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Bullet In Crowd  作者: 【es】
11/11

Mission 11: SIDE : beauty and Beast

 冷たい海風が吹き抜ける夕暮れ時、広がる浜辺に中古のバンが一台止まっていた。夕日が海に沈むにつれ、空はオレンジから紫に染まり、波音が穏やかに響く。バンの横に張られたタープの下、鍋から立ち上る湯気が夜空に溶け込んでいく。レオはその鍋の中を見つめながら、厚い革表紙の本を膝の上に置いた。「魔導生物の書」と書かれた文字が薄れかけている。

 レオがそのページをめくりながら、眉を寄せて唸った。

「なんて書いてあるのか、全然わからないな……」

 隣の椅子に座るテンファは鍋の様子をちらりと見てから、レオに向き直った。

「科学なら自信あるんだけどね。魔術なんて完全に門外漢よ。」

 覗き込むとページには奇怪な生物の絵と、謎めいた文字がびっしりと並ぶ。テンファは手帳に書き写したメモを確認しながら、ため息をついた。

「理論っぽいところは何となく読めるけど……実際どうすれば貴方を人間に戻せるのか、皆目わからないわ。」

 レオは黙ったまま、爪の生えた大きな手でページの端をつまむ。

「でも、この本の内容が分からないと、前に進むためにも。」

 レオは不安そうに呟く。

 テンファは肩をすくめた。

「そう。けど進む先がまるで見えないのよ。魔術の専門家なんて知り合いにいないし…。」

 その言葉にレオはテンファの眼を見る。

「いないことは、ないんじゃない?」

 テンファは目をそらし、鍋の中をかき交ぜた。ふわっとした出汁の香りがする。

「…彼らの事を言ってるの?」

「ああ、君は監視協会というだけで盲目的に敵視していたけど、僕は彼らを敵だとはあまり思えない。」

 その言葉にあからさまに表情が曇るが、レオは気にせず続ける。

「何より、君が相手にしていたキラという男。

 彼の方がよっぽど危険だと感じる。」

 それには賛成だった。魔術書を渡されたという事実だけをみれば害はないかもしれないが。一度牙を向ければ何をされるか分からない、恐怖。

 あの時のことを思い出し、顔が強張るテンファ。それを見てレオは魔術書を横に置き、両手を組む。

「テンファ。彼らを襲ったとき、僕が途中まで参戦していなかったこと、気づいてたよね。」

 彼女は煮立つ鍋の中、かき混ぜる手を止め、頷いた。

「もっと早く僕がが動いていれば、もっと簡単に魔術書を奪えてたかも、って思ってるだろ?」

「…そうね。」

 結果はどうあれ、あのときレオの行動が消極的だったのは気になっていたことではある。

「ごめん、僕はどうしてもあの連中が信用できなかった。ずっと迷ってたんだ。

 このままこの作戦をあの兵隊たちと進めてもいいものかって。

 結果、最終的に僕はよくわからない術で為す術なく倒された。これが事実だよ。

 もう一度言うけど、彼は危険だ。」

 そう言いながらお椀を取る。

「でも、あの三人は違う。兵士たちや僕の命を奪おうとするのは解るけど、なんの異能も持たない君を生かそうとした彼らは、やっぱり血が通ってるように思えるんだ。」

 テンファは感情的にガスコンロのつまみを回し、火を消した。煮立っていた鍋が収まっていく。

「それは、私を尋問するなりなんなりしようとしてたからに決まってるでしょ。」

 少し声を荒げるテンファに、優しい声で反論する。

「確かにそれもある。でもそれだけかな。」

 レオは煮魚と白菜をおたまでとり、お椀に入れてテンファに渡した。テンファはお礼を言って受け取る。それをみてレオは遠くをみつめた。

「…僕を傷だらけにした女の子と、君に銃を向けたけど撃たなかった彼。

 こんなこと言っても納得してくれるか分からないけど。」

 レオは海の上、空の低いところに一つだけ強く輝く星があるのをみつけた。

「信じてみたいんだよ、彼らを。

 これは理屈じゃない。ただの勘…かな。」

 バカげた結論にテンファは力が抜ける。

「野生の勘とか言わないでよ。」

 その言葉に、レオは獅子の口元を緩めた。

「それかもね。」

「科学者相手によく言えたわね。」

 テンファも笑顔で返した。

 彼女自身、それは感じていた。銃を背中に突きつけられても、キラほどの恐怖はなかった。人道的な対応を彼からは感じた。そして、一緒にいた眼鏡の少女も、まだ青臭く何にも染まっていない初々しさがあった。

