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第4話 初めましての再会



 あまり眠れなかった。

 昨日のことが、まだ胸の奥で燻ってる。菜那さんの手紙、無くなった左腕。ぜんぶ夢だったらどれだけ楽だったなんて、そんな逃げ道ばかり考えていたら朝になっていた。まだ心のどこかが痛むけど、それでも生きている。悲しんでばかりもいられない。俺は自分に必死に言い聞かせていた。そうでもしなきゃ、前なんて向けなかったから。


 ──コンコン。

「翼、朝飯できたぞー。起きたら下に来い」

 ドアの向こうからマルコスの声が響く。

「……分かった」

 ベッドから起き上がり階段を下りる。木造の床がキシッと鳴るたびに、ここが確かに現実だと実感する。

 あ、やばい。ここガチのファンタジーの世界だ!

 木の梁がむき出しになった天井に手作り感のあるテーブル。暖炉の前には、なにかを煮込んでる大鍋。そこからは食欲をそそる匂いがふわっと広がっていた。

 そして、テーブルの横には知らない男がいる。

「若様、おはようございます」

 ふくよかで、ずんぐりとした体型。身長は俺よりも小さいけど、ガタイはずっしりしてる。毛深い腕、丸っこい顔……って、もしかしてドワーフ!?


「おい、シラス。翼のこと若様って呼ぶんじゃねぇって言ってんだろ」

 マルコスが、すかさずツッコミを入れる。

「あっ、そうでしたそうでした! すみません!」

 彼は慌てて頭を下げる。その反応があまりに律儀で、なんかちょっと可愛かった。

「翼、こいつはシラス。見ての通り、ドワーフだ」

 マルコスがパンをかじりながら、向かいの席の男を指差す。

「……えっと、翼です。よろしくお願いします」

「はい、こちらこそです」

 シラスはぺこりと頭を下げた。まんまるの顔に分厚いエプロン。手には木のスプーン。なるほど、料理担当か。


「ちなみに、シラスも川島家の生き残りだ。ただし、戦わないほうな」

「……私は非戦闘員ですから」

 そう言って、シラスは鍋をかき混ぜながら苦笑する。

 テーブルには湯気の立つスープと焼きたてっぽいパン。香ばしい匂いが空腹に容赦なく刺さってくる。異世界の飯とか不安だったけど、これは普通に美味そうだった。

「さて、翼」

 マルコスがパンをかじりながら、急にまじめな顔をする。

「静かに暮らすってのはな、どこかの家に所属するって意味でもある」

「……家?」

「そうだ。この世界じゃ、家族契約って仕組みがある。どこかの家と契約して子にならないと、まともに生活できないぜ」

 いきなり何の話だ? と思ったけど、どうやら家族契約ってのは、この世界で生きるための所属先らしい。

「親ってのは基本どこかしら領地を持ってる。つまり、その土地の主だ。そこに属してない奴、つまり“よそ者”がその領地で買い物しようとすると値段は一気に十倍だ」

「……十倍……?」

 いや、どこのぼったくり観光地だよ……

「衣食住、全部だ。パンひとつ買うにも所属してなきゃ、お客様価格でボられる。金持ちか馬鹿しか生きていけねぇ世界だよ」

 この世界は一人じゃ生きていけないんだな

「それだけじゃねぇ。とくに支援系や回復系の魔法は同じ家族じゃないと使えねぇ」

「それって、戦闘中とかに回復もらえないってこと?」

「無所属だとそうなるな。ザリアナはランセル家っていう家の領地なんだ。だから町にいる連中のほとんどが、ランセル家の子だ」

「マルコスも、ランセル家に所属してるのか?」

「ん? 俺か? 俺は無所属だよ」

「えっ……じゃあ、この町で物を買う時は全部十倍払ってんの?」

「いやいや、そんなわけあるか。俺はシラスの家に居候してんの。タダ飯上等だ」

 ちょっと待て、それ、ズルくないか?

