オバサンは祝賀会でおばさんのアイドルになる 4
「今日は有意義な会になりそうだね。情報収集能力と判断能力の有無が非常にわかりやすい。ここで王弟殿下に娘を紹介するなんて、空気が読めない人は困るね」
フェネリーの大伯父様に挨拶をしようとしたら、楽しげに言われて驚いてしまった。
伯爵家のフェネリーが侯爵家のエフィンジャーに、こんなにはっきりと嫌味を言ってもいいものなの?
「なんだと」
ほら、むっとして睨んできた……けど、なぜかすぐに顔を背けてしまった。
この反応は知っているわよ。
フェネリーの大伯父様の後ろを見たら、やっぱりね。
順番に並んでいたはずのロゼッタ様やプリムローズ伯爵をはじめとする中立派の伯爵家の方々が、エフィンジャー侯爵を睨んでいた。
ここにはクロウリーの親戚がたくさんいるんだもん。エフィンジャー侯爵にとってはアウェイなのよ。
最近、ロゼッタ様とギルモアとの関係が修復されて団結力が高まっているのもあって、せっかくの祝賀会の邪魔をするやつは許さんというオーラが出ているの。
「こんな失礼な者ばかりの会にいる必要はない。帰るぞ」
さすがに分が悪いと思ったのか、エフィンジャー侯爵は撤退することを選んでくれた。
「え? お父様、でも……」
「ぐずぐずするな。役に立たないくせに」
だからって、娘に当たるのはひどいんじゃない?
エフィンジャー侯爵がビヴァリー嬢の腕を掴んで早足で歩きだしたので、よろめいてしまっているわ。
あんなに強く掴んだら痣になるのに夫人は何も言わないで、何もなかったかのように微笑んで胸に手を当てて一礼して背を向けた。
「相変わらずの男だ」
王弟殿下はもう興味を失くしたみたいだけど、ビヴァリー様は大丈夫かしら。
「せっかくの祝賀会なのに嫌ねえ。あなたが気にすることはないわよ」
ロゼッタ様が私の表情に気付いたようで、話しかけてくれた。
もう挨拶の順番はどうでもよくなってるわね。
「あの娘も問題はあるが、父親に振り回されて気の毒なことだ」
「そうなんですよ」
フェネリー大伯父様の言葉にロゼッタ様が深く頷いた。
「エフィンジャー侯爵はどうしても自分の娘を王弟殿下に嫁がせたくて、まだ婚約者を決めないんですって。もう十七になるっていうのにね」
ロゼッタ様、王弟殿下の目の前でその話題はどうなんですか。
「殿下ははっきり断っているんですよね」
しかも王弟殿下に話を振ったわ。
「そうだ」
「年上は好みではないのでは?」
「……そうだな」
「やめなさい」
満足げに微笑んでいたロゼッタ様を止めたのはプリムローズ伯爵だ。
「ようやくアッシュフィールド準男爵に会えたのに、そんな話題ばかりで嫌われてしまったらどうするんだ。少しはおとなしくしていなさい」
「はーい」
「話は聞いていたが、こんなに可愛らしいお嬢さんだったとは。先日の会議を欠席したのが悔やまれる」
さすが親子ね。並ぶと目元がちょっと上がっているところや口元がよく似ているわ。
つまり、ギルモアよりもロゼッタ様に顔の似ているイールは、プリムローズ伯爵にも似ているってことよ。
「初めまして。プリムローズ伯爵」
「きみのおかげで娘の誤解が解けて、孫とも気軽に会えるようになった。ありがとう」
「いえ、私は何も」
「ギルモア侯爵を叱ってくれたそうじゃないか」
「えええ!? そんなまさか」
ひやあ、あれは私の黒歴史なのに、なんで広まっているの?
大伯父様が話したのよね? なんで?
「やっぱりあなたは明るい色が似合うじゃない。今日は一段と可愛いわよ」
「そうでしょう? いつも私が選ぶドレスは派手すぎるって言うんですよ」
お母様まで話にはいってきた。
前世では親戚づきあいが全くなかったから味わったことがなかったけど、これが親戚のおじさんやおばさんに話題にされた時の気恥ずかしさなのね。
「これからはそういうドレスを着なさい。リボンなんかつけなくていいから、明るい色を選んで、ほっそりとして手足の長い体にあったデザインのドレスにするべきよ。ね、殿下、今日のシェリルは素敵ですよね?」
「そうだな。でもいつもかわいいぞ。王宮の人気者になっている」
「あら」
ロゼッタ様、そのにやにや顔は何か誤解していない?
私と殿下の間には何もないですよ?
