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薄暗い洞窟の奥、岩肌に水滴が落ちる音が響く。そこはヴェノムトードーの巣窟。
酸性の毒を帯びた舌で攻撃する危険なモンスターの群れが潜む場所だ。
ゴブリンは、鋭い爪で切り裂いたヴェノムトードーの肉を手に、息を潜めて立っていた。彼の目は獰猛で、だがどこか疲れを湛えている。洞窟の空気は湿気と血の匂いで重い。
突然、洞窟の入口からドタドタと足音が響く。現れたのは、エプロン姿でスーパーの袋を片手に提げたカズコだった。彼女は迷いなくゴブリンの前にズカズカ歩み寄り、腰に手を当てて叫ぶ。
「ゴブ太! アンタ何してんの!?」
ゴブリンの体が一瞬強張る。母親の声に、獣のような目が揺れる。「…カズコ? ここには来るなと言っただろう。」彼は素早くヴェノムトードーの肉を背中に隠し、声を低く抑える。
カズコは目を細め、いつもの調子で続ける。「アンタがこんな危ない所に来るから、お母さんは来るんや。お母さんもお父さんも、危ないことするなっていつも言うてるでしょ!?」
ゴブリンは低い唸り声を上げ、牙を剥く。「うるさい…俺の生き方に口を出すな。人間の言うことなど聞くつもりはない。」その声は鋭く、だがどこか守るものを隠すような響きがあった。
カズコの目が一瞬曇り、涙が滲む。「アンタの生き方に口出しするつもりなんかないわ。アンタはアンタの好きに生きたらいい! でも、人間の言うこと聞くつもりはないって、何よ? お母さん、アンタと家族違うの…?」彼女の声は震え、母の切なさが滲む。
ゴブリンは母親の涙にたじろぎ、声を震わせる。「…違う。お前は特別だ。だからこそ、俺から離れていてくれ…危険なんだ。」彼の目は、獣のそれなのに、どこか人間のような柔らかさを見せる。
カズコは目を潤ませながら、そっと言う。「そうやろ? お母さんは特別やろ? だって、家族やもんな? だから、お母さんもアンタのことが特別やねん。お母さん、アンタがこんな危険な所におったら、心配になるねん。」
ゴブリンの目から一筋の涙がこぼれる。「…分かってる。だが、これが俺の道なんだ。せめて…もう少し離れてくれないか?」彼の声は、獰猛なゴブリンとは思えないほど弱々しい。
カズコは目を溢れる涙で濡らし、洞窟の地面に落ちていた棒切れを拾い上げる。「お母さんなぁ…アンタのためになら死ねるねん…アンタのこと守るためなら、お母さん先に死ぬわ…アンタがそういう道選ぶんやったら、お母さんもお母さんの道選ばさせて貰うで…お母さんが狩りしたらええんや…」
ゴブリンは咄嗟に母親の手から棒切れを払い落とし、激しく抱きしめる。「…やめろ。お前を失うくらいなら、俺が…変わる…」彼の獣のような体は震え、声は詰まる。
カズコはゴブリンの背中にそっと手をやり、静かに言う。「ゴブ太…ごめんな…アンタがいつもこうやって狩りしてたこと、全部知っとった…いつもゴブ太に感謝しながらご飯作ってたわ…お母さん、そのことに感謝してたから、なんも言えんかってん…ずっと黙っててごめんな…」
ゴブリンの全身が震え、母親の胸に顔を埋めたまま呟く。「…なんでそんなに…俺なんかのために…」声は獣の咆哮ではなく、子供のそれだった。
カズコは優しく、だが力強く答える。「アンタはお母さんの子供やからや。」
ゴブリンは母親の胸に顔を埋めたまま、獣のような低い声で言う。「…母ちゃん…俺、母ちゃんの気持ちわかった。もう、狩りはしない。」
カズコは目を拭い、ふっと笑う。「ゴブ太、ありがとう…お父さんと相談して、もうちょっとなんとかならんか考えてみるわ…ありがとう…今日はゴブ太がとってくれたその肉でご飯にしよか?」
ゴブリンは背後のヴェノムトードーの肉を見つめ、少し躊躇うが、頷く。「…ああ。母ちゃんの料理なら…食べたい。」
カズコはニコリと笑い、スーパーの袋を手に持ち直す。「今日はヴェノムトードーの丸焼きやな…お父さんも大好物やから喜ぶで…」
彼女はそう言い、ゴブ太と共に洞窟の出口に向かう。