7 或るエルフと思春期
──クロノヴ歴2035年4月──
サンが15歳になった年、村は穏やかな春を迎えていた。
桜の花びらが風に舞い、畑には新しい芽が顔を出し始めていた。
サンは少年から青年へと変わりつつあり、背はミラを追い越し、声も低く落ち着いたものに変わっていた。
弓術の腕前は村でも評判になり、彼の矢は的を外すことがほとんどなかった。
ミラはそんなサンの成長を誇らしく思いながらも、彼の瞳に時折浮かぶ影に気づき始めていた。
その日、ミラは家の裏で洗濯物を干していた。
春の陽気に誘われ、彼女は袖の短い服に白いボレロを羽織り、キュロットを履いた軽やかな姿であった。
風が吹くたび、キュロットの裾がふわりと揺れ、無防備な仕草でかがむと、白い下着が一瞬覗いた。ミラ自身はそんなことに気づかず、鼻歌を歌いながら洗濯物を手にしていた。
エルフとしての美しさは年月を経ても衰えず、むしろ柔らかな光を放つように見えた。
サンは家の縁側に座り、ミラの姿を遠くから見ていた。
弓を手に持っていたが、彼の目は的に向かず、ミラの動きを追っていた。
彼女が髪をかき上げる仕草、日差しに照らされる脚——その一つ一つが、サンの胸に奇妙な熱を灯した。
顔が熱くなり、彼は慌てて目を逸らした。
だが、ミラの姿が脳裏に焼きつき、離れなかった。
サンは立ち上がり、弓を置いて家の中へ入った。
自分の部屋で膝を抱え、彼は深く息をついた。
最近、ミラが扇情的に思える瞬間が増えていた。
彼女が無防備に笑う姿や、近くにいると漂う森のような香り。
それがサンの心をかき乱した。
そして、そのたびに、彼は痛いほど思い知らされた——ミラと自分は血が繋がっていないという事実を。
「こんな気持ち……抱いちゃダメだ……」
サンは小さくつぶやき、拳を握った。
ミラは彼を育ててくれた母親だ。
彼女の愛情は純粋で、サンを守るために捧げられたものだった。
それなのに、自分がこんな感情を抱くなんて間違っている。
サンは自己嫌悪に苛まれ、胸が締め付けられるような痛みを感じた。
ミラを思うたび、愛情と別の何か——言葉にできない熱——が混じり合い、彼を混乱させた。
その夜、ミラが夕食の準備をしていると、サンは彼女を避けるように早々に部屋にこもった。
ミラはサンの態度に首をかしげたが、ただの気まぐれだろうと深く考えなかった。
彼女はいつものようにサンを呼びに行き、ドア越しに優しく声をかけた。
「サン、ご飯できたよ。出ておいで」
「……うん、すぐ行く」
サンの声はかすかに震えていた。
ミラの声を聞くだけで、彼の心は再びざわついた。
食卓に座った彼は、ミラと目を合わせないように下を向いた。
ミラはそんなサンに気づきながらも、そっと微笑んだ。
「最近忙しかったから疲れてるのかな? ゆっくり休んでね」
サンは頷くだけで、言葉を返せなかった。
ミラの優しさが彼を救うと同時に、さらなる罪悪感を植え付けた。
食事を終え、サンは再び部屋に逃げ込むように戻った。
布団の中で、彼は目を閉じ、自分を叱った。
この感情を抑えなければ。
ミラのためにも、自分のためにも。
だが、夜が深まるにつれ、サンの心は静まらなかった。
ミラの姿が浮かび、胸の痛みと熱が交錯する。
15歳のサンは、自分の心と向き合う試練に立たされていた。
皆さんは思春期はありましたか?他人の視線が突き刺さり、自分の中で膨らむ「別の自分」を恐れる時期ですよね。そんな気持ちを思い出して読んで貰えると一層楽しくなると思います。