「えっ、じゃあ。シラスさんはランセル家の人?」

「はい、私はランセル家と家族契約しております。マルコスは完全にニートでヒモです」

「おいおい、言い方ってもんがあるだろ、シラス。俺は一応、菜那の指示でこっちに残っただけなんだからな」

「はいはい、立派な寄生虫ですね。立場を弁えないと、あなたの食事がまた減りますよ?」

「うっ……」

 口では勝てないらしい。マルコスが黙り込んだ。

「翼も……早く飯、食えよ?」

「……あ、ありがとう」

 マルコスがそう言って椅子を引いてくれる。俺は、ゆっくりと腰を下ろした。

「シラスの料理、意外と評判いいんだぜ」

「……意外と、っていうのは余計です」

 静かに怒ってるシラスの目を見て、マルコスがそっと目を逸らす。

 なんだろう、この空気。知らない世界で知らない人たち。それなのに少しだけ懐かしいような、この温度。

「静かに暮らすには、このザリアナがちょうどいい。なんたって超がつく田舎だからな」

「それってつまり俺も、そのランセル家に入るってことだよね?」

「ま、そういうことになるな」

 少しだけ間を置いてマルコスが続けた。

「でも安心しろ。もしお前がランセル家と家族契約するんなら、俺も一緒に入ってやるよ」

「おっ、ついにニート卒業ですか!」

 すかさずシラスが皮肉交じりにツッコんだ。

「……うるせぇよ、シラス」

 マルコスがムッとしながらも、どこか照れくさそうに目をそらしている。

 家族契約とか家に所属するとか、正直まだよく分かってない。でも、マルコスが一緒にいてくれるなら少しだけ安心する。

「ありがとう……で、その……家族契約って、どうやってやるんだ?」

「簡単なもんさ。その家の親か、幹部の誰かに認めてもらえればいい」

 へえ、意外と簡単なんだな。けどそれって、向こうが受け入れてくれなきゃ成立しないってことだよな……

「しかし、翼様」

 シラスが少しだけ真顔になって言葉を続ける。

「一度、家族契約を結んでしまうと、簡単には契約を破棄できません。それに親の命令には逆らえなくなりますからね?」

「ランセルの親って、あの寝たきりの病人だろ? 大丈夫だって。ビビることねぇよ、あんなの」

 マルコスは気にした様子もなく、パンを追加で口に放り込む。

「マルコス……あなた、本当にランセル家の子になる気あるんですか?」

「まぁ、今んとこ、子になってやってもいいって気分だな。翼が入るならだけどな」

「ニートのくせにやたら偉そうですね」

「うっせぇよドワーフ」

「そういえば、マルコス。セレナ様は起こさなくていいんですか?」

 シラスの何気ない一言に、マルコスの手がピタリと止まる。

「……あっ……」

 ゆっくりと顔を覆うように頭を抱えた。

「完全に忘れてた。やべぇ、マジで殺される……」

 殺される? なんの話だ?

「あいつ、マジで怒ると怖いんだよ。季節が進むと睡眠時間がどんどん増えてく体質でさ……秋なんかもう最悪。一週間くらい平気で寝続ける」

「……熊みたいだな」

「だから『翼が来たら絶対に起こして』って、何度も言われてたんだよ。忘れてた俺が行ったら、確実に殺される」

「よく分からないけど……ご愁傷様です」

「よし、翼。お前が行ってくれないか?お前が寝てた隣の部屋で寝てる。たぶん……いや、絶対その方が平和的だ」

「えっ、そんな熊みたい人、怖いんだけど……大丈夫なのかよ?」

「大丈夫に決まってんだろ。セレナは、お前のことずっと“若様、若様”って言っててさ。……昔から、あいつは翼のことが大好きなんだよ。100%問題ねぇ」

「……分かった、起こしてくるよ」

 ……仕方ない。重い腰を上げて二階へと上がり、隣の部屋の扉をノックしてからそっと開けて中を覗いた。中には、小さなベッドと静かに寝息を立てる少女いや、幼女? がいた。緑色の髪が枕に広がり、頬はふわっと赤みを帯びていて……まるで人形みたいだ。


「あ、あのー起きてくださーい」

 声をかけるも、反応なし。

「おーい、起きてー!」

 すると、もぞもぞと身体が動いて、眠そうに目を開けた。


「うっ……ん……?」

 ぼんやりとした表情。目をこすりながら、ゆっくりこっちを見る。

 あれ? この子、思ってたより小さいぞ。見た目は幼稚園児くらいか?

