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オバサンは祝賀会でおばさんのアイドルになる  5

 ピアソン伯爵親子は近衛騎士に囲まれて会場を後にした。

 今回の件に関しては、改めて処分が下されるらしい。


 私の手にさわろうとしただけで処分か。厳しいわね。

 王弟殿下にエスコートされていなければ、身分の低い私は強く文句を言えずに終わっていたはずよ。

 ちゃんと私は手袋をしていたから触られたって大きな問題にはならないはずだし、たぶん手の甲にキスでもしようとしたんでしょ?


 オバサンには、その程度で顔を赤らめる淑女の気持ちがよくわからんのですわ。

 頬にキスされたとしても、西洋ではそれが挨拶だしね……で終わってしまう。

 子供の頃からいろんな情報が溢れている世界で暮らしていた私は、この世界の女性に比べたら()れきっているのよ。


 さすがにそれからは何もアクシデントは起こらずに、さくっと子爵家への挨拶を終えた。

 子爵家の最後にはレイフ様よ。

 今日はアレクシアをエスコートしているのでふたりは一緒にいる。


 六月に十八になったレイフ様は、多少は少年っぽさが残ってはいるけど体格も背も大人の男性と変わらないし、一見冷たそうに見える整った顔に貴公子らしい飾りの入った上着がとても似合っている。

 アレクシアだって今年十七になるんだもの。お化粧してドレスアップしたら見違えるように綺麗で艶っぽいわ。


 そのふたりが並んでいるんだから、そこだけ光り輝いているみたいよ。

 本人たちは両片想いのままなのに、他人を寄せ付けない雰囲気が出来上がっている。


「おめでとうございます。アッシュフィールド準男爵」

「ありがとうございます。イーガン子爵」


 レイフ様とふたりで気取って挨拶してから笑い出してしまった。 


「今日は一段と可愛らしいですね。馬鹿な男が現れるわけです」

「あ、そういうのはいいですから。アレクシアのほうがずっと可愛いですし」

「どちらも可愛いでしょう。あなたは本当に自分の可愛さを自覚して自重してくださいよ。冗談で言っているんじゃないんですからね」

「でも改まって可愛いって言われると気恥ずかしくて、話をそらしたくなっちゃうじゃないですか」

「え?」


 なんでそこでそんなに驚くのよ。


「照れていたんですか。それは失礼しました」

「へえ」


 王弟殿下にまで驚きの顔で覗き込まれて、顔が熱くなってきた。

 照れていたんじゃなくて、可愛いって家族以外に褒められた時って、どういう返しをするのが正解かわからないだけよ。


「その反応は年相応に見えます」

「そう? じゃあこのままでいいのかしら」

「男共が喜ぶだけだろう」


 じゃあどうすればいいのさ。

 そうよ、私は可愛いのよって顔をすればいいの?


「あ、お世辞だって受け取って軽く流せばいいんですね」

「駄目です」

「十歳、十歳」


 もうこの人たち、うるさい。

 余計にわからなくなるから話を聞くのをやめよう。


「シェリル、変に過保護なあいつらはほっといていいのよ。それよりさっき馴れ馴れしい男がいたでしょ?」


 アレクシアが私のすぐ隣にやってきて、小さな声で話し始めた。


「ピアソン伯爵令息のこと?」

「あいつ、婚約者がいるのに他の令嬢と問題を起こして婚約破棄されたばかりなんですって」

「は?」

「その話、俺にも聞かせろ」


 王弟殿下が前のめりに近付いてきた。

 殿下も知らない話なのね。


「浮気相手の令嬢は、彼に婚約者がいるとは知らなかったそうなんです。それでうちの娘が騙されたと相手の親がピアソン伯爵家に乗り込んだので、婚約者の家にも浮気がばれて、両方から多額の慰謝料を請求されているんですって」


 そりゃあ、婚約破棄しなくてはいけなくなった令嬢も浮気相手になってしまった令嬢も、下手したら傷者扱いされて次の相手を見つけられなくなってしまうもの。

 多額の慰謝料を請求することで、問題は相手側にあるんだって世間に証明しようとするわよ。

 でもそんな問題のある男が招待客の中にいるっておかしいんじゃない?


「どうやら、ピアソン伯爵が金を積んでもみ消したのでごく一部の人間しか知らない話のようです」


 レイフ様の説明に納得したわ。

 社交界で広まりそうなネタなのに、ピアソン伯爵親子がいても誰もおかしいとは思っていなかったみたいだもの。

 でもあの時、ちょっとだけ空気が張り詰めていたような気がするのよ。

 あれはこの件のせいなのかしら。


「そんな金のある家だったか?」

「それなりの伯爵家なので借金を背負うほどではないと思いますが、表沙汰にしないようにするために金をばら撒いたようですからね。かなり財政状況は厳しいのではないですか?」

「それでシェリルに取り入ろうとしたわけか」

 

 クロウリー子爵家も私もお金持ちだからね。

 ジョナスってよっぽど自分はモテるって自信があるんだろうけど、政略結婚ならまだしも、女の子が八歳も年上の男を選ぶってなかなかないんじゃない?

