15 庭に咲く花
○【雲の上】
見上げれば、真藍の空を半球に一望し、
柑子に染まるふわり伸びた絨毯を、クロ・ド・プラチナが面白げに翔けて征く。
大洋を超えアトランティス大陸から、ムー大陸とレムリア大陸の堺になる、
ターラーラヤ山脈で浮遊する、宗教都市『デーヴィーマーター』に掛かる雲へ降りてきた。
マノン
「凄い凄いですよ、お師匠さま!」
マノンは後ろに乗るギヨティーヌへ興奮して語りかけるが、彼女で無くとも感動する。あっという間であった。
クロ・ド・プラチナ
「どこへ降りれば良い。」
ギヨティーヌ
「お力添え心より感謝申し上げます、クロ・ド・プラチナさま!!
ベイト・ノワール渓谷より来たのですが、目的地は、ケモイチ村で御座います!」
クロ・ド・プラチナ
「あそこの渓谷か―――― あの辺りは今、ベート・ノワールと呼ばれているのだな。
あそこに赤く見える穴には、気を付けるが良い。」
なるほど真上からだと、熱気吹き出す遺跡の穴が赤赤と燃え立つのが見えた。
マノン
「わたしたち、あの穴の近くから飛ばされて、クロ・ド・プラチナ様の所へ来ちゃったんです。」
ギヨティーヌ
「クロさま、あれは ❝火山神の心臓❞ と呼ばれておりまして、なにかご存知でしたら、何卒わたくし共に御教授ねがえないでしょうか。
この森自体がおかしいので御座います――――」
クロ・ド・プラチナ
「うむ、森に付いては分からぬが。あの赤い穴は、我が生まれてよりヒューマンによって築かれし物だ。
フェニックス共々、中へ封じられたる者は、古代文明を2度に渡り水没させた魔人である。」
ギヨティーヌ
「熔岩の沼地に、あの辺りはなっていたのですけれど、関係があるのでございましょうね……」
クロ・ド・プラチナ
「そうだろう、関わらぬのが吉だ。ところで、ケモイチ村とは何処にある。」
マノン
「あっ、あそこのつづら折りの先なんです……」
○【ケモイチ村の焼跡】
穏やかな風が麦畑を撫で、子供たちの笑い声がこだましたケモイチ村は、ウォートロールとの攻防からか、村人の感染者が狂暴化したことによるものだろうか、
今や争いの爪痕に塗り潰され、変わり果てた光景が広がる。
石畳の道は砕け、黒ずんだ焼け焦げが無残に走り、木造の家々は半ば崩れ落ち、藁葺き屋根は燃え尽きて灰となり、風がただ吹き抜けるだけだ。
クロ・ド・プラチナは広場へ降り立ち、二人をおろすと、マノンは我が家を目指し駆け出した。
かつて、祭りに賑わい村の中心であった広場は、壊れた家屋の残骸と、赤黒く染まった地面へ、折れた鋤や鍬、刃の欠けた鎌が突き建てられ、まるで村人たちの墓標のように、哀しき静寂に佇んでいる。
それでも廃墟の片隅に、マノン・マドレーヌが両親と、一昨日まで住んでいた、原型を留めぬ我が家の庭先で、花の命がわずかに息づき咲いていた。
マノン
「―――― おかしいです、今の季節にこの花は咲きません。母と一緒に植物を選んで、宿屋にお泊りになるお客さまに、一年中お花を楽しんで頂けるように、花壇を作ってたんです。
少なくとも2ヵ月は…… ズレています。」
ギヨティーヌ
(焼跡はあるのに焦臭くもありませんわ、)
「確かに最近、騒乱が起こったようでは無いですわね……」
クロ・ド・プラチナ
「我に時を駆ける能力は無い。」
ギヨティーヌ
「不思議の森の中で、2ヵ月の時間が経過してしまったと言うことでしょうか?」
マノン
「間に合わなかったんですね……」
マノンは大地に両手をつき、小さな花を包むように抱え、肩を震わせている。
失われた故郷への悲しみと、喪失感が宿る少女の姿に、ギヨティーヌは、
ギヨティーヌ
(何とかしたい! 愛弟子をこのまま放って置くことなんてできない! 何とか、何とかしたいぃぃぃ!!)
「クロさま!!」
クロ・ド・プラチナ
「うむ…… 考えたのだが、元の時間へ戻る方法が有るかも知れぬ。」
ギヨティーヌ
「それはどうするんですの?!」
クロ・ド・プラチナ
「森の秘密を解くことだ。詰まり魔人が閉じ込められし『火焔牢獄』から、フェニックスを解放することである。」
ギヨティーヌ
「確かに時間が戻るんですわね、クロさま!」
クロ・ド・プラチナ
「絶対とは言えぬ。だがフェニックスの解放は、それ程のことを起こせる事柄である。」
ギヨティーヌ
「クロさま! 先程の、遺跡の穴の場所へもう一度、連れていってくださいまし!
マノンさん聞きましたでしょ、征きますわよ!
あきらめたら、そこで試合終了です!!」
マノン
「―――― はい、お師匠さま。」
ギヨティーヌ・タタンは、マノン・マドレーヌを抱えるようにして、クロ・ド・プラチナの背へ自らも乗り込み、
後はクロ・ド・プラチナへ、まかせるのだった。