 ぽかんと目を見開いたまま俺の顔をじっと見つめていた。数秒の沈黙のあとその目が、ゆっくりと潤んでいく。

「……若様……?」

 若様って多分、俺の事だよな?

「……えっと、翼です」


 ──名乗った瞬間

「若様……大きくなったねぇ……うっ……お帰りなさい……」

 その小さな身体が、まるで(せき)を切ったように飛び込んできた。腕は細く温かい。そして震えてる。ぎゅっとしがみついた彼女の肩が、小さく揺れていた。俺の服に顔をうずめて、涙をこらえているようだった。


「……若様、お帰りなさい……会いたかった……ずっと……っ…会いたかったよ…!」

 彼女は、しがみついたまま離れなかった。マルコス達と同様に懐かしい気配が彼女からも感じる。これは、きっと初めましての再会なんだろうな。

 でも……どうしよう。泣いてるし、抱きしめてあげたいけど。俺、片腕しかないんだよな。

「……ごめん、もうちょっとだけ待っててな」

 右腕だけでなんとか彼女の背を支える。ふわっとして軽くて温かい。細い指が、俺の服をぎゅっと握ってる。

 なにこの子、超可愛いんだけど。よく分からないけど、なんかもう急に子持ちになった気分だよ。


「よし、行こうか」

 そっと声をかけると、彼女は小さく頷いた。片腕で苦労しながらも、そっと抱えるようにして一階へ連れて行く。階段を降りると、マルコスとシラスが振り返った。

「ああぁ……やっぱり泣かせちゃったか」

 マルコスが申し訳なさそうに頭をかいていた。

「うるさい、マルコス。死ね!」

 即答だった。しかも、わりと容赦ない。

「お、おい……いきなりその暴言はひどくないか!?」

「うるさい!!」

 俺にしがみついたまま、ぷいっと顔をそらす。

「セレナ様、少し落ち着いてください。朝食が冷めてしまいますよ」

「うん、でも若様と一緒がいい」

 どうやらこの子、セレナって名前で、俺のことが大好きらしい。そして俺は今、どう見ても子連れの若パパみたいな構図になっている。でも21歳で小学生の子持ちは、流石に若すぎるか。

「ねぇ、若様。いつこっちに来たの? それに……その腕、どうしたの?」

 セレナが不安そうな目で見上げてくる。

 あれ、俺っていつ来たんだっけ? 初日は森で魔物に襲われて、左腕を失って、ぶっ倒れて。次の日、マルコスが助けに来てくれて、そのまま三日間昏睡。昨日は菜那さんの手紙を読んで、泣き疲れて寝てしまったから……

「今日で五日目かな。この腕は、初日に魔物に喰われちゃってさ」

 そう言って、苦笑いまじりに肩をすくめる。で、なんとなくマルコスの方を見ると。


 ──どうしたんだマルコス

 顔、真っ青じゃねぇか!

