オバサンはシスコン気味? 1
ピアソン伯爵の事件は進展のないまま、日々は流れて秋になった。
誰も詳しい話を教えてくれないので、実際はどういう状況なのかはわからないけど、ジョナスは外に出たら殺害される危険があるからと、いまだに王宮の牢獄で過ごしているみたい。
こういう時だけは子供扱いなのよね。
死人が出たせいで、私を関わらせたくないって大人たちが思ってしまったみたい。
私を守ろうとしてくれているのがわかるから文句なんて言えないんだけど、情報がないほうが不安になるんだけどな。
私だってそりゃあこわいわよ?
でも金持ちの子供が狙われるのは今に始まったことじゃないし、どの家でも起こりうる事件だわ。
ただピアソン伯爵に指示を出した人間の狙いがわからないのがね、第一王子の騒動を知らない人たちからしたら不安なんだろうね。
その人がまた私を狙うかもしれないって、大人たちは警戒しているの。
私の前では普段通りにしているんだけど、特に両親がショックを受けているんじゃないかしら。
ついこの前までは田舎の成金男爵だったのに、急にいろいろなことがあって注目の的になって、娘が二度も拉致されかけるって、かなりのストレスだと思うわ。
そのほとんどが私絡みだというのが、本当に申し訳ない気分よ。
そんな緊張した雰囲気はありつつも、私は勉強と仕事に明け暮れるという、同年代の子供からしたら地獄のような日々を送っているわ。
私にとっては毎日が有意義で、楽しい日々を過ごしているんだけどね。
そして誕生日の五日前、ようやくフォースター伯爵家の方を屋敷にお招きすることが出来た。
ノアのことで改めてお礼をしたいと言われてから、どのくらい経ったかしら。
断るわけにはいかない食事会とお茶会のせいで、勉強と仕事の合間に予定していた休日がどんどん減ってしまっているわ。
天候に恵まれて秋めいた涼しい風が吹く中を、フォースター伯爵家の黒塗りの馬車が我が家に到着した。
フォースター伯爵家はクロウリーともギルモアとも接点がなかったので、祝賀会に招待していなかったし、今のままでは誕生日会に招待するのもどうかなって感じだったので、間に合ってよかった。
これでノアと会いやすくなるわ。
「本日はようこそおいでくださいました」
歴史ある由緒正しい伯爵家の方が来てくださったのだから、家族全員で玄関前でお出迎えよ。
お嬢さんはまだ幼いからお留守番だそうで、馬車から降りてきたのはフォースター伯爵夫妻とノアの三人だった。
「御多忙の中、お招きいただきありがとうございます」
て、丁寧だ。
由緒正しい伯爵家の方が、成金上がりの子爵に朗らかな笑顔で、しかも敬語で挨拶してくれている。
「子爵への陞爵、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「シェリル嬢も準男爵への叙爵、おめでとうございます」
「あ……りがとうございます」
「アッシュフィールド準男爵とお呼びしたほうがいいのかな?」
「今まで通り、シェリルでお願いします」
フォースター伯爵とはノアが初めて両親と対面した時ぶりの再会なので、沈鬱な表情をしていたあの時とは別人のように明るい顔を見てほっとしたわ。
気さくな雰囲気で話してくださり、どんな時でも品の良さが垣間見える方だから、たぶん友人が多いんだろうな。
「妻のセシルと息子のノアです。シェリル嬢のおかげでこうして家族で生活出来るようになりましたので、そのお礼を言いたくてお邪魔させていただきました」
夫人の表情も明るいわ。
ノアはあれ以来問題を起こさずに、むしろ大人びた態度と頭の良さですっかり親孝行な天才少年というイメージが定着している。
暴走させるくらいだから魔法の才能があり、いずれは王宮魔道士になるのではという噂もあるくらいよ。
「あの、その敬語はやめていただけますか? 娘は友人の相談に乗っただけだと話しておりましたし、御家族が共に暮らせるようになって喜んでいますので、お礼なんてよろしかったんですよ」
「そうですよ。ノアがすっかり明るくなって、レイフ様も王弟殿下も喜んでいました。家族が傍にいるおかげですね」
「……ありがとう」
だからもうお礼はいいのよ。
セシル夫人も涙ぐみそうになるのはやめて。
むしろ人生二周目で可愛げのない転生者を息子として大事にしてくれて、仲間としてはお礼を言いたいくらいよ。
「ではお互いに敬語はやめましょう。年もそう変わらないでしょうし、今後も友人としてお付き合いさせていただきたい」
「それはありがたい。おお、いけない。家族を紹介するのを忘れていました。妻のアマンダです。シェリルはご存知ですから……この子が長男のギルバートです」
「噂は聞いてるよ。まだ九歳だというのに、そろばん制作に関わったそうだね」
男の子は中学に入ってから背が高くなることが多いでしょ?
それまでは女の子のほうが成長が早いから、ギルバートも私より少し背が低くて見た目は子供っぽいなと思っていたのに、ノアと比べるとしっかりお兄ちゃんだったわ。
子供の一年って大きいのね。
「この子は末の娘のセリーナ。八歳なのでノアくんと同い年だね」
「セリーナです。姉がお世話になっています!」
背筋を伸ばして笑顔で言うセリーナが可愛いったらないわ。
私が記憶を取り戻した年齢になったセリーナを見て、いかに自分が異質だったかを実感したわよ。
やばかった。本当にやばかった。
両親には感謝しかないわ。
「これはまた可愛らしいお嬢さんだ」
そうでしょうそうでしょう。自慢の妹ですからね。
……ノア?
