0.4秒の勝機:フェイント返しが開く未来
変貌した怪物が立ち上がる。
その背丈は、折原の視界を覆い尽くすほど巨大だった。
肉が膨張し、骨が軋み、太くて固い爪が床さえ簡単に引き裂きそうであった。
折原「で・・・でかいな・・・。」
ケイジ「ふっ……5メートル級か……化け物にも程があるだろう」
ヴァリシオン『筋肉密度、骨格構造、すべてが異常進化。通常兵器では貫通不能の可能性が高いです』
イエヤス「力に頼る者は、必ず隙を見せる。その隙を見出すのみです。」
いきなり怪物が、折原に向かって突進の構えを取った。
エリシオンの声が鋭く割り込む。
エリシオン「折原様、初動予測 0.8 秒後に突進。回避行動を推奨します」
床が震えた。
巨大な影が、弾丸のような速度で迫ってくる。
ケイジが叫ぶ。「右へ跳べ!軌道は直線だ!」
折原は反射的に横へ飛び込む。
直後、怪物の爪が床を抉り、コンクリート片が弾け飛んだ。
ケイジはパターンを解析したうえで「折原、あいつの突進は“二段目”がある。次はフェイントを入れてくるぞ」
エリシオン「次の初動予測まで 1.4 秒。折原様、攻撃可能時間は 0.3 秒 です」
折原「……十分だ」
怪物が低く唸った。
その巨体がわずかに沈み込み、再び突進の構えを取る――
だが、折原は違和感に気づいた。
「……来るぞ、二段目だ」
次の瞬間、怪物は真正面へ突進する“フリ”を見せ、
そのまま右へ滑るように軌道を変えた。
ケイジが叫ぶ。
「フェイントだ!右腕が来る!」
エリシオンの警告が重なる。
「右腕の爪、0.2 秒後に接触予測。回避行動を最優先してください!」
巨大な右腕が、風を裂く音とともに横薙ぎに振り抜かれた。
折原は地面を蹴り、ギリギリで身を沈める。
かがんだ衝撃でアーマーの胸部にコンクリートブロックが当たり、ヒビが入った。
爪が頭上を通過し、背後の壁を紙のように切り裂いた。
コンクリート片が雨のように降り注ぐ。
ケイジ「やっぱり学習してやがる……!本能でフェイントを覚えたか!」
折原「なら、こっちも対応するだけだ」
怪物は再び体勢を低くし、今度は左右どちらにも跳べるような“二重構え”を取った。
エリシオン「折原様、敵の動きが不規則化。予測精度、低下します」
ケイジが前に出る。
「なら俺がパターンを作る!攻撃のタイミングは俺が作る!」
折原は頷き、ブレードを構え直した。
ケイジが一歩、前へ踏み込んだ。
その動きは、怪物の視界に“真正面からの突撃”として映る。
怪物の濁った瞳がケイジを捉え、
巨体がわずかに揺れた。
――反応した。
ケイジはさらに踏み込み、まるで真正面から殴りかかるような“攻撃の初動”を見せる。
怪物が吠え、ケイジに向かって右へ跳ぼうとした――その瞬間。
ケイジ「……こっちじゃねぇよ、バーカ!」
ケイジは急停止し、逆方向へ滑るようにステップを切った。
怪物の巨体が、わずかに空振りする。
その一瞬の“ズレ”が生まれた。
エリシオンが即座に叫ぶ。
「折原様! 敵の重心、左後方へ流れています!攻撃可能時間、0.4 秒!」
折原の瞳が鋭く光る。
折原「……もらった!」
折原は床を蹴り、
怪物の死角――巨大な右腕の付け根へと一気に踏み込む。
怪物は気づくが、遅い。
ケイジのフェイント返しで生まれた“重心の乱れ”が、
その巨体の反応速度をわずかに鈍らせていた。
ケイジ「折原、今だ! 急所はそこだ!」
折原は特殊超音波ブレードを構え、
怪物の右脇腹――脊髄へ繋がる“弱点ライン”へと刃を走らせる。
「深く刺さった。手ごたえがあった!」
しかし、怪物の咆哮がフロア全体を震わせた。
空気が爆ぜるような衝撃波が押し寄せ、折原の身体が後方へ弾かれる。
折原「ぐっ……!」
胸部アーマーに走った亀裂が入り、さらにその傷が広がり続ける。
内部の警告ランプが赤く点滅し、耳元でアラートが鳴り響いた。
エリシオン「折原様、アーマー耐久力残り12%。これ以上の衝撃波は致命的です」
折原は歯を食いしばりながら体勢を立て直す。
視界の端で、巨大化した怪物が再び息を吸い込むのが見えた。
ケイジが叫ぶ。
「まずいぞ折原!あいつ、もう一発撃つ気だ!」
怪物の胸部が膨らみ、空気が歪むような低音がフロアに満ちていく。
折原(くっ、この距離で食らえば……終わる)
エリシオン「折原様、回避不能距離です。衝撃波、直撃コース」
ケイジが前に飛び出した。
ケイジ「下がってろ!俺が“軌道”をずらす!」
ケイジは怪物の真正面へ飛び込み、わざと“攻撃の初動”を見せつけた。
怪物の濁った瞳がケイジを捉え、発射直前の胸部がわずかに揺らぐ。
エリシオン「敵の発射姿勢、乱れています!衝撃波の方向、右へ 17 度逸れました!」
次の瞬間、怪物が衝撃波を放つ。
轟音とともに空気が爆ぜた。だが、その軌道は折原から外れ、フロア右側の壁を粉砕する。