「…!思い出した。あのときはそれどころじゃなかったけど…

 そういえば、キラは千里眼の女がどうとか言ってた。もしかしたら、色々見抜くような力がある彼女ならなにかヒントが貰えるかもしれないわね。魔術の専門家か…。」

 そんな明るい発言に、レオは嬉しくなる。

「そうだね、このまま隠れて生活するのも限界がある。やってみようよ。」

 レオは自分のお椀を取り、鍋の中の具材を集めた。

「美味そう!僕お野菜大好きなんだよ!」

 その言葉に噴き出すテンファ。

「その顔でベジタリアンとか、やめてよね。」 

 タープの下、鍋の湯気に包まれた小さな空間に二人の笑い声が響く。今だけは温かい食事を前にした静かな夜が続いていた。


 静かな夜の海際で木の弾ける音がする。浜辺の砂はオレンジ色に照らされ影が揺れていた。

 百円均一で購入した安物のグラスに氷を入れて、軽めのアルコールを堪能する。これが逃亡生活でなかったらどれだけ幸せだろうとテンファは思った。

 振り返ると、中古のバンのラゲッジスペースに大きな体を押し込めて寝息を立てているレオ。

 テンファは、そんな彼を微笑ましく思う。

 テンファは親がおらず、弟と二人暮らしだった。だが弟は病気を患っており、16才という若さでこの世を去った。テンファの家は貧しく、彼の病気を治すことはできなかった。もともと医療科学の道を志していたテンファだったが、それ以来研究に没頭し、様々な葛藤の末、気が付けばテロ組織の研究員になっていた。その組織の名前はエリクサーといって、雲南省に拠点を持ち、生物兵器を研究していた。

 

 それから何年かしたころ、中国のある村で化け物が現れると聞きつけたエリクサーは、その捕獲を試みる。だが駆け付けたときはもう村は火の海。村人が化け物を殺すために戦った後だった。炎の中には巨大な化け物が確かにいたが、駆け付けた直後にその体は小さくなり、少年へと姿を変えた。

 テンファは彼を保護しその体を調べようとした。だが、エリクサーの他のメンバーはもっと手荒く人体実験をするよう強要する。

 テンファは反対するが、かなわず、少年は拷問と実験の日々を送らされていた。

 化け物はキメラと名付けられ、非人道的な研究実験が続いた。

 しかし、テンファだけは少年に優しく接していた。

 ある日、テンファは監視協会の存在を知り、エリクサーの情報をリークする。何度かのやりとりの末、ようやく監視協会に少年を保護してもらうという約束を取り付けた。

 そして、作戦は決行される。

 その日、エリクサーはあっという間に特殊部隊に制圧。施設はことごとく破壊され、その機能の殆どを失った。テンファは監視協会から指示のあった通りの場所へと向かう。

 するとそこには銃を構える数名の兵隊が居た。その銃口はテンファへと向いていた。

 テンファは知りえないことだが、集団はピースという軍事組織であり、その原因はピースの本質にあった。詳細を伝えられずに動くピースは、テンファが協力者であることを知らされていなかった。監視協会のコミュニケーションエラーとも取れるが、ピース隊員からすれば知ったことではない。

 容赦なく銃撃され、何の戦闘知識もないテンファは深手を負い、命からがら逃げだす。

 彼女は裏切られた憎しみと命を奪われる恐怖に抗いながら、倉庫へと向かった。

 少年を助ける。

 このまま監視協会に引き取らせても、あの少年が幸せになるとは最早思えない。出血が酷く、眩暈を覚えながらも何とかキメラが格納されているエリアへと近づいた。

 そのときだった。突如すぐそばで爆発が起こる。

 爆音と衝撃。突然吹き飛ばされ、背中を強打し一瞬息ができなかった。目を開けるが視界がぼやけ天地も分からない。だが少しずつ意識がハッキリしてきた。何とか体を起こして壁にもたれるが、どうやらそれ以上は動けない。見ると瓦礫がそこら中に落下していた。下敷きになった兵士の足が見える。

