36 黒き閃光、黒竜号
○【ケモイチ村での夜、マノン実家の宿屋の中】
マノン
「霊犬さま、霊犬さま、大丈夫ですか?」
霊犬 戌
「 ◤˶ ꈍ﹃ก ◥ わんわんお… わんわんわん…… わんわんお?!」
だんだんと、意識を取りもどす霊犬は、森のツル植物の、クラゲの刺したような痕で脚を腫らし、そして誰かがそれを介抱してくれている。
その手にも、ミミズ腫れが、出ていることに気付く霊犬。
眷属霊犬 戌
「 ◤˶⸝ᵒ̴̶̷̥ ㉨ ᵒ̴̶̷̣◥ わんわんお! わんわん… わん〜〜〜」
マノン
「失敗しちゃいました。てへへ」
眷属霊犬 戌 は、入れられた桶に敷かれる、清潔な乾いたタオルと、マノンの温かな手に保護されていた。
ここは、マノン・マドレーヌの実家の宿屋だ、彼女が ❝ケモイチ村❞ を出て2日しか経過していない。しかし、
少女には、半年も一年も、冒険へ出かけていたような、そんな感覚がある。
マノンの母であるロザリーは、当然、気が狂わんばかりに、娘の心配をしていたが、無事もどって来たのを見て安心し、眠れぬ夜をとりもどすべく、ベッドへ入っていた。
○【ケモイチ村での夜】
その間にも、地は鳴り、大気の破ける爆音が、ケモイチ村へ、近付いて来る!
たまらず、集会所から逃げ出す村人の数人が、震える声で呟いた。
村人
「―――― 目が、目が有る… こっちを睨んだ……」
ある者は尻もちをつき、ある者はガタガタ動けずにいる。
嗚呼、このまま ❝ケモイチ村❞ は、マウンテントロールに踏み潰されて、この世から跡形もなく、消え去ってしまうのか――――
紫微大王
「ありゃ〜、マウンテントロールだな〜〜」
場の空気を無神経に、逆なでする声が響く。
能天気な口調で語るのは、村の入口近くで、サラマンダー・パウダーを作っていた、呪詛ピエロの紫微大王だ。
村の広場で、ウォートロールたちを、今かと待っていた、防護服とパワードスーツの集団も、マウンテントロールの出現には、肝を潰したらしい、流石にザワついた。
紫微大王
「ただのトロールじゃねぇぞ〜〜 あれは ❝狂暴化ウイルス❞ に感染したマウンテントロールだ。厄介だぞ、こりゃあぁぁ〜〜〜」
マウンテントロール
「… グルルル… グルルル…… ロロロォォォォォォ……!!」
その、デリカシーに乏しい、大声が耳に障ったか、
マウンテントロールは吠え、宙が割れるが如き轟音で、大地は裂け、砂塵が波のように押し寄せる。
逃げるべきか? 戦うべきか?!
その答えを出す前に―――― マウンテントロールは、また一歩を踏み出した。
○【山岳魔動機関車】
その時、霧深き山岳地帯で一筋の黄色いランプが走る。
マウンテントロールの行く手と交差した、機関車両基地より、村の駅への引込線上に、突き進む黒き閃光。
型は古いが、永きに渡り皆を運び続け、引退後は子供たちの遊び場となった ❝魔動蒸気機関車❞『黒竜号』だ。
天の堕ちる煌めきも、
太山の覆る聰明も、一瞬。
ピストン音の伴奏と代わる。
魔動蒸気機関の危うき運転室を自ら選び、運命のレバーへと手を伸ばす、
翠玉と輝く光に包まれて、一人の少女の姿があった。
ギヨティーヌは、わずかチャージタイム1ミリ秒で奥義詠唱を完了する。では、奥義プロセスをもう一度見てみよう。
ギヨティーヌ
「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、万のこと皆もって、空事、戯事、真実あること無し。
奥義『煩悩具足』!」
ゆっくり動くマウンテントロールの、足元へ向かう魔動蒸気機関車には、❝火の魔素❞ でできた ❝魔石炭❞ が大量に積み込まれ、まっしぐらに突き進んで征く。
ピィィィィ〜〜ーーーーー!!
魔動列車は長く警笛を鳴らし。
速度計の針が振り切れても。
ギヨティーヌは魔石炭をボイラーへ放り込む手を止めない。
黒竜号はフル稼働して、煙を吐き出しながら、高峰の鉄路を全速力で疾走する。
最後の魔石炭は烈火の如く燃えたぎり、ボイラーが爆発寸前の悲鳴を上げた。
魔動蒸気機関車は全速力で、マウンテントロールの足へ目掛けて突っ込んだ!
ドンガラガッタ❗
ドバァァァァァ〜〜ンンン‼
黒鉄とマウンテントロールの岩肌がぶつかる地鳴りと、
ボイラーの爆発する炸裂音が、ベイト・ノワール渓谷に響き渡り、トロールの動きが遂に止まった!
黒竜号の前部分は原型を留めず、車輪は煙と共に宙を舞う。
それと同時に、翠玉色の輝きは、
黒竜号と並走して駆けて来た、古よりのサイクロン・ホース、クロ・ド・プラチナへ飛び乗ると、空の彼方へ昇って行った。
ギヨティーヌ
「(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈)ꕤ.*+ 足止めができました、感謝申し上げます『黒竜号』さま。」
× × ×
渓間は煙り立つたつ、山原は哮り立つたつ。
地鳴りは鎮静し、一時の静寂が一応に訪れる。
箪笥の角に足の小指をぶつけた時と同じく、
あまりの痛さに声が出ない状態となって、じっと息を呑み我慢を強いられるマウンテントロールであった。
だが、その沈黙を無遠慮に壊す、緊張感のない声が木霊す。
紫微大王
「俺だよ、俺、俺! 覚えてねぇか〜? 紫微だよ、紫微大王!」




