5 生涯不敗
○【現代の街中】
生涯、格闘技を極めんとその人生の大半を、❝心・氣・体❞ の鍛錬に打ち込んできた俺、圓飛 日向、57歳だが。
謎の病気が流行し、その後は各国での戦争。インフレと世界情勢の不安定くらいは知っている。
4年に一度の『世界一武闘大会』も、一年延期となって開催された今大会。本日は、我が愛弟子にして最大のライバルとの決勝戦の日。
16の歳で初優勝して以来、10大会連続制覇する頃には『拳帝』とも、呼ばれるようになった俺である。愛弟子のため、なにより応援してくれるファンのため、この11大会目に、力を抜くことなど出来ぬ……
そう考えながら、俺は日課のランニングへ、着なれた緑のジャージを着込み外に出た。
すると、お手てつないで横断歩道を渡る、男女の小さき子供に向かって、トラックが突っ込んで行くではないか!
俺の身体は反射的に二人の子供を抱え、トラックを軽々と飛び越えてみせた。俺に掛かれば走るトラックなど、かわすは造作もない。
運転手
「ブレーキが効かなくなった〜〜〜!!」
すると、着地した俺たちへ向かってもう一台、ブレーキの壊れた大型トラックが、暴走して来た!
武術家たる者、千の敵の相手を常にする心構えをして置くものよ。
俺は子供たちをその場へおろし、足を内八の字へ構え、両腕をX字に合わせて、脇を引き締め、拳に闘氣を込める。
俺
「無上甚深微妙の法は、百千万劫にも遭い遇うこと難し。」
右手で天を指差し、左の手では地を指差すと、左足を軸に内八の字のまま、右足で地をはう如く時計回りに前へ出しす。
と同時に、天地を指差したままに、両掌の付け根を合わせ前へ突き出し、❝闘氣❞ をもってトラックを受け止めた!
俺
「奇荒眞拳 奥義『開経偈』!」
その闘氣でトラックを掴み取ると、流石の暴走トラックも勢いを止め、そのまま宙へと浮いてゆく。
俺
「チェスト━━━━━━━━━!!」
右と左の二本の人差し指を、上下へ突き出したまま、時計の針の如く両掌を回転させ天地を返した、
ドド〜〜〜〜〜ン
大型トラックもそれに合わせて回転し、上下を逆にし、大人しくなってしまう。
俺
「君たち大丈夫かな?」
子供たち
「ありがとう、おじさん。」
俺は子供たちの前へかがみ話しかけながら、2人の安全を確認する。ところが……
一転にわかに太陽の光は遮断され、真っ暗になったかと思うと、次は凄まじき灯りに包まれるや、爆風に吹き飛ばされてしまった。
俺
「ぅっ、ゴホッゴホッ、何だ? 俺もまだ… こんな風に怪我をするのか。子供のころ以来だな……」
気がつき立ち上がろうとして、俺は吐血した、2人の子供たちの、姿を見出すこともできない。
それどころか、先程の大小のトラックは、建物に突き刺さり、窓ガラスは割れそこら中に散らばる、兇器と化し、
まともに歩みを進めることさえ適わぬ。
俺
「生涯不敗と言われた流石の俺も、ミサイル一発にさえ勝てぬのか!
ええぃ、この社会さえまともなら、愛弟子のため、立ちはだかる分厚き巨大な壁となり、
それを乗り越えられぬならば、突き落とし、はい上がって来るのを、見守ることが出来たものを〜
―――― いや、57歳で社会が悪いはダメか、この愚かな世界を作り出したのは俺だ!
連続優勝も3~4回で後進に譲れば良かった…… その地位にしがみ付き、家庭さえ省みず壊してしまった……」
俺はその場へ倒れ込む、徐々に遠退いて行く意識。
俺
「… ただのミサイルでは無かったようだ…… 核かっ?!…
…… 娘に逢いたいなぁ… 妻は元気にしているだろうか。
愛弟子は、この近くに居たんじゃないのか? 無事だろうか…… あゝ感覚が消えて逝く――――」