 それから、どれくらい冷たい壁に背中を預けたままここにいるのだろう。火傷に擦り傷、銃で撃たれているところもある。出血でお気に入りの白衣も真っ赤に染まっていた。

 誰も居ない廊下の隅で、体を動かせず、声も出せず。少しずつ体力を失っていくのが解る。呼吸もしづらくなってきた。

 あぁ、死ぬのだ。あの子はどうなっただろうか。銃に爆弾、監視協会は魔術団体と聞いていたが、なんでもありだ。秘匿を守るためならどんなこともいとわない。血の通わない組織。エリクサーと変わらない。関わるべきではなかった。

 後悔が襲う。弟を失い、また、キメラになったあの少年を失う。

 涙が零れた。

 自分は一体何をやっているのだろうか。人を助けるために、医療科学の世界に飛び込んだのではないか。

 だが、どれだけ努力をしても、真っ当な医学の道へは進めなかった。金銭問題や生まれの偏見の壁を越えられず、甘い声に耳を傾けテロ組織などという馬鹿げた道を選んでしまったのだ。

 自業自得。

 自分は誰も助けられない。

 自分ですら。

 もう涙を拭く気力も無い。絶望が押し寄せる。


 そのとき、目線が浮いた。

 何が起こったのか。そのまま景色が流れる。

 何かに捕まれ、ものすごい勢いで移動していた。

 身体の感覚は薄れ、意識が朦朧としていて、状況が分からない。

 ただ、その薄暗い視界に映るのは赤い瞳だった。どこか優しく、力強いその瞳は、何故か自分を安心させる。その光を最後に彼女はその意識を手放した。

 

 それからどれくらいの時間が過ぎたのか。テンファが目を開けると、見たことも無い場所で寝ていた。見渡すとどうやらマンションの一室のようだ。窓にカーテンはなく、どんよりとした曇り空がそこから見えた。壁のコンクリートは所々欠けていて、まるで生活感のない部屋。テンファは硬い床に薄いシーツがしかれ、その上で眠っていたようだ。

 体を起こそうとすると、鉄の扉が音を立てて開いた。

「起き上がらない方がいい。」

 ドアの影から現れた男をみてテンファは体中が強張った。当然だろう、入って来た扉よりも大きな体に、何よりその頭部が人間のものではない。獅子だ。被り物ではないことはすぐにわかった。質感、動きそして何よりその瞳。

 血の通った目をしていた。

 テンファは思い出す。意識を失う前に見たあの赤い光を。

「今喋ったのは、貴方?」

 まず恐る恐る確認だ、先ほどの声と目の前の男とイメージが全く一致しない。だがそれを他所に彼は歩きながら口を開く。

「そうだよ。僕に興味を持つ前に、少し君について説明させてくれるかな。」

 全く敵意のない空気を纏い彼はベッドのそばに立った。その逆立った鬣が天井につかえていた。黙ったままいるテンファに「じゃあ…。」と柔らかな声で彼は説明を始めた。

「君はあの施設で倒れてた。

 僕の見立てだと、出血多量と脳震盪。あのまま放置していれば失血死していただろうから急いでここに連れてきて銃弾を摘出、消毒と縫合しておいた。それ以外は多分大丈夫。多少内臓の損傷はあるかもだけど、日にち薬で治るはず。一応感染防止にペニシリンと栄養剤を打った。あれから丸二日は寝ていたけど、まだ傷口も完治していないし念のためあと一日はここから動かないこと。