こうして主だった身内が揃ったおかげで改めて思ったわ。
私は一大勢力の身内として認められて、庇護対象になっているのよ。
ギルモアとフェネリーだけでも強い力を持っているのに、そこに中立派の伯爵家が加わってしまったんだもん。王族だって無下には出来ないんだ。
祝賀会はヒロインを取り込むためとばかり思っていたけど、私の親戚の方々を敵に回さないためでもあったのね。
中立派って王家ともそれなりにいい距離感を保っているから、今の関係を崩したくないんだろうな。
「中立派の伯爵や親戚の者達が子供を連れてきていますが、彼らはアッシュフィールド準男爵が同じ年齢の子供と話が合わないと聞いて、年上ならば友達になれるのではないかと娘を連れてきているんです」
プリムローズ伯爵の説明に殿下は笑顔で頷いた。
「わかっている。シェリルは友人が少ないからな。周りの大人としては心配なんだろう」
「いやいや、ギルモアやフェネリーの方々を差し置いて、私がそのような心配を出来る立場ではないですよ。ただ、娘のロゼッタがこうして笑顔で暮らせるようになったのは、アッシュフィールド準男爵の力も大きいと聞きまして、そんな素敵な子ならば、うちの子の友人になってもらいたいと思う親が多かったんですよ。どうだろう、アッシュフィールド準男爵。紹介してもいいかな?」
「プリムローズ伯爵、シェリルと呼んでください」
「おお、それは嬉しいな」
実は私の話を聞いた後、大伯父様はすぐにロゼッタ様の話を聞きに行ったそうなのよ。
びっくりじゃない?
侯爵が子供の話を聞いてすぐに動くって。
ロゼッタ様は、その時はまだ大伯父様を信用していなかったから、詳しいことは全員が集まる場で話すということで解散になったんだけど、あの修羅場の日にもドイルやデイルが横から口を挟もうとするのを黙らせて、大伯父様はしっかりとロゼッタ様の話を聞いてくれたそうなの。
途中で私たちが顔を出して、あの騒ぎになっちゃったんだけどね。
そのおかげで、ロゼッタ様は大伯父様と大伯母様と仲直りして、今ではすっかり本当の親子のように仲良しになって、それにイールともいい関係を築けたでしょ?
マリーゴールドの瞳以外は自分によく似ている孫が、プリムローズ伯爵はすっかりお気に入りで、彼と話せるようになったのも私のおかげだと感謝しちゃっているみたい。
さすがにそれは、私は全く関係ないのにね。
それからもいろんな方にご挨拶したんだけど、とっても平和に時間が過ぎた。
お嬢さんたちはビヴァリー嬢の騒ぎを見ていたから、決して自分から王弟殿下に話しかけず、私と挨拶をして少し言葉を交わすだけ。
中には積極的に私と親しくなろうとする人もいて、お茶会に誘われたわ。
それでずいぶんと気が楽になって、男の子を紹介されても友達が増えればいいなと身構えずに話していたつもりだったのに、どうも私は他の女の子の普通の感覚がわかっていないらしい。
「シェリル、十歳だということを忘れている」
「え? 今更ですか?」
「男に対しての少女の反応とかけ離れた反応をしているぞ」
王弟殿下に、まさかこんなことを言われるとは思わなかった。
少女の反応って、王弟殿下に対する女の子たちの反応みたいなやつ?
頬を染めて、瞳を輝かせてうっとり見つめるみたいな?
いやそれは無理。
「女の子は普通は騎士に憧れているもんだ」
「制服大好きってやつですね」
「違う」
「私は、剣が強い人より仕事の出来る人のほうが好きです。騎士でも気が利く人やさりげない気遣いの出来る人は、素敵だと思います。それと王族の我儘に振り回されて気の毒だと」
「俺は振り回してなどいないぞ」
自覚がないのが一番困るのよね。
「まあいい。次で伯爵家は最後だな」
まだ子爵家と男爵家が残っているのか。
挨拶が終われば私のノルマは完了よ。
すぐに帰ったりはしないけど、子供は長居しなくていい事になっているの。
「アッシュフィールド準男爵、おめでとうございます」
「ありがとうございます、ピアソン伯爵」
「私どもの名前をご存知でしたか」
「出席していただける方のお名前を知っているのは当然ですわ」
あら? なにかしら。
ちょっと空気がぴりついている気がする。
「さすが優秀だ。ああ、こいつは長男のジョナスです。領地経営を学んでいるところなんですよ」
「ジョナスです。よろしく?」
なんで疑問形?
黒髪の巻き毛のイケメン登場。
睫毛の長い大きな目に綺麗に整えられた眉、少し厚い唇のどことなく夜の匂いがするホストみたいな青年だ。
だいぶ年上じゃない? 二十前後よね。
イケメンなんだけど、美形が周りに多いもんだからありがたみを感じないわ。
それに自分がイケメンですって自覚しているタイプよね?
