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校舎の屋上は、コンクリートの床に風がそよぐ静かな場所。16歳の高校生、拓也は授業をサボってフェンスにもたれ、タバコをくわえていた。空は薄曇りで、彼の不機嫌そうな顔をぼんやり映す。
ガチャッと屋上の扉が勢いよく開く。
そこに現れたのは、エプロン姿でスーパーの袋を片手に提げたカズコだった。
彼女はズカズカと拓也の前に歩み寄り、腰に手を当てて目を細める。
「拓也! アンタ何してるの!? ほら、やっぱりタバコ吸ってたやないの!? 今まで吸ってないって言うてたやろ? お母さん、わかっててんで? あんなん、臭いでバレバレやわ!」
拓也はチッと舌打ちし、タバコをポイと投げ捨て、髪をかきあげる。「はぁ? うっせぇな…俺の人生なんだから俺の好きにさせろよ…母ちゃんこそ何しに来たんだよ。」声には苛立ちが滲む。
カズコは少し首をかしげながらも、普通に続ける。「だから、お母さん黙ってたやないの!? アンタの好きにさせてたやろ? 別にアンタのこと探るようなこと、なんもしてへんわ。」
拓也は突然立ち上がり、フェンスをバンと叩く。「うっせぇよ! わかってるよ…母ちゃんが俺のために我慢してくれてたの…」彼の声はイライラと、どこか申し訳なさが混じる。
カズコは目を細めつつ、ふっと息をついて言う。「あんな、拓也。そらアンタの人生や。アンタの好きにすればいい。でも、お母さんはアンタには正直でいてほしいんや。タバコ吸ってることも、素直に言うてくれたら、お母さん受け入れた。お父さんも未成年の時、吸ってたわ。」
拓也はフェンスから離れ、ちょっと照れくさそうにカズコの方を向く。「…マジで? 親父も吸ってたのかよ…」
カズコは小さく笑い、まるで昔を思い出すように続ける。「だから、お母さん、いつもお父さんがアンタにタバコのこと疑ってる時、お父さんに釘刺してるやろ? お父さんは自分もやってたのに、言うたらアカンねん。アンタに『お父さんも若い頃吸ってた』って言うたらなアカン。」
拓也の声が少し震える。「…母ちゃん、なんかゴメン。嘘ついてて…」彼は目をそらし、ポツリと続ける。「でも、なんで親父は俺に厳しく当たるんだよ?」
カズコは少し考え、そっと言う。「やっぱり、それだけアンタのこと心配してるねん。お母さん、健康のことようわからんよ。でも、タバコもお金かかるやろ? お父さん、若い時、それでお金なくて、お母さん、ええデートに連れてって貰えんかったんよ…。アンタも、彼女できたら、ええとこ連れてってあげたいたろ?」
拓也は少し赤くなり、髪をかきながら呟く。「…デートか。まぁ…確かに金は大事だよな。母ちゃん、俺…バイトでもしてみようかな。」
カズコはふっと笑うが、ふと思いついたように言う。「でも、アンタ、バイトでお金と社会経験積むのも大事やけど、勉強もしっかりせんとアカンわ。そんな、こんな風に授業サボってバイトばっかりしてたら、高校行かんで働いた方がええやないの。」
拓也はため息をつき、苦笑いする。「はぁ…わかったよ。明日から真面目に授業出るよ。でも、母ちゃん、たまには屋上で弁当食わせてくれよ?」
カズコの顔がパッと明るくなる。「屋上でお弁当食べるのは、お母さん好きやったで? お母さんも学生時代、皆で屋上でご飯食べてたわ。」彼女はニコッと笑い、懐かしそうに目を細める。
拓也は少し笑みを浮かべる。「へぇ…母ちゃんも不良だったのかよ? なんか、ちょっと親近感わくな。」
カズコは手をパチンと叩き、急に言う。「あっ…ご飯の話で思い出した…そや、お母さん、晩ご飯作らなアカンねん…そろそろうち帰るわ…でも、今日は拓也とゆっくり話せて嬉しかったわ。」
拓也は照れくさそうに髪をかき、慌てて言う。「あ、待ってよ、母ちゃん! 今日の晩飯、俺も手伝うよ!」
カズコは笑いながら手を振る。「キッチンはお母さんの城! アンタは食うのが仕事! それに、アンタは料理手伝う前に勉強せんと! もう途中から入ってもわからんやろうから、今はここで休んで、次の授業から出たらいいわ。今日はアンタの好きなローストビーフやで。楽しみにしときや。」
拓也の目がキラッと光る。「マジで!? ローストビーフか…よし、次の授業は数学だっけ。ちゃんと出るよ、約束する!」
カズコは満足げに頷き、スーパーの袋を手に提げて屋上の扉に向かう。振り返り、ニコリと笑う。「じゃあ、拓也、ローストビーフ冷めんうちに帰ってきなよ。待ってるで。」