 まず共通の話題がないわよ。


「でも、もみ消しても情報が洩れているのね」


 お金が無駄になっているわよ?


「あちらにいる男爵令嬢が婚約破棄した御令嬢のお友達で、さっきのあの男の態度に怒って教えてくれたの。元婚約者はあの男を本当に好きだったそうで、浮気と婚約破棄のショックで部屋に閉じこもっているそうよ」

「そんな男だって結婚する前にわかってラッキーだったじゃない。むしろ、あんたなんてごめんよって頬を張り飛ばしたほうが評判がよくなるんじゃない?」

「ならないわよ」

「ならないな」


 そうですか。

 こわい令嬢だと思われて、次の縁談が遠のいてしまいますか。

 なんかさあ、やりきれないのよね。

 女性でも爵位を継げる国なのに、こういう時は女性の立場が弱いんだもん。


「ともかく挨拶を済ませてしまおう。レイフはその話をギルモアに教えておいてくれ」

「騒ぎを大きくする気ですか」

「当然だ。ちょうど高位貴族の親父たちが集まっているんだ。さっさと行ってこい」


 えーー、ピアソン伯爵って王族派でしょう?

 面倒なことになるんじゃないの?


「挨拶が終わったらクロウリーにも話しておこう。ワディンガムとの付き合いがあった時に、ピアソンとも接点があったのかもしれない。シェリル、さっさと挨拶を終わらせるぞ」

「はい」


 ローズマリー様の誕生日会の時に、招待客に挨拶をしているワディンガム公爵家の人たちの様子を見て大変そうだなあと思ったのに、まさか自分が同じことをしなくてはいけなくなるとは思わなかった。

 全員に挨拶を終えた時には、その場にしゃがみこみたくなったわ。


 でも王弟殿下はこんなのは慣れっこだし体力もあるから、挨拶が終わってほっとしていた両親を捕まえて、さっそくピアソン伯爵家の話を伝えたもんだから、お父様が怒りだしちゃって大変よ。


「少なくとも私共はピアソン伯爵家は招待していません」

「知り合いか?」

「挨拶をしたことがある程度です。ピアソン伯爵家は王族派ではありますが、ワディンガム公爵家の一族ではありませんので」

「そうか」


 招待状は主催者の王弟殿下とうちが手分けして出したはずだから、お父様が出していないとなると殿下が出したことになるのよね?

 それか招待状をもらった家の人と一緒に会場に入ったか?


「王宮に働いているやつの中に、ピアソン伯爵家の親戚がいたのかもしれない」

「それはありえますね。あ、イールが」


 両親と殿下と四人で話し込んでいたら、イールが足早に近づいてきた。


「知らせておかないといけないと思って、実はジョナスは平民の女性と問題を起こしているんですよ。付き合っていた女性が浮気相手の女性を刺したんです」

「はあ!?」


 あの男、そんなにもてるの?

 あ、伯爵令息だから?


「なんてこった。つい最近も女性問題で婚約解消されたそうだぞ」

「まじっすか」

「今、レイフがギルモアに伝えに行っている」


 そういえばイールとロゼッタ様は、私が手を掴まれそうになる瞬間を見ていたんだった。

 ふたりともジョナスの悪い噂を知っていたのね。


「あれ? そういえばイールは誰をエスコートしているの?」


 ひとりでうろうろしていていいの?


「…………母上だよ」

「まあ、親孝行で偉いじゃない。ロゼッタ様は喜んでいるでしょ?」

「ほう。ギルモアとロゼッタが仲違いしていないと証明出来たのか。プリムローズの機嫌がいいはずだ」


 王弟殿下に言われて気付いた。

 ロゼッタ様をエスコートするってことに、そんな意味まであるのね。


「まあ、はい。他にエスコートする女性もいませんしね。俺は向こうに戻ります。その話を聞いたらギルモア侯爵や母上がピアソンを追いかけていくかもしれない」

「王宮内で暴力沙汰を起こさせるなよ」


 イールは大急ぎでギルモアの関係者が集まっている場所に戻って行ったわ。

 彼も忙しそうだなあ。

 実は不憫属性があったりして。


「慌ただしいですね」

「まったくだ」

「ところで、挨拶が終わったら私は何をすればいいんですか?」

「……親しい相手と話をするとか、友人を作るために動くとか」

「はあ」

「料理を食べるとか」

「お」

「お、じゃねえ」

「殿下、言葉遣いが乱れていますわよ」


 だって親しい人ってアレクシア以外は、両親より年上の方ばかりだし、友人を作るといってもなあ。

 私の友人にと紹介はされたけど、女の子は本音では、みんな殿下目当てじゃないのかな?

