1.テンプレを轢き殺したトラック転移物語
登校中の曲がり角、こういうところではよくあることが起こる。
僕がいつものように寝坊した髪掻きながら歩いていると、そこに「いっけなーい! ちっこくー! ちっこくゥー!」といちごジャムの塗られたトーストを咥えた美少女が曲がり角からぶつかってきた。「もーなにするのよー!」と美少女が可愛く怒っていると、そこに素早いトラックが迫ってきて、美少女を轢いた。「や、やっちまった!」と運転手が降りてきて死に物狂いで走ってどこかへ逃げようとする。するとここ一帯が謎の光でパーッと照らされて――妖精飛び交う森にいた。気づいたら俺たちは転生(転移)していた。
こんなことはここ(カクヨム、なろう)ではよく起こる。寝坊した少年と、ぶつかって轢かれた美少女と、轢いた運転手の異世界転移は。あとトラックも。学校丸ごと転移するパターンの、トラックの周辺版だ。
「よし、学校へ行こう」
「寝ぼけてるんですか! あんたは!」トラックの運転手は僕の肩を激しく揺らした。だんだんと速く揺らすから、そのまま時空が歪んで元の世界に戻してくれたらありがたい。
一方、美少女。まだ怒っていた。
「私を轢いたの誰よ! そこの冴えないあんた? それともそっちのおっさん?」
「どう見てもおっさんだろ」僕は運転手を指差す。
「いや、今の不良のトレンドはトラック暴走族だろ?」運転手は大人げなく僕の頬へ指を突き刺した。
異世界に来ても見ず知らずの人と喧嘩する。僕達人類はどれほど文明が進んでも猿のままなのですね。「ふふっ」と異世界に笑われてしまいますよ。どっちが悪だ、こっちが悪だと決めつけて美少女が僕を踏みつける。重点的に股間を。弱点を知っているとは賢い美少女だ。もっと踏んで――誰今、笑ったの? 俺じゃない、気のせいじゃない? どうぞ続けてと運転手は悪びれもなく首を振る――ピカッとそこらへんが光った。
「私です! あなたたちは転移……転生しました! 今なら能力を差し上げます。たったの500Gで! 一銭もない? 大丈夫です! 今だけですよ、今だけ! 利子40%!! さらに今能力を購入すると万里万能お掃除機ピカピカ君がついてきます!」
自分が一番偉いみたいな自信満々な顔つきで現れたのは布一枚の絶世の巨乳美女。それにしてもなんだこの、胡散臭い女は。カルト的な雰囲気漂う女に、日本人の僕らは若干引いていた。
「おい、そこの運転手、トラック乗ってどっか行こうとしない!」女神は怒鳴った。
「あんた何もんだよ」僕は訊いた。
「女神です。さっき地の文でも出たでしょう? ”女神”って」
「神様? こんな破廉恥なババアが神なわけないでしょ。それよりここどこ? 早く学校行かないと……」美少女はキョロキョロする。
「破廉恥って、古代ギリシャとか昔の彫刻でも神様って裸だったでしょ? 偉い人ほど裸なの。おこちゃまにはわかんないかな~」
「あ? なんだとババア?」早くもバフォメットのポーズをして牽制する。魔法でも出るのか?
「舐めんな、クソガキ! 豊穣すんぞ!!」女神は硬ったそうなパンを投げようとする。魔法使えよ。てか同族嫌悪だろ。
「茶番はこの辺にしておいて。ああ、もういいです。これあげます。これも、あと能力も。だからもういいでしょ? ね?」改行した隙に女神は美少女にボコボコにされていた。布一枚もボロボロで、みすぼらしい。
女神は「うえ~ん、夫~! 人間のガキに襲われた~!!」と泣きながら空の彼方へ去っていった。
こうして僕は頭の中の地図、美少女は恋の魔力、運転手は無実有罪の暴走本能の力を手に入れた。あと万里万能お掃除機ピカピカ君。
「お前がボコボコにするから女神が説明せずに帰ったじゃん」
「知らないわよ! それよりこれからどうすんの?」
「どうするって? ハハハ、知らねえよ! こんなとこにいられるか! 俺は帰るぞ!!」運転手は焦る汗に溺れんばかりの様子でトラックに乗り込み、鍵を乱暴に回す。
「お、おい??」
「止めなくていいでしょ」
「っち! かかんねえな! あ、かかった!」次の瞬間、批判殺到。トラックは勢いよく走り出して、森の木々をなぎ倒し、ごろろんガッシャーん! とそっちからとんでもない音が響いた。
「だ、大丈夫か?」
「死んだ?」
様子を見に行くとやっぱりこの運転手、また轢いていた。野営地の山賊数名を。また逃げようとしていた。「俺はやってない!」と。僕はその足を引っ掻けて転ばせた。
数名は間違いなく死んでいるようだ。他の山賊たちも「は? 死んでんな?」とか「いや、あの機械なんだよ?」とか「いや、とりあえずあいつ等殺さね?」でもって「賛成」とサーベルから槍、大斧まで担いでこっちに襲い掛かってきた。
美少女は僕の腕に掴まりながら訊いてきた。
「どうすんの?!」
だから僕は叫んだ。
「どうするって? ハハハ、知らねえよ! こんなとこにいられるか! 俺は帰るぞ!!」
僕は走った。走りました。トラックに。
「鍵かかんねえな! てか鍵ねえなぁ、おい!!」
「逃げるわよ!」
と助手席の美少女がドア開けたところ、山賊たちがもういた。
絶体絶命! 「きゃー!」と美少女は叫んだ――あれ? どうやら山賊の様子が???
