8 世界衛生ウイルス研究所
○【世界衛生ウイルス研究所】
ジャクリーヌ・エクスキューショナー研究員
「この機能獲得研究は危険です! わたしは狂ってなどいません、これは真実なんです。信じてください!」
世界衛生ウイルス研究所の一室。分厚い防護ガラスの内側で、研究員ジャクリーヌ・エクスキューショナーは必死にマイクに向かって叫んでいた。
だが、ガラスの外側では、研究所長と数名の研究員が冷ややかな視線を投げかけるだけで、彼らの表情には、ジャクリーヌへの同情や理解は微塵も感じられない。
彼女の背後では、かつての同僚たちが地獄のような光景を繰り広げている。
狂暴化ウイルス ❝ウォーウイルス❞ に感染した研究員や作業員たちは、理性の欠片さえ失い、殴り合い、首を締め合い、互いに殺し合っているのだ。床は血と、その他の体液で汚れ、壁には爪痕が刻まれ、空気は鉄の異臭でよどみ、叫び声と絶望で満たされていた。
ジャクリーヌ・エクスキューショナーは必死にガラスを叩き、助けを求めた。しかし、研究所長の無表情な顔が動くことはなかった。まるで、ジャクリーヌもまた実験の一部であるかのように。
その時、背後から冷たい手がジャクリーヌの首元へ伸び、振り返る間もなく、物凄い力が彼女の喉を締め上げる。それは感染した同じ研究員で、夫のロベス・エクスキューショナーだった。
彼は温厚な性格で皆からもしたわれ、夫婦は仲むつまじく互いに励まし合いながら、研究を共に続けてきた。その夫の目が、今や血走り、獣のような唸り声を上げている。
ジャクリーヌ
「やめっ! て… ロベス……」
ジャクリーヌはもがきながら声を絞り出したが、ウォーウイルスの副作用で、夫の歯止めの無い凄まじい腕力が妻を締め上げた。
ゴキゴキッ! 異様な音が自分の中で起きて、その後は何も聴こえない。
ジャクリーヌ
(―――― ピエール、)
ジャクリーヌの脳裏に、一人息子のピエールの笑顔が浮かぶ。意識はみるみる遠退き、視界は暗くなり、ガラスの向こう側の、研究所長の姿がぼやける――――
最後にジャクリーヌ・エクスキューショナーが見たものは、研究所長の口元であった。
研究所長
「実験は、成功だ!」