56 バザラ・ウン・ハッタ
○【ケモイチ村】
―――― 夜明け前。
静かに、夜霧へ包まれるケモイチ村の、
その静寂は長くは続かない。
ズドォァァアン! ズドドドドドドドドォォァン!!
ズドズドズド! ズドドオオォ〜〜〜〜ン…………
村の上空で、不気味に暗い紫の荒れ狂う魔力の嵐が、渦を巻き吹きつけ、
家々の屋根は軋み、暗晦の焔が落ちて田野は震え、地を割る音が響き渡った。
○【ケモイチ村、集会所】
村人 アラン
「なっ、何が起きてるんだ!」
アラン・フリュイが控える村の集会所では、
ウォーウイルス感染に伏す数名の村民が、サラマンダー・パウダーを用いた治療を受けており、
その中には、少女マノン・マドレーヌの母であるロザリー・マドレーヌもいたのだが……
そこへも聞こえる、
突然の地鳴りに轟く爆音。
煙が村の東側より立ち昇るのが窓から見えた。
○【ケモイチ村】
現れたのは、ペストマスクの魔術師ゴンタセス。
全身に浮きでた符文が紅く光り、腕を振るたび、炎の呪法が村を焼いた。
村人たち
「ひ、火が……!」
「逃げろォッ!」
村民が叫び、逃げ惑う中、ゴンタセスは黙々と作業をこなす。
魔術師 ゴンタセス
「ダユーさまの愛する御 ❝姉妹❞ を、燻り出せぇぇ!」
ゴンタセスの掠れ声は悪霊を差し向け、村の家々へ入り込み這い回り、人々は怯え息を殺して、ただこの恐怖が過ぎ去るのを祈るしかない。
○【ケモイチ村、集会所】
ウォーウイルス感染症の診療所になっている、ここ集会所にも ❝闇の霧❞ は這いずり、
村長は身構え、震える村人たちは手と手を取り、医師は患者の脈を取る。
そして、村長の妻はロザリー・マドレーヌに覆いかぶさり、戦慄の過ぎ去るを待った。
皆の胸の内で、海淵よりも深き不安が渦を巻いている。
ロザリー
「マノン… マノン……」
村人 アラン
「ロザリーさん…… もう少し待っててくれ。マノンちゃんが来てくれる…」
マノンの父であり、ロザリーの夫であった、アンドレ・マドレーヌの友人、アラン・フリュイは、
アンドレが亡くなってからも折に触れ、マノンとロザリーを気にかける、誠実な男だ。
その言葉に応えるように、戸が激しく叩かれた。
「お母さん! 開けて、わたしよ!」
扉の鍵を村民が開けると、入ってきたのは、少女では無い。
不気味な黒い嘴のペスト・マスクを付け、暗き靄をその瞳に漂わす長身の男、魔術師ゴンタセス。
ゴンタセスはベッドのロザリーへ、迷いなくツカツカと近寄った。
村人 アラン
「ロザリーッ……」
魔術師の前へ立ちはだかるアランは、杖の一振りに弾き飛ばされる。
だがアランは荒い息をつきながらも、諦めず膝をついたまま、ゴンタセスにしがみついた。
魔術師ゴンタセスは、アランの頭へ杖を突き下ろす!
ウォーウイルスに侵され理性を失い、力の制御の効かぬ魔術師に、1人の犬人族が抗えるはずもない。
アラン・フリュイを闇の焔が貫き、彼の身体は床へグシャリとのめる……
空気が止まり、
ロザリーの瞳は見開かれ、声にならぬ叫びが喉に詰まった。
ロザリー
「ア… ラン! アランッ!」
アランは答えない。
マノン
「チェストォォォォォ━━!!」
息急き切って集会所へ駆け込んだ少女が1人、マノン・マドレーヌだ!
マノンが、ゴンタセスを後ろから ❝投げっぱなしジャーマン・スープレックス❞ で、集会所から放り出し、
受け身の取れぬ魔術師ゴンタセスは、❝乙の字❞ に折れ曲がった。
○【ケモイチ村、集会所の外】
しかしゴンタセスが、すぐさま姿勢を立て直そうとしている処を…
マノン
「セイヤッ! セイ! セイ! セイ! セイ! セイィ!!」
マノンは透かさず、正拳の連打を叩っ込む!
魔術師 ゴンタセス
「悪霊よ、我を護れ!」
闇に使役される悪霊の霧が唸り声を響かせ、魔術師の身体を防護し宙へ押し上げ遠ざけると、
魔術師は杖を振り上げ、暗晦の焔がそこら中へ轟き堕ちて、
ゴンタセスとマノンの距離を広げて行く。
そこへ飛び出すマノンの師匠、ギヨティーヌ・タタン!
ギヨティーヌ
「マノンさん良いですわね、征きますわよ――――」
マノン
「―――― はい、お師匠さま!」
ギヨティーヌは、『軍荼利明王』の真言を唱え、
左右の腕を胸の前でX字に組み、親指で小指を押さえ、残り3本の指を伸ばし手の甲は前へ、
『大瞋印』を結び。
マノンは、『降三世明王』の真言を唱え、
左右の手を胸の前で交差させ、2本の小指同士を絡ませ人差し指を伸ばして、残りの指は親指を上に軽く握り、
『降三世印』を結ぶ。
ギヨティーヌ
「オン・キリキリ・バザラ・ウン・ハッタ…
オン・キリキリ・バザラ・ウン・ハッタ…
オン・キリキリ・バザラ・ウン・ハッタ!」
マノン
「オン・ソンバ・ニソンバ・ウン・バザラ・ウン・ハッタ!」
ギヨティーヌ × マノン
「骨を粉にし、身を砕いて供養いたしても、未だ釈尊の御恩へ酬ゆるに足らず。釈尊の一句は了に然り、百億年の修行をも超ゆ。
師弟融合正拳。❝奥義❞ 粉骨砕身! チェストォォォォォォォォ━━━━━━━━!!」
身体の中で ドン! と音がして、
❝氣❞ へ包まれること炎の如く、
天高く盛んに燃え上がり、
マノンが、ギヨティーヌが、魔術師ゴンタセスへ、
秘術『融合正拳』を撃ち放った。
❝氣❞ の向こうから ❝光❞ は現れ、
魔術師ゴンタセスを囲む悪霊の闇の呪いを、
一直線に祓い清めて征く。
魔術師 ゴンタセス
「ゔわあ… あ…… ぁあぁぁぁぁ……………」
魔術師ゴンタセスは呻き声と共に、その場へと落ちて動かなくなった。
サラマンダー・パウダーの朱い粉末が空に舞い、メイド姿のアルコルは、ウォーウイルスに感染したゴンタセスへ、奇跡の治療薬を振りかける。