「あの、いいっすよ。もうちょっとだけ待ちます。どうぞ」山賊は整列した。
「え? なんで?」僕は戸惑った。
「いや、それ動くとこもっかい見たいんで」山賊は好奇心旺盛だった。日本のお偉いがた、この人たちにも大学行かせた方がいいっすよ。
もちろん僕たちはその顔をドアで弾いて、逃げた。ついでに転んで倒れたままの運転手を踏んでおいた。二度、あと三度。
「待てや!!」
山賊も本来の犯人を忘れて僕たちを追ってきた。逃げるから追いたいのでしょう。あとふつうに僕たちを捕まえるのも簡単だからでしょう。僕は帰宅部なので、すぐ息切れして転びました。異世界の地面は痛いです。
「ちょっとちゃんとしなさいよ! 帰宅部でしょ!」
「帰宅部ってのは帰るのが早いから帰宅部なんじゃない。帰るのが遅いから帰宅部なんだ」
「じゃあ置いていってもいい?」
「まるで女子テニス部みたいに残忍だな!」
「女子テニス部でした」美少女はニヤっとウインクして走り出した。
「置いてかないでぇ~!」走る僕。
若干、美少女のちょうどいいお尻に山賊の気分がわかってきたところ、若干それを真後ろの山賊と「山賊さんはやっぱり巨乳派なんですね~」「いや、最近は美少女もいいなって同人誌漁ってんですわ」「そうなんだ。あっ、おすすめの漫画家さん紹介しますよ。まずは――」「おっと、あぶねえぞ、前見ろ!」談笑していたところ、岩肌にぶつかった。行き止まりだ。
「そ、そんなぁ~」美少女は岩肌を叩いたり、向かって前転したり、目まぐるしい異世界適応力をみせたが――残念、ファロスでした。
「ファロスもありませんでした」そもそも石がなかった。
「ふざけてる場合じゃないでしょ!」美少女は僕をビンタする。
「ふられちゃったねぇ~坊やぁ~」山賊たちがわらわらと僕たちを囲う。
今度こそ絶体絶命。「さっきの機械運転するところ見てから殺すんだぁ~」とちょっと話の分かりそうな奴もまだいるけれど、絶体絶命だ。「こっちに道ありますよ、ささコミケ行こうぜ」とコスプレまでした山賊もいるけれど、どうしたものか。
「コミケ行けばいいじゃん!」美少女は怒鳴る。
「はぁ……はぁ……それがちょっと」ここからコミケまでは遠すぎた。帰宅部の僕じゃ、体力が足りない!
そう悩んでいる間にも山賊どもは迫ってきていた。万事休すだ。
僕は今までの生涯を思い出す―― ――あんまりなかった。(素人小説家の怠惰)
「なんか悔しいです」
「だから落ち込んでる暇ないって!」美少女の指差すところ、僕たちの阿鼻叫喚、襲い掛かる山賊たちの群れ。
そうか。落ち込んでいる暇なんて無いのか。そんなことしてたら死んでしまう、置いてかれてしまう。だったら――僕はそこに落ちていた木の枝を握りしめ、山賊どもに向けた。
「美少女……何か勘違いしてないか? 今からでも助かる? 今から頑張れば間に合う? 違う、頑張れる人間だったら初めから頑張ってる。僕はそうじゃない! 僕は負け犬だ!!」
何か来る? としゃがんだり頭を守っていた山賊たちが え? 来ない? とキョロキョロ僕のほうを見た。いや、来るな! 絶対、来る! とまだ山賊たちは僕の様子を窺っている。けれど、来ない。山賊たちはついに いや、もう何かかかってるのか! と飛び跳ねて自分の体をペタペタ確認し始めた。けれど、あれ、異常ない?
