第12話 断罪
「おはようございます、7時のニュースです。先日、足立区在住の医師「厚皮 大樹」容疑者が教唆の罪で逮捕されました。
厚皮容疑者は実行犯である自称何でも屋の男と共謀して交通事故に見せかけ、区内在住の男性を車ではねて殺害しようとした疑いが持たれています。
同日に実行犯と思われる34歳の男も逮捕されました。2人は調べに対し、黙秘を続けているとの事です。警察は事件のいきさつについて調べを進めているとの事です」
「!?」
抗がん剤を投与された事で免疫機能が低下し、無菌室で療養中の紗理奈は部屋に備え付けのテレビを見ていたら「パパが逮捕された」というニュースを見てしまった。
テレビの画面に映し出された逮捕された男は、パパそのもの。室内に持ち込めたキッズケータイで母親に電話をかける。
「ママ! ママ! ニュースでパパが『たいほ』されたっていってたけど、どういうこと!?」
「お客様がおかけになった電話番号は現在使われておりません。 番号をお確かめになってもう一度おかけ直し下さい」
紗理奈は7回もかけ直したが、誰も出ることは無かった。
パパに電話しても同じことだった。やはり誰も出ることは無かった。
「パパ……ママ……」
パパとママが突然いなくなるなんて、絵本に出てくるお化けに出会ってしまうよりも怖い事だ。
彼女の声を看護師さんが聞くまでの30分間、ボロボロと涙が洪水のように止まらなかった。
父親が逮捕される。というのは重大な事だ。夕方、学校が終わる時刻になってパパやママと連絡がつかなくなった紗理奈のケータイに友達から電話がかかった。
「もしもし、紗理奈ちゃん?」
「かなえちゃん、どうしたの?」
「私は紗理奈ちゃんと仲良くしたいけど、パパとママからこれからは学校で会っても絶対に話するなって言われちゃって……。
ケータイに登録してある電話番号も消すって言われちゃって、紗理奈ちゃんに連絡入れるのはこれが最後だから。
ママが紗理奈ちゃんの番号を着信拒否にするって言ってるから、かけても出れないから。ごめんね」
「!! ま、待って! かなえちゃ……」
プツン。ツー、ツー、ツー……
「……そんな」
幼稚園児時代からの友達、彼女の人生で初めてできた友達からの一方的で納得のできない別れは、まだ小学生に上がったばかりの彼女には大きかった。
パパやママに見捨てられたときは泣いていたのに、もはや流れる涙すら枯れてしまい1滴も出なかった。
電源を落としたスマホのような「完全に無」な表情でケータイを力なく握る事しかできなかった。
……パパのせいだ。
厚皮が起訴されてからおよそ1ヵ月。彼の裁判が始まる。
原告側には代表の江川 尽が立った。治療もほぼ終わり、法廷に出られるまでには回復していた。
「……このように厚皮被告は効果の無い治療法で患者から不当に利益を得ていました。証言もこれだけあります」
「……」
原告側は物証を出せたが、被告側は弁護士もつけずダンマリを決め込む。対照的な裁判が進んだ。
そして……。
「判決を言い渡す。被告は医師という立場を悪用し数多くの詐欺を働き、善良な市民に多大な健康被害を与えた罪は甚大で、加えて原告に対し報復行為として更なる犯罪行為を重ねた罪は重い。
よって、被告に拘禁刑8年の実刑を科す」
昔の「懲役8年」に相当する判決が出た。
厚皮に実刑判決が下されて数日。彼の妻、彼女からしたら気分的にはもう「元妻」が面会にやって来た。その傍には彼女の弁護士がいた。
「!? 離婚だと!?」
「ええ。奥様からあなたが逮捕されたことで『犯罪者の妻』あるいは娘が『犯罪者の娘』という不名誉を被ることになったから、離婚してくれ。との事です」
妻の弁護士から非情な宣告が出された。
「待てよ! どうにかならんのか!?」
「どうにもなりませんね。裁判をせずに和解するのなら多少は慰謝料をお安くできますが……それに病気の紗理奈ちゃんがいますよね? 彼女のためにも離婚するのをお勧めします」
「お前! 優雅な暮らしを送れたのは誰のおかげだと思ってる!? お前もオレの仕事を肯定してくれたじゃないか!」
「それとこれとは別問題よ。あなたの仕事で私の名誉を棄損した罪は償ってもらわなくては困るわね。紗理奈だってあなたのせいで困ってるだろうから。あなた父親なんでしょ? 責任取りなさいよ」
「!! 貴様ァア!」
「コラ! 厚皮! 暴れるんじゃない!」
妻の態度に頭に血が回ったのか、仕切り越しに殴りかかろうとする厚皮を看守は止めさせる。
例え仕切りがあったとしても、そこまでやろうとするとは余程許せないのだろう。全ては自らが犯した罪が始まりである、一言で言うなら「自業自得」なのだが。
結局紗理奈の親権は妻が引き取ることになり、治療費も彼女が……正確に言えば後の裁判で厚皮に慰謝料を払うよう判決が下され、それで払う事となった。
厚皮は服役を続けていた。
嗚呼……メシが不味い。麦飯だと? こんなの食い物に映らない。何だこの肉は? その辺ほっつき歩いてる野良猫の肉か?
とはいえ食事を食わねば労役をこなせない。不味いメシをえずきを抑えながら無理矢理口の中に突っ込んでいた。
「23番、便所を拭けや」
23番、と呼ばれた厚皮には「新入りの仕事」として留置所にある便所掃除が待っていた。
月収が億のオレが便所掃除か……絶望するのをとっくの昔に通り越し、虚無の表情となった彼は黙々と便所を拭いていた。
「塀の中での生活」があまりにも苦しすぎてもはや「苦痛」を感じるセンサーがマヒしていた。
厚皮が思い出すのは、贅を尽くした昔の事ばかり。元アイドルの若く美しい妻と、その血を受け継いだ最愛の娘3人と、都内のタワーマンション最上階で暮らす優雅な日々……。
人は「昔は良かった」と思うようになると、何歳であろうと衰えるのは早い。
極論になるが「昔は良かった」と思うようになると「10歳でも年寄り」になる。
厚皮は、完全に「老人」となっていた。




