37 正義について
紫微大王は、てっぺんだけ残った髪へ、夜風をはらませながら、己が生え際のように、これ以上後退することなく、マウンテントロールを見上げている。
歩みを辞め、痛みに耐える葦となり、かがんでいたマウンテントロールは、思案するかの如く、こちらを見下ろし、
狂暴化ウイルスに冒され、理性を失ったはずのその瞳は、紫微大王を、睨み付けている時点で、
幾分かの、確かな ❝知性❞ の光の残存をうかがわせる。
紫微大王
(ふむ…… 完全に壊れてはねぇな… まだ、対話の余地がある。)
「お前も動くの、250年ブリじゃねぇかぁ? あん時の地すべりも、酷かったゼぇ〜」
そう噴くと、大王は懐から、吹き戻し「ピロピロ笛」を取り出した。
これはクルクルの先が3つ付いていて、「ピ〜〜〜♬」と吹けば、色違いのクルクルが伸びて、もどる。伸びてもどるを繰り返す。
マウンテントロール
「グルル… ロロォォォ……」
わけが分からず、不満の咆哮を漏らそうとする、マウンテントロールに、
紫微大王
「おいおいおい! 焦っんなよぉ兄弟〜
間違えただけじゃねぇか〜 本当は、コレだっ。」
ズボンの後ろへ手を突っ込み、しばらくゴソゴソやっていたが、古びた、羊皮紙の巻物を、取り出した。
それはこの地に伝わる、『古よりの叡智の書』の写し――――
「写しかよ!」と云う無かれ。トロールたちが大昔、『言葉と謎と契約』で、ヒューマンと共存していた、名残なのだ。
紫微大王
「おい、山の主よぉ。こっちを見てるなら、まだ ❝聞く耳❞ くらいは有るんだろ?」
マウンテントロールから、呻きとも唸りともつかぬ、声が漏れる。
マウンテントロール
「グゥルル…… 聞くぅ… 問えぇ……」
その声は、岩が擦れ合うような、底深く低い響きだが、明確な意思を持っていた。
大王は片膝をつき、厳かに言葉を告げる。
紫微大王
「ならば、古の取り決めに従い、❝三問の謎❞ で勝負といこう!
勝てば去ね、敗ければ……」
マウンテントロール
「… 喰ぅう……」
紫微大王
「オレは美味いぞぉ〜〜 ワァはっはっはっはっはっ・・」
マウンテントロール
「… おぉ〜ほっ〜ほっ〜ほっ〜ほっ〜ほっ……」
トロールと、大王が笑った。
紺色に霞む大気は、モゾモゾと蠕き、その身体から生えた木々が、一斉にギシギシとしなる。
土砂は崩れて跳ね上がり、雲煙が高々と立ち昇った。
紫微大王は、巻物を解く。
紫微大王
「では【第1問】です。チャラッ♪
兄弟が〈姿を消せる ❝ギュゲスの指輪❞ が有れば、悪事に使うのは当然だ〉と話しをしています。このお話しが載ってる、本の題名は何〜んだ?
チッチッチッチッチ・・・」
マウンテントロールは低く、轟く声を低く響かせ、藍鉄色の感情が、ゴウゴウと激しくうねる。
マウンテントロール
「… 悪事に…… 犯罪について、っか?」
大王は、顔芸でワザと時間をとり散々《さんざん》に焦らして、首を横に振る。
紫微大王
「ブーーー❗ 残念〜
正解は『理想国 正義について』ぇ〜〜〜〜」
しばしの―――― 沈黙のあと、トロールは口を開く。
マウンテントロール
「… ひねくれて…… いるなぁ」
マウンテントロールの、黒い靄が渦巻く目に、
一瞬、鈍いが赤い輝きを、大王は見た。
紫微大王
「作者が、ひねた50のオヤジなんだよぉ、コイツの兄貴2人がな、こんな話しをしてやがってよ。
〈誰にも知られないんだから、不正に使うのは当たり前で、悪事に使わない奴は、哀れな大バカだ〜〉とかな、
〈真の意味で幸せになれない〉って言う奴も出て来んだけどよ『正義について』なんだよなぁ〜」
マウンテントロールの、森がざわつく。風が震え、紺色に染まる竜巻の中で、雷は低く鳴り、木々へ堕ち火が上がった。すぐ降り出す冷たい雨で、火は鎮まり、山は湯気を立てて答える。
紫微大王
「【第2問】です。チャラッ♪
この『理想国 正義について』には ❝エルの物語❞ と言う、生まれ変わりの話しが出て来ます〜が。
次に、何に生まれ変わるのか。誰が決めるでしょ〜か?
チッチッチッチッチ・・・」
マウンテントロール
「ふぅぅむ……」
トロールの額の、苔の下には皺が深く彫り込まれ、目の黒い靄が薄くなり、理性がかすかに浮かび上がってきている。
マウンテントロール
「… 神ぃ?……」
紫微大王
「ブーーーー❗ おしい!
生まれ変わる、本人が決める〜〜」
マウンテントロール
「… 嘘だ、自分で決めるハズが…… 無い!!」
紫微大王
「いいや、自分で決めんだよ。
例え悪事の10倍の罰を、死後に受けるとしても、強盗に生まれたい奴ぁ、強盗に生まれ変わんだよ。」
その瞬間、雨雲は荒波の如く狂乱し、稲妻が光り、そこかしこへと落ち、周辺の岩が爆発して砕け散った。狂暴化の波が、再びトロールを飲み込もうとしているのか。
けれど、大王は巻物を閉じ。そして、瞳を静かに伏せる。
長い沈黙のあと―――― ようやく、声が響いた。
マウンテントロール
「…… ヒューマンは… バカなのか?」
大王は、にやりと笑う。
紫微大王
「あぁ〜ぁ〜 そぉだぞぉ〜 バカだぞ、大バカだぞぉ〜 ヒューマンはぁ。
―――― では、最後の問題です。もっと酷でぇからな、3問目は! ソコんとこ良〜く、考えて回答してくださいッ。
最後の問題に正解した方には、300万点さしあげて優勝としま〜す。 (*’ω’ノノ"✧パチパチパチパチ〜」
トロールの息が荒くなる。狂暴性が猛り始めている。時間がない…… しかしそれを、知るはずの大王は、飽くまで、おちゃらけだ。