「あの、なんかしたか?」ついに山賊は訊いた。
「……わからないことには答えないのが日本のジョークです」
「……やっちまえ!!!」山賊たちは襲い掛かってきた。
美少女が僕の胸をぽかぽか叩くけれど、僕は知らないふりしてるだけしかなかった。その顔に右ストレートが飛んできた。前歯が逝きました。ついでに山賊の大斧が降りかかってきました。
「きゃー!」美少女は僕に抱き着いて悲鳴を上げた。そのとき――ちょうど僕は小石を踏んで転んだ。美少女と一緒に転んだ。そして――変な姿勢。美少女とキスしてた。
「こんなときになにしてんだ?」山賊が斧をあげたまま訊いてきた。
「……死ぬ前にセッ――」
そのとき、僕の身体が眩く光った。辺り一面真っ白、自分でも瞼を閉じたけれど、それでも真っ白で閉じてるかわからないくらい。だんだんと光が散って、次の瞬間僕は――スーパー帰宅部になっていた。漲る力を纏い、少女を抱っこして、宙に浮いていた。
なんかどこかから声が、
「彼女の能力は恋の魔力、キスした男の子をベルアップさせるわ! 今、男の子のレベルが2になって成長したのよ! 一時的だけどね! 厳密には恋の経験値が――」
女神のセンシティブな解説は無視して、僕はこの力のなんかすごそうなところに自信をもった。なぜか気絶している少女を下ろし、山賊どもを指で誘った。
「来いよ」
「恋なのか?」
「ややこしくなった。かかってこい!」
「いくぞー!」
山賊たちは雄叫びをあげて僕に襲い掛かってきた。僕はその大斧をさらりと躱し、その槍をふらっと飛んで躱し、その剣をその手を掴んでくるっとソイツを転倒させた。どの攻撃もおそるるに足らず、すらすらっと見切って避けられた。身体がまだ若かったころのように軽く、頭はそこそこ冷静だった。実は割と掠っていたのを、誤魔化せるくらい冷静だった。
「くそ! 全然効かねえ! 結構当たってるのに!! 特に膝!」
実はだいぶ血塗れなのを、忘れるくらい冷静だった。というかあまり痛覚を感じない。見た目より体に影響がない。膝はちょっとチクチクするけど、全然平気だ。だがしかしこれ以上負傷したら危険そうだからそろそろ決着をつけよう。
「山賊は所詮山賊。レベル2の帰宅力には敵わないってわけだ。みせてやるよ。帰宅部の真骨頂を!!」
僕は両手で丸いものを掴むようにして、それを腰に下げて詠唱しながら、解き放っ――「これじゃないな(小声)」――そのまま片手を天に掲げてまた詠唱しながら投げつけ――「これでもないのか(小声)」――ちょっともうどうしたら必殺技みたいのが出るのかわからなくなったから、ちょうどポッケに入ってた万里万能お掃除機ピカピカ君で殴った。ビシバシ殴った。
「痛い! 痛い! ん? 痛い? いた、痛いな、痛いわ。割と痛い。いや、結構いたいかも」
これでも山賊たちは重点的に膝の骨が折れて立てなくなった。なんか地味だな、僕の力。山賊たちのいまいちな反応もしっくりこない。
「まぁ、掃除機にやられるほど雑魚だったということで」
「ぐぅ……」
こうして僕は偶然手に入れた力で山賊を蹴散らした。
僕と美少女と運転手の三人で、そいつらを檻に入れて野営地を乗っ取り、そこの資源を食い漁っ――宴をした。
「ぶんぶん~異世界だから飲酒運転しちゃうぜ~」森の中で爆走する運転手。そうやって動くのかと関心する山賊。
「また事故りそう。って私アイツに殺されたから許せないんですけど。ぶっころしてくる」美少女がそうする前に木に衝突して血塗れになった運転手。そうやって事故るのかと関心する山賊。
「あいつがちゃんと運転してたら今頃、こうなってないんだよな」僕は綺麗な夜空を見上げた。たしかに空はいい眺めだけど、家に帰れない現実は全然許容できなかった。むしろ空のほどに家が遠い気がして食い物が不味くなってきた。
「でも美少女とキスできたし、まぁ……いっか」
僕は山賊が作った大きな魚の丸焼きに手を付け、サラダも食べなさいと山菜に山賊の自家製ドレッシングをかけて召し上がった。この山賊たち、意外に料理が美味い。ついでに脱獄もうまいから、檻から出てた。
それからちょうどできたイノシシのシチューと、丁寧に作り込まれている木製のスプーンを――柔らかくて冷たい手にぶつかった。その手を辿ると美少女がニコニコ微笑んでいた。
「美少女、温めてあげ――」
「キスした。なんかさっきから唇がパッとしなかったけど、やっぱり。へぇ~?」
その後、僕は意識を無くした。ただ美少女がとても嬉しそうな様子でそれは丁寧に尖っていたフォークを握っていた気がした――僕、美少女、運転手。僕たち三人の異世界冒険はこれからだ! 木の破片の突き刺さった目玉を装着して、僕は歩き出した。
――あとがき――
完全に勢いで書いたお話。続くかは不明。