なんでセリーナを凝視しているの? 瞳孔開いているわよ?
「同世代の子となかなか馴染めなかったノアも、こちらのお子さんたちとなら仲良くやれるかもしれないね。ノアもそうは思わないか?」
「……」
「ノア?」
「うわ、は、はい」
「どうした?」
「いえ、シェリルには世話になっているので、ご両親に会うのに緊張して……」
んなわけあるかい。
こいつ、セリーナに見惚れていたな。
「そうか。ノアはシェリル嬢を姉のように慕っているからな」
今のやり取りだと、私のことを恐れているように聞こえましたけどね。
「立ち話が長くなってしまいましたね。中へどうぞ。食事の準備が出来ています」
「クロウリー子爵、敬語になってるよ」
「あ、そうだった」
両親とフォースター伯爵が屋敷の中に入り、続いてギルバートとセリーナが歩き出した。
ノアが動かないということは、何か話したいことがあるのよね?
「なあ、大変だったんだって?」
「どの話?」
大変だったことなんて山ほどありすぎて、どれだかわからないわ。
「拉致されそうになったって」
「ああ」
「チャレンジャーなやつがいるもんだな」
「どういう意味よ。ほら、歩きながら話しましょう」
お行儀のよろしい貴族の子供という服装をしていても、ノアの場合は話し始めると台無しになるわね。
ただ見た目は女の子にモテそうだし、やさしい男の子という感じなのよ。
「狙いはなんだったんだ? 犯人の父親が殺されたんだろ?」
「誰に聞いたの?」
「父上だよ。うちの両親は俺をシェリルと同じような天才だと思っているからな」
「勉強頑張れ」
「ふん。大学の名前までは思い出せないけど、これでも誰もが知っている大学を出ているんだぞ」
「前世の知識がどこまで使えるかはわからないけど、でもまあ、ノアは頭がよさそうな雰囲気はあるわよ」
「……そうか。信じてもらえるとは思わなかった」
なんでさ。
少なくとも転生者は全員、私より頭はいいと思っているわよ。
若い子のほうが学んだことを覚えているでしょ?
「でも俺は、一年で学園を卒業する気はないんだ。せっかく人生やり直しているんだから学園生活を楽しみたい」
学園生活かあ。
青春ってやつよね。
王宮で仕事をするほうが楽しいから、私はいいかな。
「セリーナってさ」
突然話題が変わったわね。
「めちゃくちゃ可愛いな」
「は?」
「一緒に学園に通えるんだな」
「はあ?」
こいつ、ちょっと頬が赤くなってない?
「何? どういうこと?」
「なんでもないよ」
もしかして、セリーナに一目惚れした?
なにこの意外な展開?
中身二十代で婚約者がいて結婚秒読みだった男が、八歳の女の子に一目惚れするってあるの?
……私と違って彼は、前世の性格より今の性格や感覚が強いのかもしれないわね。
前世と今の記憶や感覚がどんな形で融合するかは、たぶん人それぞれなんだろうけども、大丈夫でしょうね、この男。
セリーナは普通の女の子なんだからね。
「ノア。あんた、自分が伯爵家嫡男だってことを忘れないでよね」
「え?」
私の声の変化に気付いて、ノアがはっとして振り返った。
「うちは子爵家なの。あなたがセリーナを気に入ったと言えば、フォースター伯爵が縁組の話にしかねないわ。うちと繋がりが出来るってことは、ギルモアと繋がりが出来るってことよ」
「ギルモア関係なく、一番注目されているクロウリー子爵家と親しくなりたいとは思っているだろうさ。だから今日だってここに来たんだ」
「だったら、気を付けてよ」
「わかってるよ。俺だって八歳の子供にどきどきするなんて思っていなかった」
頭をかきながら頬を染めるノアは、本気で困惑しているみたいだ。
「あなたも八歳ではあるから、おかしくはないでしょ」
「言ってることが矛盾しているだろ」
「していないわよ。感情は八歳に引っ張られても、二十代の分別をわきまえてくれって話よ」
「いくらなんでも初対面でそんなふうに言われるようなことをするわけがないだろ。俺をなんだと思っているんだ」
ノアはすっかり足を止めてムキになって言った。
「それを聞いて安心したわ。私はべつにあなたがセリーナの相手としてふさわしくないなんて言う気はないのよ。あの子は普通の八歳なの。彼女がどういう子なのかしっかり知ってもらって、彼女もあなたを気に入ったなら、その時は応援するわ」
「だから最初からそのつもりだよ」
「顔に出過ぎでバレバレなのよ。今のままだとすぐに伯爵にばれるわよ」
「そんなに!?」
慌てて両手で顔をこすりだしたけど、余計に顔が赤くなるからやめなさい。
「顔に出さないようにってどうやるんだ?」
「もう一目惚れしたことは認めているのね」
「……まさかシェリルの妹に惚れるなんて」
呻きながら落ち込まないでよ。
私の妹だとなんの問題があるのさ。




