最終話 都落ち
「厚皮、娘さんからの手紙だ」
「!? 娘!? 紗理奈からか!?」
服役中のオレとってはかすかな救いであった。だが、手紙を受け取ると……。
「パパへ。
パパのせいでかなえちゃんと『ぜっこう』することになってしまいました。もうパパのことをパパといいたくない。ぜったいにあいにこないでね。
さりなより」
薄情な部分も母親によく似ていた。はかない希望は見事に打ち砕かれた。
罪を背負い、離婚し、娘にも捨てられた日々。
仮にこのまま8年の「お勤め」を終えた後も医師免許は取り消し、なおかつ50代後半の上に「前科持ち」のため、まともな再就職は絶望的だろう。
終わっていた。オレの人生は終わっていた。
それでも、ウジ虫以下の人生は、情けも容赦もなく、続く。
「……」
8年の『お勤め』を経て出所後、オレは自宅……新たに契約して借りた月5万かそこらのワンルームアパートの中、でスマホが鳴るのを待っていた。しかし指定の時刻になっても鳴らなかった。
面接で「採用されれば指定の時刻までに電話を入れる」と言われたこの仕事に採用されなければ料金未払いでスマホが解約され、アパートも家賃3ヵ月未納で追い出される事が決まる。
貯金はとっくの昔に尽きて限界までカネがなく、それこそ食事はキャットフードの「カリカリ」だ。
よくギャンブルで「使ったらまずいカネを使った後の『これからどうしよう』って考えるのが楽しい」らしいが、そんな余裕はなかった。
今のオレは使ったらまずいカネを使えるほど、豊かではなかった。
アパートを追い出された後は公園に居座って水を飲んで暮らす日々。死んでないだけで生きているとは到底思えない生活が続いた。
シャワーを浴びる事さえできず、ましてや服を洗濯することも出来ず、言いようのない異臭が全身にまとわりつくのを感じる。落ちぶれに落ちぶれ果てた自分自身が嫌になる日々が続いた。
そんなある日。オレは意を決して「こうなったら強盗してでもカネを奪うか!?」そう決めて、いざコンビニに入店した矢先、気づいた。
『今のオレには、コンビニ強盗に使う包丁すら、買えない』事に。
あまりにもカネが無さすぎて、なおかつ腹が減り過ぎて気が狂いそうになりながらも、足はパンコーナーに向かう。パンは個包装されているにも関わらず、確かに小麦の香りがした。
「これ食ったらとんでもない事になるような?」と頭では思っているが本能が止まらない。オレはあんぱんの包装を破って食いだしてしまった。
うめぇ……うめぇ……!! うめえええええええ!!!!!!!!!!!!
3日間水しか飲めなかった50をとっくに超えた老体に、あんこのどっしりとした甘みが味覚に突き刺さり、至福のメロディを奏でる。しかも咀嚼するたびにそのメロディが止まらない。
A5の松坂牛でもここまでの味はしなかった。美しい……実に「美しい味」だ。
そしてゴクリ、と飲み込むと空腹の胃をあんぱんが直撃する。なんて幸せなんだろう。あんぱんを飲み込むたびに幸せの波が全身に押し寄せる。幸せだ、幸せの繰り返しだ。
あまりにもの感動ぶりに涙さえ溢れ出てくる。まさかあんぱん1つで泣くとは思っていなかったが……。
「!? お、お客様!? あなた何やってるんですか!?」
その感動は唐突に終わる。コンビニ店員が店長を呼び出し、オレはバックヤードに連れて行かれる。
「どうしてこんな事をしたんだ?」
コンビニの店長が険しい顔でオレに迫る中、オレは黙って「全財産」を差し出す。
サイフすら売ってしまい、ポケットに手を突っ込んで出て来たカネは、わずか23円。それがオレの「全財産」だった。
「お金が無いんです……お金が無いんです……お金が無いんです……」
それしか言えないオウムやインコのように「お金が無い」とひたすら繰り返すしかなかった。




