3 ベイト・ノワール渓谷の魔物
○【ベイト・ノワール渓谷、熔岩沼地】
熔岩沼地の地表は、赤白く光り、どろどろの熔岩が、底知れぬ沼を形成している。脇の表面が硬化した部分へ足を下ろすと、踏みしめるたび、地響きは鳴り熱風が吹き出す。
ところが突然、先程までうるさく聞こえた、グツグツ煮え立つ音は静まり返り、
四方八方より視線を感じ、山中を登っているのか降っているのか判らない。同じ場所を、何度も行き来させられる感覚へと陥った。
ギヨティーヌは、胸の正面で両腕をX字にクロスさせ、両手の甲を前にし親指で小指をおさえて、残る3本の指をそろえ伸ばす『大瞋印』を結び、
『軍荼利明王』の金剛界真言「オン・キリキリ・バザラ・ウン・ハッタ」を唱える。
貪狼
「そこの可憐なお嬢さん。ご機嫌いかがですか?」
そこへ立ち現れたる一頭の狼男、❝ベイト・ノワール渓谷の魔物❞ だ。
キザな髭をたくわえ、ウェーブした長髪に香水をからませ、人狼ルー・ガルーの貪狼は、純白の燕尾服を着込み物腰柔らかく、
ベート・ノワール渓谷の熔岩沼地へ、一人舞い込んだ可憐な乙女、に見えるギヨティーヌへ声をかけ、紫色の薔薇をひざまずき差し出す。
貪狼
「美しい方へ、この薔薇を捧げさせてください。」
ギヨティーヌ
「あら〜 素敵なお花ですこと。」
貪狼
「この薔薇は、貴女のために咲いたのです。
あゝ、けれどこの薔薇も可哀想だぁ、貴女の麗しさの前では色あせてしまう……」
ギヨティーヌ
「まぁ、お上手ですわ〜」
貪狼
「貴女ともっと仲良くなるために、一緒にランチへ行きたいな〜 もちろん僕のオゴリです。」
ギヨティーヌ
「でも〜」
貪狼
「そ〜だ、この辺りには、温泉もあるんですよ。これから泊まりで、温泉デートに行きましょう。」
ギヨティーヌ
「そんな〜」
貪狼
「どお? 僕とか、タイプじゃない?」
乙女の肩へ、狼男が手をかけようとするのを、かわすが早いか、ギヨティーヌは貪狼の股間に蹴りを入れ、
貪狼
「ありがとうございます!」
前かがみになる貪狼の頭を、小脇に抱えた。
丸みのある果肉の弾力を玩味し、オオカミが洩らす感嘆の声。
貪狼
「ワォー! 美味しゅう御座います♡」
ギヨティーヌは走り出し、ジャンプ一閃、貪狼の顔面を地面へ叩き付けたと同時に、乙女の肘鉄が首筋へ突き抜ける。
貪狼
「ふ・ど・べ!!」
ギヨティーヌの両眼は輝き、果実をさっそくもぎ獲れば、果汁は滴り落ちて、酸味のある強い匂いは熔岩沼地へと染み渡って逝った。
彼女の、真っ白な歯が現れ宙へ漂い、にっこりと嬉しそうに微笑みを湛えていく。
ギヨティーヌ
「自給自足の最初の食料、ゲットですわ〜」