することもできる。そのため折原の訓練は、彼女の監督下で行われていた。


 仮想空間に現れたゾンビ群へ、折原は強化刀を構えた。

 まずは「素体」の状態でのシミュレーション。40歳の肉体は疲労と“おっさん化”を抱え、走力は時速10〜12km。 反応速度は0.3秒――平均的な成人の限界であり、俊敏なゾンビ群に囲まれると突破は困難だった。

 それでも折原は、わずかな隙を拾い、切り開いた。

 刀がゾンビを斬り裂いた瞬間、仮想空間のゾンビは黒い靄となって消滅した。 頭部を斬れば光の粒子となって霧散し、足を斬れば膝から崩れ落ちて消える。

「……ふぅ、消えるだけならまだ気が楽だな。」と折原は息を整えながら呟いた。

 だが仮想空間のゾンビは単純な動きだけではなかった。中には異様に速い個体が混じっていた。人間の短距離走者のように一直線に突進してくる。「速い……!」折原は反射的に刀を振るい、間一髪で斬り払った。黒い残像を残して消滅する。

 さらに、ナイフを投げるゾンビまで現れた。「投擲まで想定してるのか……!」折原は驚きながら身を翻す。

 刃が空を切り、床に突き刺さると同時にゾンビも光の粒子となって消えた。 「居ないかもしれんが、想定しておかないといけない……」と息を荒げながら呟く。

 次に「パワースーツ着用時」。アーク・ヴェロシアが起動すると、折原の身体能力は約3倍に跳ね上がる。走力は時速50km、反応速度は約0.25秒。さらに新たに搭載されたスタミナ維持機能が作動し、筋肉の疲労を抑え、呼吸を補助する。

「おっ、体が軽い……まるで二十歳に戻ったみたいだ。」 呼吸は整い、筋肉の疲労も薄れていく。

「これならゾンビより先に倒れる心配はなさそうだ。」と苦笑しながら刀を構え直した。

 強化刀を力強く振り抜き、ゾンビ群を次々と斬り払っていく。

 まるで無双状態になったかのような気分であった。

 だが、この機能には制限がある。1時間ごとにカプセルとバッテリーを交換しないと、素体と変わらぬどころか、ひどい疲労困憊状態に陥る。 防御力が薄い分、強打や鋭い爪で外装が損傷すれば、HUDや補助機能が揺らぎ、能力はたちまち目減りする。

 訓練を終えた折原の前に、エリシオンが静かに歩み寄った。戦闘スーツを外すとき、プシューと音を立てる。 「プシュー……まるで俺の人生が空気抜けていくみたいだ。」と折原は苦笑する。

「ですが、再充填すれば再び戦えます。人生も同じではありませんか?」とエリシオン。 「やれやれ……AIロボに人生論まで説かれるとはな。」


 その後、浴場で湯に浸かり、疲労を癒す折原。 「風呂に入るたびに、普通の生活を思い出すんだよな……」と湯気の中でぼやく。

 すると、浴場の扉が静かに開いた。湯気の向こうから現れたのは、エリシオンだった。 彼女は軍師タイプのAIロボでありながら、人間のように自然な仕草で湯に入ってくる。

「お、おい……AIロボが風呂に入ってくるなんて聞いてないぞ。」折原は目を丸くする。 エリシオンの肌はつややかで、とてもきれいであった。

 折原は一瞬、目を奪われる。 だがすぐに顔を赤らめ、湯船の中へ沈み込んだ。

「……やれやれ、まさかAIロボにまで赤面させられるとはな。」

「人間の習慣を理解することも、戦略の一環です。」とエリシオンは淡々と答える。 折原は湯の中で肩をすくめて笑った。


食堂には香ばしい匂いが漂っていた。 折原の前には湯気の立つ白米と味噌汁、そして照り焼きチキン、旬の野菜の煮物、小鉢の漬物が並んでいる。 甘辛いタレが肉に絡み、艶やかな照りが食欲をそそる。

「……これだな。やっぱりチキンは照り焼きに限る。」 折原は白飯をかき込みながら満足げに呟いた。 エリシオンは相変わらずホットミルクを手にしている。

「タンパク質の摂取量は十分です。栄養バランスも良好。」

「お前は理屈ばかりだな。旨いかどうかが大事なんだ。」

  折原は笑い、再び箸を照り焼きチキンに伸ばした。

「……やっぱり米だな。俺の老後は、パンよりも米で迎えたいもんだ。」と折原。

 ふと横を見ると、エリシオンが静かに座っていた。

 彼女は湯気の立つホットミルクを手にしている。

「エリシオン、あとの仕事は大丈夫か?」

「ええ、あとは部下に任せています。」と微笑むエリシオン。

「やれやれ……俺の老後は、部下に任せられるほど楽じゃないんだがな。」

 ――同じ頃、城内その他検疫所の外に居る避難民にも、折原と同じような晩飯の献立が弁当箱に詰められ、AIロボにより配給されていた。

 白米と味噌汁、照り焼きチキン、旬の野菜の煮物、小鉢の漬物。

質素ながらも温かいその食事は、彼らにとって要塞の秩序と希望を象徴するものだった。

 ゾンビ禍の混乱の中、温かい食事は何よりの救いだった。

 弁当箱の蓋を開けると、湯気の立つ白米と味噌汁、照り焼きチキンが顔を覗かせる。

 避難民たちはそれを頬張り、思わず笑みを浮かべた。

 子供達は目をパッと輝かせ、「わあ、チキンだ。おいしい!」  「……生きているって、こういうことだな。」

 誰かの小さな呟きに、周囲の人々も静かに頷いた。

 その安堵の空気が、要塞全体に温もりを広げていった。


 その夜、折原はベッドに横になった。 戦闘スーツの疲労はじわじわと残っており、まぶたが重くなっていく。

「……阿蘇山か。火口の縁で、ゾンビとやり合うなんてな……」

 まどろみかけたその瞬間、部屋の隅からぬっと現れた影があった。エリシオンだった。

「おいおい……風呂に続いて、今度は寝室か?」折原は目を細めながら、苦笑する。

「睡眠前の精神安定確認です。任務前に、心の乱れは排除しておくべきです。」

「やれやれ……AIロボに、心のケアまでされるとはな。」


 そのまま、静かな夜が訪れた。

 ――その頃、一方で。 世界に張り巡らされた地下鉄ネットワークを、何かが超高速で走り抜けていた。

 監視カメラでは捉えきれない影のような存在。 その動きはあまりにも速く、通常のセンサーでは追跡不能だった。

 残されたのは、断片的なノイズと金属的な響きだけ。

 エリシオンの解析にも反応はなく、まるで存在そのものが隠されているかのようだった。

 一体どこへ向かっているのか――。 ただ、不穏な気配だけが地下を震わせていた。


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