その硝煙の向こうから、折原の意識に直接、通信が流れ込んだ。アーマーの補助演算機能が、AIたちの超高速会話を折原の脳内で「理解できる速度」に翻訳・圧縮して叩きつける。
ケイジ「よし……これで折原が死ぬ未来は消えた!」
イエヤス「……貴殿の計算はいつも楽観的すぎる。拙者のログではまだ生存率87%。不確定要素が多すぎるわ」
エリシオン「ケイジ、その非論理的な言い回しは禁止されています。ですが……演算結果には同意します。折原様の生存ルートは確定しました」
コンマ数秒、火花が散るような一瞬の思考共有。
折原は乱れた息を整えながら、泥を払って立ち上がる。
「お前ら、勝手に俺を殺しかけるな!(笑)……ケイジ、ありがとう。助かった。今のは……」
ケイジ「発射の瞬間に“視線”と“重心”を奪えば、どんな怪物でも狙いは狂う。……さぁ、仕留めるぞ、大将!」
折原は敵が次弾を装填する隙すら与えない。アーマーのブースターを最大出力に切り替えた。
エリシオン「ブースト出力、120%……折原様、限界値です!」 「構わん……これで終わらせる!」 背中のユニットが青白く閃き、空気が一気に圧縮される。
床を蹴った瞬間、折原の姿が残像になった。
怪物の濁った瞳が追いつくより早く、折原はその懐へと飛び込んだ。
特殊超音波ブレードが唸りを上げる。
――ズバァッ!
刃が怪物の右脇腹から首元へと走り、
巨大な頸部を一気に断ち切った。
怪物の頭部が宙を舞い、
重力に引かれて床へ落ちる。
ケイジ「よっしゃあ! 決まった――」
――直後、異変が起きた。 怪物の巨体は倒れない。それどころか、切断された首の断面から異様な振動が走り、全身の筋肉が痙攣を始めた。
折原「……まだ動くのか!?」
エリシオン「折原様、神経伝達が残存しています!完全停止まで 2.8 秒!」
怪物の胴体が暴れ狂い、巨大な腕が折原を薙ぎ払おうと振り上げる。
ケイジ「折原、下がれ!まだ終わってねぇ!」
折原は後方へ跳び、怪物の腕が床を砕くのをギリギリで避けた。
そのまま、巨体はゆっくりと膝をつき――
地響きを立てて崩れ落ちた。
エリシオン「……停止確認。対象、完全沈黙しました」
折原は深く息を吐いた。
折原「……ふぅ。今度こそ、終わったな」
ケイジが肩を叩く。
「お前の一撃が決め手だよ。よくやったな、折原」
だが――
フロアの奥から、
あの声が、また聞こえた。
……ミテイルゾ……オリハラ……
折原の背筋に、冷たいものが走った。
エリシオンは静かに言った。
「秩序は勝利で終わるものではありません。次の混沌は、すでに芽吹いています。」
折原は眉をひそめた。
「……混沌の芽吹き?なんだ、それは。」
エリシオンは淡々と答える。
「戦場の終結は、安定を意味しません。新人類化した職員、呪いを受けたゾンビ、未知のウイルス――それらは秩序を乱す要因です。芽吹きとは、変化の兆しを指します。」
折原は苦笑した。
「つまり……まだ面倒ごとは続くってことか。」
「はい。秩序は維持しなければ崩壊します。」
折原は深く息を吐いた。
「……勝ったと思ったら、次の問題かよ。俺の人生、休む暇がないな。」
エリシオンの瞳がわずかに光った。
「それが、秩序を守る者の宿命です。」
折原はその言葉を胸に刻みながら、深く息を吐いた。
――戦場は終わった。しかし、守るべきものはまだ山ほどある。
エリシオンは先ほどの県庁職員が新人類化したことを分析し、結論を出した。
「彼らはDNA変異により筋力・耐久力が強化されています。秩序維持のため、要塞の居住区で隔離すべきです。」
折原はわずかに眉をひそめた。
「……隔離か。だが、彼らも人間だ。」
「ええ…検疫が終わったら研究対象です。」
「間違っても解剖するなよ!」折原は念を押した。
「解剖? 非効率です。生きたままスキャンした方が、より質の高いデータが得られます。……折原様、なぜそんなに怯えた顔をされているのですか?」
「いや・・・、それならいいけど。彼らは元に戻れるんだろうか?」
エリシオンは折原の問いに「戻れるかどうかは不明です。」と答えた。
一方、知的ゾンビは、県庁の暗い廊下をうろうろしていた。
「……デグチ、ドコダ?」
手には古びた地図。だが、上下逆さまに持っている。
何度も角を曲がり、同じ場所に戻ってしまうたび、ゾンビは小さくうなった。
「ケイサン……マチガエタ……」
その声は、呪いの影響で妙にカタカナ混じりだった。まだ言葉に慣れていないのだろう。
そして、ようやく夜明け前――
知的ゾンビは、県庁の扉を押し開けた。
「……デラレタ……」
その声は、風に溶けて消えた。
だが、このドジなゾンビが、折原たちの前に立ちはだかり、ことごとく邪魔をする存在になる――その影響は、静かに広がり始めていた。




