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第9話 最終警告

>分かりました。では江川えがわさん、よろしくお願いします。本当でしたら会を立ち上げた私がやるべきことだったのですが……。

>いいんです。厚皮には少なかれ因縁(いんねん)があるので、こういう仕事に向いてます。


 5月のとある日曜日、僕はSNSで「主催者」とやり取りをしていた。厚皮の娘のがん治療に関する話題で機運が高まっている今なら行動を起こす時だ、と思ってたからだ。


ピンポーン


 その日の夕方、僕はタワーマンションのエントランスにある厚皮邸直通のインターホンを鳴らした。


「はーい」


 若い女の声が聞こえてくる。普通に考えれば、厚皮の妻だろう。彼はもうすぐ50だというのに、その妻としては随分若い声なのが気になるが……。




「どちら様ですか?」

「旦那さんの関係者です。直接会ってお話ししたいのですがよろしいでしょうか?」

「申し訳ありませんが、お名前をお聞かせしてもよろしいでしょうか?」

「はい、いいですよ。僕は『江川えがわ (じん)』って言う、臨床医です」

「江川さん? あのー、失礼ですけどお聞きしない名前なのですが本当に関係者でしょうか? それに直接会って話をしなければならない内容って何でしょうか? お話だけなら電話でもできますよね?」


 疑問に思っていた彼女に、僕はある画面の映ったスマホをインターホン越しに見せた。




「!!」


 しばらくの間、彼女の呼吸の音すら止まった。余程ショックを受けているのだろう。


「通してくれますよね?」

「は、はい。分かりました。ご案内します」


 数分後、降りて来たエレベーターに乗って最上階に行き、厚皮の妻と直接対面する。それにしても美しいが、昔どこかで見たような……?




 チーン。


 直通のエレベーターが厚皮邸に着いた。僕は家の中へと入る。


「? どうした? そんなに怖がって」

「あなたへのお客様だそうです」

「? オレに客? 誰だ?」


 厚皮が戸惑っている時に、僕は堂々と挨拶を入れた。




「どうも。初めまして、ですね? 厚皮さん」

「誰だお前は?」

「僕は『江川えがわ (じん)』って言う、臨床医です。あなたの被害者を代表して、あなたを起訴することにしました」


 そう言って僕は客間のテーブルに座る前に「2週間以内に何かしらの謝罪行為を起こさないのならあなたを起訴します」という内容を伝える最終警告書を突き付けた。


「……何だコレは? バカなことを言ってもらっては困る。オレは患者を全員救いたいんだ。でもどうしても救えない人間というのは出てくる。現代医療だってそうじゃないか!

 聞いた話ではステージ1のがん治療だって5年の生存率は80~90%だそうだ。つまり10~20%の人間は助からないってわけだ。

 それと同じでオレの治療でも1人や2人位はどうしても亡くなってしまう。オレだけやり玉に挙げるなんて不公平な事じゃないのか? 検察も起訴を認めないんじゃないのか?」


 しかし厚皮は動じない。すぐに「死刑宣告」を突き付けられるとは、知らぬまま。




「確かに厚皮さん、あなたの言うとおりです。1人や2人が騒いだところであなたにダメージは無いでしょう。ただ……これが『300人』集まったらどうなりますか?」


 僕はそう言ってとある画面が映ったスマホを突き付けた。それは彼に対する「死刑宣告」に等しかった。


「厚皮大樹被害者の会 メンバー数:319名」


 画面にはSNSのページが映っていた。


「こちらには300名以上の被害者がいますから、集団訴訟なら僕たちは十分あなた相手に勝てます! 訴訟されるか、自分の医療はウソだったと世間に公表するか、どちらかを選んでください」

「……!!」


 厚皮の奴も相当に動揺したらしい。視線がうつろで一点に定まっておらず、言葉も詰まって出ずにいた。

 しばらくして……。




「いくら欲しい? 言い値で良い、いくらでも出すぞ」

「何も条件はお金とは言っていません、取引です。あなたが提唱した『高濃度酸素水で免疫力を高めればがんは治る』というのは「真っ赤なウソ」だった。と世間に公表してください!」


 出てきた言葉が「いくら欲しい?」か。当然そんな要求をのむつもりはない。

 僕の言い分に、厚皮はキレた。




「ふざけんじゃねえぞ! そんな事出来るか! そんなことしたらオレの家族はメチャクチャになるぞ! 小学生の娘を路頭に迷わせてもいいのか!?」

「厚皮さん! あなた医者なんでしょ!? 医者なら何で当たり前のことが出来ないんですか!?」

「起訴されるか信用を無くすかの2択だと!? オレはいいとして娘が犠牲になるだろ! そんな要求のめるか!」

「いい加減にしろ! 娘がいるなら父親らしい真っ当な仕事をしろ! それに娘を盾にして言い逃れをするんじゃない!」


 お互い1歩も譲らない。が、訴訟という強力な武器を持っている僕の方が有利だ。


「そうですか、そんな事言うのでしたら訴訟いたします。今度は裁判所でお会いしましょう、では」


 僕は相手が実の娘を盾にする卑怯者だと分かったので、反省も後悔もしない奴だと確信した。なら裁判しかないと思いその場を去った。




「おのれ……江川えがわとか言ったな」

「あなた、どうします? 訴訟されたら私たちは……」

「大丈夫だ、オレにいいアイディアがある。訴訟されるか、信用無くすかのどっちかだと? 舐めるなよ『3つ目の道』だってあるんだぞ」


 厚皮の目は、異様なまでにギラついていた。まるで借金を返すためにこれから銀行強盗を行おうとしている追い詰められた人のように。

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