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第6話 冥歌と、ささやかな午後



 ──次の日の朝

 俺はマルコスに森へ連れて行かれた。場所は例の森だった。

 ……そう、左腕を失ったあの場所。


「ここ、俺的にはあまり良い思い出ないんだけど……」

 森の中をしばらく進むと、ここだけ木々が避けたみたいにぽっかりと開けた場所に出た。マルコスが足を止め俺を振り返る。

「昨日、お前に渡した剣を抜いてみろ」

「抜けって簡単に言うけど俺は、片腕しかないんだぞ」

「いいから早くしろ!」

 俺は苦戦しながらも言われた通りに剣を抜いた。鞘から現れた刀身は、まるで薄い氷のように透き通っている。装飾は一切ないのに、どこか神聖な美しさがあった。

「……凄い綺麗だ」

「その剣は雛時雨(ひなしぐれ)って名だ」

「……雛時雨(ひなしぐれ)

 名前を口にした瞬間、空気が少しだけ張りつめたような気がした。

「今から大事なことを言う。だから落ち着いて聞け」

「……お、おう。なんか怖いんだけど」

「お前にはなぁ……悪魔の血が流れている」

 ──何言ってんだ、こいつ!?

「は? 冗談だろ?」

「冗談じゃない、本当だ」

 マルコスの声に嘘はない気がした。ただ、ずっと俺の中にいた黒い蕾の存在を思い返すと、不思議と否定できない自分もいる。根拠なんてない。でも、身体の奥で「そうだ」と頷いている感覚があった。それが本当に血のせいなのか、魂のせいなのかは分からないけど……少なくとも俺は昔から普通じゃなかった気がする。

「……じゃあ、黒い蕾って……」

「そうだ。あれは光と闇、両方の魂を受け継いだ者にだけ現れる特殊な力だ。ただし必ず発現するわけじゃない」

 光と闇、両方の魂? なんだよそれ。まるでゲームの設定みたいな言葉なのに否定ができない。俺が異常ってことなのか、それとも特別って意味なのか?

「お前の中に黒い蕾があるって事が特別な力がある証拠だ」

 やっぱりそうなのか。名前すら俺がつけた蕾。まさか、それが特別な力の証拠だったなんて……俺は、知らないままずっと一緒に生きてきたんだな。


「翼。お前の中にある黒い蕾は、ちゃんと名がある。冥歌(めいか)って言うんだ」

冥歌(めいか)……ちゃんと名があったんだな」

「そうだ、戦闘能力が飛躍的に跳ね上がる」

 そう言って、マルコスは俺の方をじっと見ている。

冥歌(めいか)には使い方が二つある」

「二つ?」

「ひとつは、【冥来(めいらい)】武器に黒い力を宿らせる方法だ。黒いオーラを纏わせて、破壊力を底上げする」

「……武器だけ強化する感じか」

「そうだ。そしてもうひとつが【黒喰呪体(こくしょくじゅたい)】こっちは自分の身体に直接、黒い力を憑依させるやり方だと思う。詳しくは俺もしらねぇが」

「……なんか強そうだ」

「まずは【冥来(めいらい)】だけ覚えろ。【黒喰呪体(こくしょくじゅたい)】は、それこそ命を張る覚悟ができてからにしろ」

 マルコスの声に今までで一番の本気さを感じた。それだけ本気だったのだろう。

「じゃあ、試しに一回やってみろ。雛時雨(ひなしぐれ)に、黒い力を(まと)わせるんだ」

「いや、どうやんのそれ……具体的に教えて?」

冥歌(めいか)冥来(めいらい)って唱えればいい。あとは知らねぇ」

「……おい、知らねぇの?」

「当たり前だろ。冥歌(めいか)を使えるやつなんて、お前しか見たことねぇんだよ。そういうレベルのレアキャラなんだよ。お前は」

「それ、褒められてんのか微妙すぎるんだけど……」

 俺は雛時雨(ひなしぐれ)をそっと構える。

 握った瞬間、あの白い刀身がどこか静かに呼吸しているような感覚があった。


「──冥歌(めいか)冥来(めいらい)

 唱えた瞬間、刃の根本から黒いモヤのような気配がゆらりと立ち上がる。煙のようでいて液体のようでもあり、ふわふわと浮かびながら雛時雨(ひなしぐれ)の刀身を包み込んでいく。

「おお、なんか出た……けど」

 次の瞬間、バチッと空気が弾けるような音がして黒いオーラが暴走気味に拡散した。

「うわっ……こわ!なにこれ、めっちゃ手がビリビリする……っ」

「力が流れ過ぎてんだ。もっと抑えろ、放出しすぎると剣ごと吹き飛ぶぞ、多分」

「……っくそ、繊細すぎるだろ、これ……!」

 刀身の黒い気配はゆらゆらと形を変えながら俺の意志を探るようにまとわりついてくる。そのまま意識を集中して抑え込もうとすると今度は逆に全く反応しなくなる。

「なかなか制御が難しい、俺の意思に反応してるはずなのに距離感が分からない」

「お前自身がまだ迷ってる証拠だ。冥歌(めいか)ってのは力そのものじゃねぇ、お前の感情そのものなんだよ、多分な」

 俺がブレてると、こいつもブレるって事なのか? 全然わからねえ。


「武器を扱うんじゃねぇ、自分を扱え。そうすりゃ冥来(めいらい)は馴染む。多分だけどな」

「てか、冥来(めいらい)レベルでこれなら……黒喰呪体(こくしょくじゅたい)とかどうなっちまうんだよ」

「……それはもう地獄の入り口だな。多分」

「おい、さっきから多分多分って、どんだけ曖昧なんだよ!?」

「いやいや、だって俺、使ったことねーし。経験ゼロなんだから全部想像で語るしかねぇだろ」

「自信満々に想像で語んなよ!」

冥歌(めいか)持ちなんて、ほぼ天然記念物なんだから、俺が知るわけねぇだろ」

「だとしたら保護対象の扱い雑すぎるだろ!」


***


 ひと通りの説明を受けたあとは、もう無理に冥歌(めいか)に触れようとはしなかった。使いこなすには時間も覚悟もいるし、そもそも静かに生きるつもりなら触れずに済むに越したことはない。無理に力に頼らない、そんな選択肢があってもいい。マルコスの言葉には、そんな含みが感じられた。