 あ、ここっていうのは郊外の廃ビルで、周りはもう誰も住んでいないから多分暫くはここで潜伏できると思う。でも食料はどうしようか…、女性ならお風呂も…。」

 ペラペラとしゃべるモンスターに、テンファは混乱しながら聞く。

「待って、あ…貴方は一体。」

 自分の状況はわかった。随分と詳細を教えてくれたことで安心した。科学者にその説明は見事にマッチしたと言える。そこでようやく、彼の事を聞く。

 その質問に、獣人はゆっくりと後ろへ下がり、黒ずんだ壁に背中を預けた。

「僕の事は…僕も知らない。

 記憶がないんだ…。

 今みたいな専門知識は何故かあるけど、僕が何者で誰なのか…僕も分からないんだ。」

「は?じゃあ何で私を助けたの?」

「分からない。僕の最初の記憶だよ、気づいたら目の前に君がいた。そのときにただ、死にそうな君を助けないといけないと、そう思った。それだけだよ。」

 寂しそうに笑う。

 この見た目は、彼が望んでいる物ではないということか。もともとは優しい人間だったのだろうと、テンファはそう感じた。

 それにしても、見事な処置に驚く。道具や薬は一体どうしたのだろう。こんなホテルにあるとは思えない。

「焦ってたから、数キロ先の病院から拝借した。悪いことをしたけど、急いでたし仕方がなかった。」

 その病院は今頃パニックだろう。テンファはあきれたが、申し訳なさそうにする獣人がコミカルで、彼女は少し笑った。

「自分の事よりも私とか病院とか、貴方変わってるわね。」

「そう…かな?」

「そうよ。見た目が特に変わってるわ。」

「それは言わないでくれる?」

 と困った顔で頭を掻く。そんな獣人をみてテンファはすっかり落ち着きを取り戻し、持ち前の頭脳をフル回転させ始めた。

「よし、じゃあプランを練りましょうか。」

 

 こうして、奇妙な二人の生活が始まる。

 幸いにも研究所に勤めてからのテンファはお金には困らなかった。早速貯金を切り崩し中古のバンを一台買った。キャンプセットなども買い込み、二人は各地を転々としながら移動生活を始めた。

 そして、獣人というルックスを不便に感じつつも、何とか生活にも慣れてきた頃だった。ハンドルを握り長く真っすぐな道を走りながら、後ろに座る獣人の名前をテンファは呼ぶ。

「ねえ、レオ。」

 <レオ>というのはテンファが名付けた名前だ。やはり彼と暮らしていく中で名前は必要、ということで三日目の朝に会議が開かれた。はじめは何度考えても見た目のせいで物騒な名前ばかり浮かんだが、最終的に絞り出したこの名をレオ本人も喜んでいたため、満場(二人のみだが)一致でこの名となった。

「何?」

 レオが起きていることを確認すると、テンファはずっと考えていたことを口にする。

「やっぱり貴方、人間に戻ろう。」

「え…。」

 勿論彼自身望んでいたことではある。こんな生活がいつまで続けられるものでもないし、こんな体で一生を終えるなど考えられない。ただ、あまりに非現実すぎてそれを口に出すべきかも迷っていた。今の生活が悪くない、そんな風に思えてしまっていたからなおさらだった。