 確かに年の近い女の子があちらで集まって話をしているし、男の子も知り合い同士で談笑しているけど、あの輪に入っていくのは勇気がいるわ。


「殿下、大変申し訳ありませんがお伝えしたいことが」

「なんだ?」


 王弟殿下付きの近衛騎士第四騎士団の隊長さんが、そっと殿下に耳打ちした。

 私が聞いたらまずいかもしれないから、少し離れていようかしら。

 

 両親は私と違って知り合いが多いから、さっそく何人もの人たちに囲まれているなあ。

 私もこの際、勇気をもって女の子の輪に加わってみるのもいいかもしれない。


「アッシュフィールド準男爵」


 その場に佇んだまま考え込んでいたら声をかけられたので、振り返ってびっくりよ。

 いつの間にか男の子が五人も近くにいたわ。

 人が多いから、気配や音じゃわからないのね。

 

「今日はすぐに帰ってしまうそうですね。残念です」

「誕生日会ではもっとゆっくりお話しできますか?」

「なに? おまえ、招待されてんの?」

「うちはクロウリー子爵家の商会とお付き合いがあるんだよ」


 準男爵になったからかしら。

 敬語で礼儀正しく話しかけてきてくれるなんて、さすがいいお家の子供たちだわ。

 両親がしっかり教育をしているんでしょうね。


「天才少女だとは聞いていたけど、こんな可愛いなんて」

「なあ、こんな可愛い子を初めて見たよ」


 うわあ、やめて。

 可愛い連呼はもう勘弁して。

 ジョナスみたいなやつならいくらでもあしらえるんだけど、純粋なまなざしで言われるとどうしていいかわからないんだってば。


「あ」


 男の子のひとりが私の背後を見て目を見開いて、


「じゃ、じゃあまた今度」


 慌てて離れていった。


「僕はアーサーです。覚えてくださいね」

「馬鹿、早く行くぞ」


 おお、蜘蛛の子を散らすってこういうことを言うんだって状態ね。

 結局私は、一言も話さなかったわ。

 子供相手の話の仕方をどこかで勉強しないといけないかも。


「シェリル、なんだあいつらは」


 王弟殿下、肩をいからせて近付いてこないでください。

 ただでさえ怖い雰囲気があるんですから。


「お友達を作るチャンスだったかもしれないのに」

「まずは女の友達を作れよ。それより悪いが、俺はしばらく席を外さなくてはいけなくなった」

「何かあったんですか?」

「……」


 片眼を細めて私の顔を見ながら何か考えていた殿下は、不意に身を屈めて耳元に顔を近付けた。


「レイモンドがゴールディングに会いに行くといって王宮を出た」

「へ!?」


 ゴールディングって仕事を全くしていなかった元魔道省長官じゃない。

 殿下にとっては叔父さんで、第一王子にとっては大叔父様ではあるけど、今あの人は犯罪者として軟禁されているのよ?


「あのふたりは性格が似ているところがあるから、前から仲が良かったんだ」


 第一王子ってもう十歳になったのよね?

 いえ、十歳なら大好きな人が犯罪者だと聞いても信じられなくて、会って確認したいと思うかもしれない。

 でも王子だから。

 父親である陛下の決定に文句があると思われるような行動はまずいわよ。


「急いで行ってきてください」

「もう追手は出ているから途中で確保は出来るだろうが、帰ってきてから騒ぐだろうからな。行ってくる。アレクシアを呼ぶから、両親か彼女の傍にいるんだぞ」

「はい」


 とはいっても両親は忙しそうだし、アレクシアはレイフ様と一緒にギルモアに話をしに行って捕まっているのよね。

 他に安全な場所は……ああ、あるじゃない。

 奥様方が集まっている奥のソファー席が。

 


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王弟殿下はシェリルに惹かれてるに1票!
イールの時といいシェリルが他の男の人と親しげに話すたびにドゥン!ってログインしてくるのやめてよ、殿下www (お、マウントか?!)ってなって笑ってしまうw
貴族にもシモの緩いのはいるもんだ しかし金持ってるからといって 王族が囲おうとしてる有能美少女に手を出そうとするとは 脳みそスポンジかな? >奥様方が集まっている奥のソファー席が。 そうかこれがサブタ…
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