 帰り道、森の外れに差しかかるとマルコスが立ち止まった。

「そうだ、帰る前にちょっと寄り道な。グランベリー、もう熟してる頃だ」

 そう言ってマルコスは茂みの中に入っていくと慣れた手つきで枝をかき分け、赤紫色の小さな実をひとつ摘んだ。その実を軽く指で拭って俺に差し出す。

「ほら食ってみろ。甘いぞ」

 試しに口に入れてみると見た目に反して柔らかく、じゅわっとした酸味と甘みが口いっぱいに広がった。どこかベリー系の風味に近くて野生っぽいくせに意外と美味い。

「これ、うまいな」

「だろ? 野営の時にこれがあるだけで、ちょっと幸せになれるんだよ。保存も効くし商会に売ればそこそこ値もつく」

 そう言いながらマルコスは器用に枝から実をいくつも摘み取って布袋に詰めていく。俺も隣で見よう見まねで手を動かしてみるが、すぐに潰してしまったり未熟な実を取ってしまったりでなかなかうまくいかない。

「慣れれば誰でもできるさ。採取なんてのは要は野生の感覚だ……力じゃねぇ」

 森の静けさの中、鳥の鳴き声と葉擦れの音だけが穏やかに耳をくすぐる。マルコスの横顔には戦う者というより穏やかな生活者の表情が浮かんでいた。

「……なんか、いいな。こういう時間」

 思わず口にした言葉にマルコスがちらりと笑った気がした。

「それでいいんだよ。冥歌(めいか)も、剣も、家の名前も、全部背負わなくていい。まずは、お前がどう生きたいか、それだけ考えりゃいい。菜那もそれを望んでるはずだ」

 

 その言葉は冥歌(めいか)の話よりも、ずっと俺の胸に深く沁み込んできた。


***


ザリアナの町に戻ると、マルコスは手にした布袋を俺へと押し付けてきた。


「ほら、売ってこい。お前の稼ぎだ」

 そう言い残してマルコスは背中を向け、どこかへふらりと消えていった。

 自由なやつだなと思いつつも、初めての仕事を任された気分になり少し嬉しかった。


 向かった先はランセル商会。扉を開けるとカウベルの音が鳴る。

「こんにちは、翼さん」

 マルセラは、今日も変わらず穏やかな微笑みを浮かべていた。

「あ、えっと……これ、グランベリーっていう実で少しだけ採れたんですけど」

 俺が差し出した布袋をマルセラが丁寧に受け取る。中身をひと目見ると小さく頷き、奥の部屋へと持って行ってすぐに戻ってきた。

「この季節、この実はとても貴重なんです。あの森で採れる物は質が良いので……ありがとうございます。では今回は全てまとめて銀貨二枚で買い取らせていただきますね」

「え、銀貨二枚ですか?」

 思わず声が裏返ったが、高いのか安いのか全然分からない。

 マルセラはカウンターの下から小さな木箱を取り出すと、その中から銀貨を二枚そっと並べた。

 ──二枚の銀貨。

 どう見ても札じゃない。どうやら紙幣は存在しない世界なんだな。

「ありがとうございます。翼さん、またよろしくお願いしますね」

 マルセラは柔らかな笑みを浮かべていた。その笑顔には、どこか安心させられるような力があって、ついこちらも返事を忘れそうになる。


 ──やばい超可愛い。

「あ、はい……あの……ありがとうございます」

 緊張して言葉がうまく出なかったけど、マルセラはそれでも優しく頷いてくれた。

 そんなやり取りが翌日も、そのまた翌日も続いていく。午前中は森の奥へ入り、マルコスの見守る中で冥歌(めいか)の練習と薬草や木の実の採取を行う。ただ練習しても冥来(めいらい)は、まったく使いこなせなかった。

 そして昼過ぎに町へ戻り採ってきた素材をランセル商会で買い取ってもらい、マルセラと少しだけ会話を交わす。


「こんにちは……翼さん」

「あ、こんにちは」

「今日も……また、持ってきてくださったんですね」

「はい、昨日よりちょっと多めです」

「ふふっ、嬉しいです」

 ただの挨拶、たわいもない世間話。だけど顔を合わせるたび、マルセラが名前を呼んでくれる。それだけで、なんだか少し照れてしまう。初めて会ったときから、綺麗で可愛い人だと思っていた。正直に言えば素材を売りに来るよりも、マルセラに会いに来る方がメインになってきてる。


 俺以外にも、そういう人は沢山いるんだろうな……


 最初は憧れで遠い存在だったけど、最近は目が合った時にほんの一瞬だけ彼女の頬がゆるんでいる気がするし、名前を呼ぶ声にも優しさが混じっている気がする。

 そんな気がするたびに、マルセラへの想いが少しずつ大きくなってしまう。きっと、それはただの勘違いかもしれない。それでも、この勘違いに浸っている時間が一番幸せなのかもしれないな。



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