 そんなレオに、テンファは続けて告げる。

「私はやっぱり諦めたくないのよ。」

 そう言って彼女は車を道路の端につけ、ギアをパーキングに入れる。ギッという錆びついた音がしたあと、テンファは後ろを向いた。

 後部座席の真ん中で、レオは少し困ったような顔をしていた。

「何を、諦めらめたくないの?」

「助けること。」

 その目は真っすぐにレオをみつめていた。その眼差しの強さに、レオは彼女の気持ちがそれだけ固まっているのだと覚悟し言葉を待つ。

「私はね、ずっと困っている誰かを助けたかったのよ。それが私の使命だと思ってる。

 でも叶わなかった。何度も失敗した。」

 テンファは自分の手を胸に当て、目をつぶった。浮かんでくるのは弟と、キメラになった少年の寂しそうな顔。

 彼女はその目を開いた。

「でも今度こそ、貴方を助けたい。」

 伸ばした手が、獣の両手に重なる。

「私の勝手かもしれない、けど貴方だってそのままじゃだめ。

 元々人間だったんでしょう?貴方の家族はきっと、貴方を待ってるわ。」

「…知ってたのか。」

 ズボンのももにあるポケットから、一枚の写真を出す。

 そこには美しい女性と幼稚園の制服を着た男の子が映っていた。

「時々それ眺めてたでしょ。私にバレないように。」

「ごめん。」

 突如訪れる気まずい空気に、大きな図体をして縮こまるレオだったが、それを見てテンファはあきれ顔で首を振る。

「あぁ~あのね。変な気の使い方してるわね。一応言っておくけど私は貴方に恋愛感情とか全くないからね。だから隠すこともないのよ。あ、勿論見た目で判断してるんじゃないわよ。貴方は恋人ってよりも、…ううん、まあいいわ。」

 そう言ってから、改めてテンファはまじめな顔をする。

「貴方はね、初めに合った時から論理的で冷静で、倫理観もある。そういう貴方の事はとても気に入ってるわ。でも、何度も言うけど、好きとかそういうんじゃないから。」

「ご…ごめん、男女二人きりとかあんまり経験なくて。」

 よく結婚できたな。とは口に出さない。

「…まあ、私にとって貴方は命の恩人だし、何より…。」

 テンファはレオの獣の手のひらを持ち上げ、その右手を強く握る。

「良き理解者よ。私にとって貴方が。そして貴方にとっての私も。」

 こんなに心強い味方がいるだろうか。いや、逆だ。この世界に自分の味方は彼しかいない。彼もきっとそうだろう。

 レオは、その言葉にハッとし、テンファを見た。

「違う?」

 美しい瞳が真っすぐにレオを見つめていた。レオは彼女の手を優しく握り返す。それでも彼女はその力強さを感じた。

「違わないよ。改めて、宜しく頼むよ。テンファ。」

「ええ、レオ。私が貴方を人間にしてあげる。」

 そう言って笑い、手を離したテンファは運転席に座り直しシートベルトをかけた。 

「じゃあ、まずは日本へ行きましょうか。」

「え、なんで?」

「私がいた組織で研究していた魔導生物が居てね、捕獲されて日本の研究施設に運ばれているはずなの。つまりその施設へ行けば獣人に関する情報が手に入るかもしれない。まあ危険だけど、貴方もいるしね。」

「成程、分かった。任せて。」

 レオはそう言って、後部座席に腰を落とす。


 どこまでも広がる青空の下、一台のバンが長い長い道を真っすぐ走っている。マフラーからは黒い煙が噴き出し、エンジン音が周りに響いていた。

「そういえば日本に行くの、嬉しいでしょ?」

「え、どうして?」

「どうしてって…あなた日本人でしょう。」

「え、なんでわかるの?こんな姿なのに。」

「…本気で言ってるの?」

「うん。」

「ふざけてるの?」

「ふざけてないって。」

「…今、しゃべってる言語は一体何?」

「え…?」

「私は中国人。初めに貴方が日本語で声をかけたときから日本人なんだなって思ってたわよ。」

「…これ日本語だったのか…。」

「…なんであれだけ専門知識覚えてるのに、こんなこと気づかないの?馬鹿なの?」

「そんな心底残念な顔しないでよ…。」


 クスリ。

 あの日の会話を思い出していると、自然と笑みが込み上げてきた。テンファは星を見上げながら一人思い出し笑いをする。

 長い髪が椅子の後ろに垂れ、揺れる。

 見上げると満点の星の中にひと際輝く星があった。あれは確かしし座のレグルスだ。弟は星が好きで、よく夜空を見上げては色々と説明してくれていた。

 バンの中で寝息を立てる獣人を眺めて呟く。

『ちょっと見た目はいかついけど、可愛い弟ができたわ。今度こそ、助けて見せるから、見ててね。』

 久しぶりの中国語だった。

 ノスタルジーに浸ってしまったのはきっと酒のせいだろう。

 テンファはグラスをテーブルに置き、毛布を首元までかぶり目を閉じた。もうすぐ六月とはいえ北海道はまだ少し寒い。そんな星空の下、波音と心地よい焚火の音を聞きながら今日は眠ることにする。

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