「ねぇ、マルコス、どういうこと?」

 セレナの声が急に低くなった。

 あ、これは怒ってる雰囲気だな。冗談とかじゃなく、ガチで怒ってるときのやつだ。

「わ、わるいっ! 許してくれっ!」

 マルコスがすかさず正座どころか土下座に切り替えた。

「若様の腕、喰った魔物は? どうしたの?」

「わ、分かんねぇ! 見つけたときにはもう、片腕なかったんだよ!」

「ちゃんと、時間通りに迎えに行ったの?」

「お、おう……」

「ほんとに?」

 セレナの声が冷たい、シラスもなんだか震えてるように見える。

「……10分、遅刻しました……」

「10分?」

「すみませんでした、ほんとは……1時間、寝坊しました……!」

「──はぁぁぁあああ!?」

 その瞬間、セレナの背後にオーラが見えた気がした。幻覚じゃないとしたら、あれは絶対魔法だろう。マルコスはその場に額を擦りつけながら、声にならない謝罪を続けていた。

「若様が死んでたら、どう責任とるつもりだったのっ!」

「ほんとにごめん、すまん、許してセレナぁああああ……!」

 セレナは怒りのままに、ぐっと手を掲げると、空気がピリッと張り詰めた。


「──大地よ、深き眠りより目覚めよ。静けき根は牙となり、脈打つ森の怒りを纏え。」


「待て待て待て待て!! バカ、それ第3章の魔法じゃねぇか!!」

 マルコスがすっ飛んできて、あわててセレナの腕を抑える。

「殺す気か!? この家ごと吹き飛ぶぞ!? 俺はともかく翼も死ぬっての!」

「セレナ様、落ち着いてください……!」

 割って入ったシラスが、真剣な目で訴えだした。

「この家は私の大事な持ち家でして……しかも、ローンがまだ残っております。できれば……外でお願いします」

「外って、シラスてめぇ、ふざけんな!」

「マルコスもシラスも、粉々にしたいけど? 若様が止めてくれたら、考えてあげても……いいけど?」


 ……うわ、やばい。完全に目が殺意モードに入ってるよ。

「いいから、セレナ、深呼吸しろっ! ほら、若様に抱きついた時のあの気持ち思い出せ! ほっこりしろ!!」 

「翼様、セレナ様を抱きしめてあげて下さい!」

 シラスは必死の表情で助けを求めてる。俺はシラスに言われた通りにセレナを抱きしめた。

「……うっ、わかった。ちょっとだけ許す……」

 セレナはぷくっと頬をふくらませて、ぎゅっと小さなこぶしを握りしめる。

「……べ、別に許したわけじゃないんだからね……」

 そう言って、ふいっと拗ねたように顔をそらした。

「でも、マルコスの寝坊は、あとでちゃんと精算するから」

「こえええええええええええ!!」


***


 セレナの怒りも、落ち着いてきた頃だった。空気が静まり返ったタイミングで、シラスが席を立つ。キッチンの奥から小さな木箱を手にして戻ってきた。

「翼様。ランセル家に入るのであれば、契約の指輪が必要になります。これが、その指輪です」

 そう言って、シラスは木箱の蓋を開ける。中に収まっていたのは銀色にきらめく指輪だった。表面は緻密な彫り込みがされていて、まるで細工物の芸術品みたいだ。

「すげぇ、綺麗だな」

 光を受けて淡く輝く銀の輪は、どこか神聖な雰囲気を纏っていた。

「ふふ、翼様のために私が仕上げました」

 シラスは、少しだけ照れたような笑みを浮かべた。

 すごい。やっぱりドワーフって、手先が器用って本当なんだな。料理や指輪、何でも作れるんだ。

「翼様専用の調整をしてあります」

 そう言ってシラスが指輪を差し出す。銀色に光る小さな輪は触れると、ほんのり温かかった。

 ……専用って、なんだろう。一瞬そう思ったけど、言葉にはしなかった。だって、その顔が本気で優しかったから。俺のために用意してくれていたのが嬉しかった。


「ありがとう、シラスさん」

「シラス、あたしのは?」

 いきなりセレナがぴょこんと身を乗り出した。俺の隣で、瞳をきらっきらに輝かせながら言う。

「え? セレナ様も、ランセル家に……?」

「なに? ダメなの?」

 ちょっとだけ頬をふくらませて、むくれるようにセレナが言うと、シラスは慌てて手を振った。

「い、いえいえ! ダメなんてそんな! 一応、セレナ様用の契約の指輪もご用意してはありますが……」

 机の引き出しをごそごそ漁りながら、ちらちらとこっちを見てくる。なんか、もの凄く動揺してる。

「……えっと、本当にランセル家で、よろしいんですか……本当に?」

「若様が入るなら、あたしも一緒に入る!」

 即答だった。しかも満面の笑みで迷いとか一切ない。これはもう決定事項みたいな空気をだしてる。

「セレナ様……お願いですから、契約したからって勝手に大魔法とか使わないでくださいね……」 

「えっ? なにそれ、ちょっとは使っていいでしょ?」

「いいえ! ダメです! 絶対ダメ! 使うとしても第1章までの魔法にしてください! それ以上の魔法は、ザリアナに甚大な被害がでますから!!」

「ちっ……分かってるよー。若様の前じゃ、おとなしくしてるってばー」


 ……いや、セレナよ。今の返しだと、全然安心できないんだけど。

 シラスが半泣きで契約の指輪を取り出す姿が、少しだけ哀れに見えた。




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