10 女の怪物 ①
○【ベイト・ノワール渓谷の、岩山】
そこには半年以上前より、ヒューマン型の ❝女の怪物❞ が棲み着き、ベイト・ノワール渓谷の周辺にある、熔岩湿地帯に巣食う魔物共は、この怪物に全て平らげられたと伝わる。
岩石に阻まれ人の行き着くことなど叶わぬ、ターラーラヤ山脈は奥深く、ケモイチ村の齢の頃なら13~4歳の少女が1人、迷い込んでいた。
ケモイチ村からベイト・ノワール渓谷までの、道のりに横たわる、最大の難所 ❝熔岩湿地帯❞ が吹雪で見えず、
少女が気付いた時には、周りは幾つもの大岩が散々に砕かれ、それより大きな岩は粉々に破壊され。
さらに進むともっと巨大な岩盤が真っ二つに割られていて、無かったハズの道が切通しに築かれている。
その石巌の中に、ポツンと建った掘っ立て小屋が一つ。
かたわらでは、身体中から湯気を立て、肩から伸びた長い片手に岩を持ち、もう片方の腕の、親指、人差し指、中指、薬指、小指と、
指一本で、スパスパスパと、次から次へ岩を割っていく、ヒューマン型の怪物がいた。
女の怪物、ギヨティーヌ
「ごきげんよう、そこにいると危のうございますわよ。」
魔物は振り向かぬままに、マノン・マドレーヌへ語りかけたが、その暖かい声が魔物のものとは思えず、マノンは周りをキョロキョロ見回すばかりだ。
袖口が肩までボロボロの道着の上へ乗る、長い髪を左脇で一つに束ねた怪物は見返り、そのらしからぬ微笑む瞳が穏やかに光り、マノンの凍えた心へ火を灯す。
マノン
(まっ、まぶしぃ〜)
マノンは驚き、辺りへ転がる岩の残骸のように腰は砕け、しばし動けなくなってしまった。
ギヨティーヌ
「あら、宿屋の… お弁当、美味しく頂戴いたしました。ありがとう存じます。」
(可愛いぃぃぃぃワンちゃんみたいな耳ですわぁ〜)
怪物は外聞も忘れ、久し振りに人と接する反動からか、はたまた前世で、
モフ犬 (U^ω^) と一緒に居たからか、とっても興奮してしまう。
マノン・マドレーヌの日焼けした健康的な肌に、透き通る空色ショートカットの髪、両側へ垂れるピコピコのモフ耳と、背へ丸まったモフ尻尾がプンプン縦に揺れ、彼女の感情を現していた。
ギヨティーヌ
(かっ、か、か、か、か、か、可愛えぇぇぇ〜♡)
ギヨティーヌ・タタンは少女へ近付くと、ついつい撫でたい衝動へと支配され、マノンの頭を「わしゃわしゃ〜」っとやって仕舞う。
ギヨティーヌ
((; ゜д゜) ハッ?! これはいけませんわ! 相手の了承も得ずに……)
「あ、あ〜ら、わたくし少し匂いましたかしら、湯浴みはしてるんですけれど。
あっ、この辺りって温泉が湧いてるんですのよ〜〜〜〜〜」
マノン
「いいえ良い香りです、石鹸の……」
魔物はふところから、石鹸箱を取り出し見せながら、
ギヨティーヌ
「これは、我がタタン家印の洗顔石鹸ですわ、タタン家は元々 ❝魔石炭❞ が産業なんですけど、今は石鹸・洗剤に取り組んでますから!
そうでしたわ、改めまして。」
ギヨティーヌは自己紹介をする。
ギヨティーヌ
「わたくしは、ラ・キャン帝国オ・ソレイユ守タタン家4女 令嬢、ギヨティーヌ・タタンでございます。
我がタタン家は、代々オ・ソレイユ領主として長い歴史を持つ名門で、文武共に優れ名を馳せ、農林畜水産業・魔炭鉱業など、領地経営の他、
現在、石鹸・洗剤の製造販売事業にも力を注いでおります。
わたくしの性格は穏やかで、おっとりしておりますが、大切なことに決して妥協はいたしません。
音楽と読書を好み、特にクラシックへ心を動かされております。
これからもラ・キャン帝国貴族として、国家と社会に貢献し、
オ・ソレイユ領とタタン家の名誉を護るため、しいては領民の生命財産の護り手として、粉骨砕身の努力を惜しまぬ覚悟で御座いますので、
以後お見知りおきを、お願い申し上げます。」
ギヨティーヌ・タタンは作法にのっとり、丁寧なお辞儀をした。
マノン
「はひー」
(お、お貴族さまだったなんてぇ〜)
これに驚くマノン・マドレーヌは、ペコペコするばかり。
ギヨティーヌ
「そ〜ですわ、この石鹸さし上げます!」
❝女の怪物❞ の想わぬ穏やかな話し声が、マノン・マドレーヌの心の琴線に触れ、緊張の糸はぷつりと切れた。とたんに、少女はその場へ崩れ落ち、背は小刻みに震え、ぽつぽつと雫が地面に落ちる。
ギヨティーヌ
(しまった〜〜〜 つい頭を撫でて、泣かせて仕舞いましたわ〜
見た目は女子でも転生前はオッサンなのに、世が世なら、通報事案で地域防犯メールに、注意喚起されるレベルですわよこれっ!)
戸惑い、あたふたするばかりのギヨティーヌ。
マノン
(どうして今になって……)
泣きじゃくる自分へ、声にならない問いが少女の喉の奥で震えた。