13 不思議の森
○【不思議の森】
師弟は、夜明けと共に起き出でて、ケモイチ村への道を急ぐ。すでに狂暴化したトロールたちに、村が襲われているかも知れない。村で伝染病が広まっているかも知れない……
焦る気持ちと混在して、妙に腹の座った様子の、弟子であるマノン・マドレーヌを見て、ギヨティーヌは頼もしくもあり、また心配でもある。
ギヨティーヌ
(結果が、彼女の望んだモノで無かった時、マノンさんはどうなって仕舞うのでしょう…… わたくしは師匠として、支えきれるのでしょうか?)
マノン
「お師匠さま、魔物はお師匠さまが全部倒しちゃったんですか?」
ギヨティーヌ
「あら、そんな噂も流れてますのね。ヲホホホホッ」
かつて、ベイト・ノワール渓谷は、魔物どもが跋扈し、歩くたびに地響きと硫黄の臭いと熱風が吹き出し、
熔岩沼の表面は赤白く光り、ドロドロの熔岩は泡を上げて、底知れぬ沼地を形成する難所地域であった。
ベイト・ノワール渓谷から、ケモイチ村への道は、この最大の難所である、熔岩湿地帯を踏破する必要があったのである。
しかし今や、魔物はギヨティーヌ・タタンが平らげ、熔岩沼は、雪解けの清き湧き水をたたえて、瑠璃色の鳥や虹色の蝶が舞う、夢の如き風景となっている―――― はずだった。
だが、巨石に囲まれる殺風景な岩山を発ち、ケモイチ村の感染リスク危機へと向かう師弟は、木々が深く生い茂る森に、その行く先を見失ってしまう。
ギヨティーヌ
「こんな森、この辺りに有りましたかしら。」
(魔物がいなくなったから、でしょうか?)
マノン
「お師匠さま、なんだか凄ぉ〜く暗くなって来ました。」
ギヨティーヌ
「―――― この暗さ、少し変ですわね…… マノンさん、岩山へ来た時はどうだったんですの?」
マノン
「吹雪いていたので…… それが、分からないんです。いつの間にか、岩山の前に来ていたような。」
夜明けより、さほど時間もたたぬと言うのに、日光は月光の如くあり、まるで月夜の中を進むようだ。
しかし通常の夜ならば、自分たち以外の息づかいを感じるはずが、狐の声も梟の羽ばたきも、
ギヨティーヌの耳には、何もかもの音が闇へ呑まれ、消えてしまっていた。
ギヨティーヌ
(踏む草の音も匂いさえしない、どうなっているのでしょう?)
ギヨティーヌは、上弦の月明かりに浮かぶ、木の根の絡まる石造りの古代遺跡の上へ、自分たちが立っていることに気付く。
何時の時代の物なのか、石と石との間は、髪の毛一本さえ入らぬ精密さで積み上げられ、主のいなくなった現在も、その堅牢さを保っていた。
ギヨティーヌ
(魔物は、この遺跡を本拠地に、していたのかも知れませんわね。)
だが周りを巡るも、出入り口など見当たらぬ。
ギヨティーヌ
(あそこだけ植物が生えていません、何故でしょう?)
マノン
「お師匠さま、あそこだけ木が無いですよ。」
ギヨティーヌ
「そうですわね、行ってみましょうか。」
近付いて行くと、明らかに気温が上がるのを感じ、ゆらゆらと熱気で空気が揺らぐのも、月光の中でさえ見て取れた。
かと想っていると、周りの木々は上から下へ伸び、自分たちの足元は暗黒に吸い込まれ、何も見えない。
ギヨティーヌ
「マノンさん!」
マノン
「お師匠さま!」
2人は慌てて手と手を取り合い、無事に着地できたようだが、そこは先程の森の入口である。
2人は双方を見合い、目を白黒させるばかりだ。
ギヨティーヌ
「無事ですわね。どうします、マノンさん?」
マノン
「お師匠さま、わたしこんな森はじめてです!」
と目を輝かせている。
未知に対する好奇心が、マノンの中では何を置いても上回るのだろうか? ❝女の怪物❞ と畏怖しながら、ギヨティーヌの元へ来たのもそうだ。
ギヨティーヌ
「では、またチャレンジして見ましょうか。」
マノン
「はい、お師匠さま!」
ギヨティーヌ
「ただ先程の経路ですと、同じことの繰り返しになると思いますの、どお致しましょう……」
マノン
「別の道を探すんですね! 解りました。」
マノン・マドレーヌは、お鼻「くんかくんか」、お耳「ピコピコ」させ。
マノン
「こちらです、お師匠さま!」
と、獣人独特の感覚で獣道を見つけ出し、2人は腰をかがめて通り抜け、あの高温に空気が揺らぐ場所を、上より俯瞰する小高い丘へ出た。
○【火山神の心臓を見下ろす】
激しい火熱で遺跡を焼き溶かしたか、はたまた元からそのような造りなのか、ドーム状へ積まれる石の遺跡の天辺に、真ん丸く穴が開き、内側の熱気が吹き出している。
そして、熔岩沼も周辺の熔岩湿地帯も、所々に残っていて ❝熔岩の息吹❞ とも言うべき、爆風が吹き出していた。
ギヨティーヌ
「あれが、❝火山神の心臓❞ なのでしょうね……」
この余りの熱気が奸物の侵入を拒み、手付かずの未踏の領域へ遺跡を至らしめたのかと思うと、
古人の文明に、ギヨティーヌは心を馳せる、その刹那、
穴隙より噴き上がる、赤く激しき炎の火柱。
「カーーーーーッ!」
過ぎ去りし人々の鬼哭とも、諸人を悼む吼号とも思える雄叫びが轟き渡った。
それと同時に起こる大地の鳴動。師弟の2人は抱き合い支え合う。