33 知恵捨て
○【ケモイチ村の集会所、夕方】
ギヨティーヌ
「皆さま、ごきげんよう。
わたくしは、リ・グランドゥ・アスピラシオン領の石鹸問屋 令嬢、ギヨティーヌ・カヌレと申します。
我がカヌレ家に伝わる、この空飛ぶ不思議な馬に乗り、旅をしておりましたら。ベイト・ノワール渓谷で、気を失い倒れたマノンさんを、みつけたので御座いますわ。
さきほど、マノンさんのお母さまには、ご挨拶して参りました。
皆さま、以後お見知りおき、お願い申し上げます。」
村人 アラン
「ありがとう、カヌレさん。皆でマノンちゃんのこと、心配してたんですよ。」
村長
「北陸道とは、遠くからいらしたんですね〜」
ギヨティーヌ・タタンは、ベイト・ノワール渓谷の ❝女の怪物❞ と云う、皆に恐れられる二つ名は、あえて使わないようにした。
村人 アラン
「… 広場にいる救援隊のことは、ご存知ですか? 世界衛生ウイルス研究所と、関係があると思うのですが。」
ギヨティーヌ
「オ・ソレイユ領から来た、救援隊と言うのなら、そうなのでしょう。
わたくしは、個人で来ておりますわ。」
(世界衛生ウイルス研究所? 何のことでしょう。)
広場に群がる、世界衛生ウイルス研究所の連中のことは、侍⚔武曲が、人狼ルー・ガルー 貪狼の眷属霊犬 戌 を走らせたはずだが、未だギヨティーヌたちの前へ姿を見せない……
○【ケモイチ村の集会所の外、夕方】
マノン
「あのぉー、お師匠さま。前からお聞きしたいと思っていたのですが、
❝チェスト❞ って、何か意味が有るんですか?」
ギヨティーヌ
「❝チェスト❞ は、❝知恵捨て❞ ですわね。」
マノン
「❝知恵捨て❞ ? ですか?!」
ギヨティーヌ
「火焔牢獄の謎を解いたマノンさんに、こんなことを言うのは、どうかな? とも思うのですけれども…
いざ戦いの場で、今更あれこれ考えると、迷ったり躊躇ったり決断ができなくて、身体が動かなくなったりしますの。ですから、あれこれ考えるのは捨てて、
稽古で身に付いた技と、感じとった情報から頭に浮かぶ法則に従い、戦うのですわ。」
マノン
「法則ですか……」
ギヨティーヌ
「法則とは単純です。
〈水は低きに流れる〉と言ったような、当たり前の『理』のことですわ。
これは、❝水❞ そのものの場合と、❝大衆❞ のことを指す場合がございます。」
マノン
「❝大衆❞ ?…」
ギヨティーヌ
「❝大衆❞ は、周囲の意見や社会の動きに流されて、同質化を望んで低い箇所へ溜まります。
学者などの専門家も、自分の専門のことしか知らない、❝大衆❞ の典型になりますわね。」
マノン
「はあ…… 難しいです、お師匠さま。」
ギヨティーヌ
「大丈夫! マノンさんなら分かるように成りますわ。
ところで、稽古がまだでしたわね。稽古ですわマノンさん!」
マノン
「はい、お師匠さま!」
マノン・マドレーヌの亡くなった父、アンドレ・マドレーヌの友人であった村人、アラン・フリュイが集会所の窓から、
そっと、マノンを心配そうに見つめる中、師弟の稽古が始まった。
マノン・マドレーヌは足を肩幅、向きは内八の字に、足で大地を掴み、
腕を胸の正面でX字から、引っ張り込み脇を締め、拳は逆八の字に肩の高さ。
呼吸は、吐くときは吹くようにゆっくり。吸うのは足の裏から素早く、身体全体を巡らせ、おヘソの下に息を貯め、お尻の骨盤底筋を締める。
マノン
「呼ッ‼」
ギヨティーヌ
「〈相手の太刀筋を見極め〉。突きや前蹴りを使い、〈自分の間合いで戦う〉。
〈彼を知り己を知れば百戦殆からず〉これも、この世の『理』、絶対不変の法則ですわ!」
マノン
「はい、お師匠さま!」
前蹴り、横蹴りをやってみせるギヨティーヌ、そしてこれを真似るマノン。
さらにギヨティーヌ・タタンは、改めてマノン・マドレーヌへ語り始めた。
ギヨティーヌ
「マノンさん、
もし村人に、ウォーウイルス感染者が出たらどうします? 戦えますか?」
マノン
「… それは……」
ギヨティーヌ
「マノンさん、まさに ❝知恵捨て❞ が必要ですのよ。
村人が暴れてお互いに傷付け合ったり、それ以上の取り返しが付かなくなる前に、
止めなければなりません。そのためには、
相手を制するための力を、迷わず使うことです。〈愛のために戦う〉ことです!
大丈夫、貴方は強い。相手を過剰に傷付けること無く、制御できます!
〈強さは愛〉ですわ!!」
○【ケモイチ村への道、逢魔時】
日が暮れると同時に、夜の闇を引裂き、ウォーウイルスの感染で、狂暴化したウォートロールの哀しき雄叫びが轟き渡った。
ケモイチ村への道のりは、岩からウォートロールへもどり、暗がりより這い出た、彼らウォートロール同士の衝突で、今や修羅場と化す。
トロールの肌は緑から減紫へ変色し、筋肉は異様な肥大化を果たしている。口からは泡を吹き出し、理性を失うその形相は、もはや知的生命体だったとは、信じられない有り様だ。
そのウォートロールが、馬防柵に導かれ、ケモイチ村ではなく、ベイト・ノワール渓谷へ誘導されて行く。




