57 呼ッ‼
○【ケモイチ村、集会所】
アラン・フリュイの肉体は活動を止め、闇に呑まれ息絶えている。
だが不思議とその表情には、満足の色がうかがえた。
マノン
「アランおじさん……」
静寂は落ち、ロザリーの胸に残される精気も、ふっと薄れていく。
ロザリー
「あぁ… マノン、こっちへ来て……
言わなければならないことが… あるの。」
母の呼び声に、マノンは涙顔で寄り添った。
ロザリーの瞳は、覚悟を宿している。
ロザリー
「あなたは…… わたしとアンドレの子ではないの、
―――― アランさんの子なのよ。」
その言葉が響いた瞬間、マノンの世界は感覚を失った。
鼓動だけが耳の奥で鳴り響く。
時が、まるで止まったみたいだ。
ロザリー
「もちろん、わたしもアンドレも、あなたを本当の娘として愛しているわ。
ただ… アランさんには、申し訳ないと言う気持ちもあって……」
マノン
「…… え…? そんな、嘘…」
マノンの心の、自分の信じていた家族、風景、思い出――――
すべてがグニャグニャと、音を立てて揺らぐ。
マノン
「いや!… いやだ…… わたし、どうしたら………」
マノンの母の手を握る指が震え、涙があふれた。
ロザリー
「マノン、生きるのよ…… アランさんが…
いいえ、わたしもアンドレも、あなたの幸せだけを祈っているの……」
やっと、そう話すロザリーの息は、絶え絶えだ。
村長の妻
「マノンちゃん、ロザリーさんを休ませて上げて。」
村長夫妻が、ロザリーを寝かせ、
母の手を静かに放し、ロザリーの手の温もりをまだ残したまま、マノンは表へ飛び出す。
ギヨティーヌ
「マノンさん……」
アルコル
「マノンちゃん!」
アルコルも、マノン・マドレーヌを追って集会所を出て行った。
ギヨティーヌ
(自分も追わなきゃ! いや待て… 今は俺が落ち着け!!
前世では、己の ❝超人追求❞ に夢中となり、初めての弟子をおろそかにして失ったではないかッ!
ここは、村長夫人から情報収集だ、情報収集……)
「… お話し、いますこし詳しく伺ってもよろしいでしょうか?」
村長の妻
「アランさんは赤ん坊のマノンちゃんを抱いて、トロールの丘から、この村にやって来たんですよ… あれは寒い日の夜でした……」
ギヨティーヌ
「トロールの丘をですの? ❝ロワ王国❞ から来たと言うことでしょうか。」
村長
「… くわしい話しは……」
ギヨティーヌ
「そうですか、ありがとう存じます。」
(不法入国になりますからね、お話ししにくいでしょう…
斯く言うわたくしたちも、ロワ王国にある『世界衛生ウイルス研究所』に、不法入国して来たばかりなんですけれど。
それよりもトロールさんたちが、見過ごしたのが気になります。よほど差し迫ったモノを、2人から感じとったのでしょうか?)
○【ケモイチ村、集会所の外】
マノンは一人、追いかけるアルコルも振り切り、村の正面から出て、震える手で胸を押さえながら。
自己認識の崩壊の淵へ立ち、自分の存在を消し去りたいと願うほどの中に、少女の心は行き場を失い……
マノンは声をあげず泣いた。
ウォーウイルスの感染を防ぐため、村の危急を告げたアンドレの、遺体を焼いた場所を望める小高いつづら折りに座り込むと。
外では、ようやく悪霊の影が薄れ、夜が明け始めている。
しかし彼女の胸に差す光は、まだ見えぬままだ。
マノン
(なんで… なんで全部…… 偽物だったの……
わたしなんて――――)
視界が熱き物で滲み、頬を伝って地面に落ちるのが止まらない。
呼吸は浅くなり、胸が痛む。
そこに、ギヨティーヌがそっと隣へ腰を下ろした。
ギヨティーヌ
「…… マノンさん、呼吸法が出来てませんわね。
ゆっ〜くり息を吹いて永く吐き出す。息を吐きながら、余計な事を考えるのは難しいのですわ。
吸う時は、雑念も一緒に入って来るので短く。
瞑想においても、これは基本になりますの。」
マノン
「…… お師匠さま…」
ギヨティーヌ
「型から入って、内面に影響させます。外面と内面は表裏一体ですからね。
先ず、基本の ❝型❞ を身に着け守る。
❝型❞ を身に着けたら、自分の個性で ❝型❞ を破る。
自分の道を見付けられたら、師匠のわたくの教えから離れる。
それでも、基本を忘れては駄目です。
基本は変わりませんもの。
❝呼吸法❞ は、わたくしが編み出したモノではなく、わたくしの師匠から教わった理論で、ず〜と、ず〜〜〜と昔から、有るモノなのですから。
迷ったら、基本に帰れば良いのです。
帰れる処が有ると言うのは、とても大切なことですのよ、マノンさん。」
マノンは言われるまま脚を安楽座 (胡座) にし、姿勢を正して呼吸を整えゆっくり息を吹き出して行けば。
少しずつでも、平静が戻ってくるようだ。
マノン
「…… お師匠さま。わたし… 村を、出たいです。」
ギヨティーヌ
「… そうですか……
では、レネット魔法学院に、一緒に行きましょうか。」
何も語らぬ少女の目の前へ、暁の空にまばゆく光る翼をひろげ、不死鳥は旋回し東北の彼方に飛び立って征った。
マノンはそれを見送り立ち上がると、師匠ギヨティーヌへ、
マノン
「お師匠さま、わたし、レネット魔法学院に行きます、よろしくお願いします。」
ギヨティーヌ
「ならば、稽古ですわマノンさん!」
マノン
「はい、お師匠さま!」
ギヨティーヌは顔をほころばせ、愛弟子マノンと共に、足の裏から素早く息を吸い、ゆっくり口をすぼめて吹き出す。
防御に優れる ❝型❞、足は肩幅に内股で八の字へ開き、両腕をX字から脇を締め引き込み、拳は肩の高さ逆八の字に構えた。
ギヨティーヌ
「呼ッ‼」
マノン
「呼ッ‼」
ギヨティーヌ
「チェスト━━━━!」
左右の拳を、突き出す師弟――――
マノン
「セイャ! セイ、セイ、セイ、セイ、セイ・・・」
× × ×




