8 或るエルフと反抗期
サンのミラへの複雑な感情は、次第に彼の中で抑えきれなくなっていた。
15歳の思春期は、彼の心を乱し、愛情と混乱が混じり合った感情が反抗的な態度となって表れ始めた。
ミラはそんなサンの変化に戸惑いながらも、いつもの優しさで接しようとしていた。
ある夕方、ミラは家の裏で弓を手に持つサンを呼びかけた。
「サン、最近弓の鍛錬サボってる?」
彼女の声は穏やかで、少し心配そうだった。
だが、サンは苛立ちを隠せず、鋭く返した。
「うるさい。放っておいてくれ」
ミラは一瞬言葉を失い、小さく息をついた。
彼女の瞳には困惑が浮かんだが、サンがそっぽを向く姿を見て、それ以上何も言わなかった。
その日から、サンはミラの言葉を無視するようになった。
食事の呼びかけにも返事をせず、彼女が話しかけても黙って部屋にこもった。
ミラはそんなサンを見ながら、心に小さな痛みを抱えていた。
数日後の夕方、ミラはサンの態度に耐えかね、そっと声をかけた。
「サン……最近大丈夫? 心配事があるなら話してほしいな」
彼女の声は優しく、純粋な心配に満ちていた。
だが、サンの胸に渦巻く感情は、刃に変わった。彼は立ち上がり、ミラを睨みつけて叫んだ。
「黙れ! 本当の親じゃないお前に、僕の気持ちなんて分からない!」
その言葉が空気を切り裂き、ミラの顔から血の気が引いた。
「あ……あ……そ、そうだよね……ごめんなさい」
彼女は震える声でそう言い、すぐに目を伏せた。
だが、その瞳には確かに涙が滲んでいた。
ミラはサンの視線を避けるように背を向け、小さくつぶやいた。
「サン、私はもう寝るね……」
寝室のドアが静かに閉まる音が響いた瞬間、サンは我に返った。
自分が何を言ったのか、その重さが胸にのしかかった。
「絶対に言ってはいけない事を言ってしまった……」
サンは膝をつき、頭を抱えて呻いた。
「ああっ! 俺のバカっ……」
後悔が波のように押し寄せ、彼は明日の朝、すぐに謝ろうと心に誓った。
──翌朝
サンは目を覚ますと急いで部屋を出た。
「母さん?」
リビングに目をやったが、ミラの姿はどこにもなかった。
静まり返った家の中、机の上に一枚の紙が置かれているのが目に入った。
サンは嫌な予感に駆られ、震える手でその手紙を手に取った。
そこにはミラの筆跡でこう書かれていた。
---
サンへ
昨日は怒らてしまってごめんね。
やっぱり本当の母親じゃないから、サンに辛い思いをさせてるんだと思います。
私は、森に帰ろうと思います。
サンも大きくなったから、きっと一人で生きていけます。
15年、偽物でも母親でいさせてくれて、ありがとう。
愛していますよ。
ミラ
---
手紙には涙の跡が残り、ところどころインクが滲んでいた。
サンはその文字を読みながら、胸が締め付けられるような痛みに襲われた。
ミラが泣きながらこれを書いた姿が目に浮かび、彼の目にも涙が溢れた。
「母さん…!」
サンは手紙を握り潰し、急いで家から飛び出した。
靴も履かず、裸足のまま村の外へ向かって走った。
森への道を駆けながら、彼はミラの言葉を思い出した。
「愛していますよ」
その愛情を自分が傷つけたのだ。謝らなければ。取り戻さなければ。
サンの足は止まらず、森の入り口へと突き進んだ。