じーっと私だけを見ていて、なんだろうとそちらに目を向けたらにこっと微笑まれた。
「アッシュフィールド準男爵は学園を一年で卒業しなくてはいけないと聞いているんですが」
「はい」
「大変ですね。友達を作る大切な時期なのに、勉強ばかりじゃつまらないでしょう」
声が小さいな。
でも傍に近寄りたくないから、曖昧に笑って誤魔化そう。
「たまには気分転換に出かけたほうがいい。僕がいい場所を教えてあげるよ」
今度はこちらに近付いて来ようとしたので、私も半歩後ろに下がった。
なんでこんな場所で相手との間合いを取って動かないといけないのよ。
「ぜひ今度、僕に時間をください。ふたりだけで出かけ……」
あ、手を伸ばしてきた。
掴まれると思って身を引いたら、よろめいて王弟殿下にぶつかった。
「ひっ!」
同時に私に触れた相手の指に電流が流れて、ピカピカと指輪が点滅しだした。
これは、派手にやりすぎじゃない?
どうやったら止まるの?
「きさま、何をしている!」
指輪を止めようと夢中になっていたら、王弟殿下が私を引き寄せて庇いながらジョナスの胸ぐらを掴んだ。
「な、何ってお話を……」
「シェリル、そうなのか?」
「腕を掴まれそうになりました。それで防御魔法が反応して雷属性の魔法が発動して、指輪がこの通り光り出しました」
火傷するほどの電流じゃないのよ?
罰ゲームで使われる程度の弱いやつよ。
「なんでそんな嘘を言うんだい? きみにさわろうなんて考えるわけないだろう?」
「じゃあ、指輪はどうして光っているの? これは魔道具よ」
ジョナスって度胸だけはあるのね。
バタバタと周りに私の保護者が集まってきているこの状況でも、顔色ひとつ変えていない。
「間違いなくこの男はシェリルの手を取ろうとしたわよ。また何かやらかすかもって思って、私はしっかり見ていたわ」
「俺も見ていた。ピアソン伯爵がこいつを連れてきた時点で、絶対に目を離すなって身内全員に注意がいっていたしね」
ロゼッタ様とイールがそれぞれ違う方向から駆け寄って来た。
やっぱり親子だなあ。
「私も見ていました」
「私もです」
思っていたより大勢の人が見ていたのね。
ジョナスってもしかして注目されている男なの?
「王弟殿下、彼女は魔法を使ったんですよ、王宮で。そのほうが問題ではないですか!」
魔法に文句をつけるとは、ピアソン伯爵も考えたわね。
「それがどうした。無礼な輩には魔法を使ってかまわないと許可を出してある」
「……は?」
「おまえの息子のような馬鹿がいるかもしれないからな」
「光ったのは私が贈った指輪のせいですよ」
人が集まり始めている間を抜けて、フェネリーの大伯父様が片手をあげながら近付いてきた。
「あの指輪が光ったということは、彼の手がシェリルに触れたということです。まだ十歳のシェリルに触れようとするとは、死にたいのかな?」
え? 今日のフェネリー大伯父様はこわいわよ?
「指輪をはずして。止めてあげよう」
「ありがとうございます」
「危険を知らせる指輪を渡すとはさすがフェネリーだ。ピアソン伯爵……ゆっくり説明を聞かせてもらおうか。場合によっては今後我々との取引がすべてなくなると思ってもらおう」
「わ、我々とは」
「中立派全部だ」
だからさ、さっきの騒動を見たらやばい保護者がたくさんいるってわかるじゃない。
何をしているのよ。
「ギルモア侯爵様、おまちください。息子は、お嬢さんがあまりにかわいくてですね」
「だから俺がエスコートしている女性に触れようとしたと? ずいぶんと舐められたもんだな」
王弟殿下もお怒りだった。
そういえば、当の本人は何も弁解しないのね。
だるそうに視線を落として突っ立っている。
ピアソン伯爵が息子を叱らないってことは、彼が私に近付こうとするって知ってたってこと?
「そもそもなんで、彼らは招待されたんですか?」
「ギルモアが招待したんだろ」
「王族派を?」
ピアソン伯爵って王族派なのよ。
別にそれ自体は問題ないのよ。他にも貴族派や王族派の人はいるから。
でも派閥を超えて招待されたということは、何かしらの理由があるはずでしょう?
「調べさせよう」
私にちょっと触ろうとしただけで、大騒ぎにして申し訳なかった気持ちがちょっとだけあったんだけど、どうもそう簡単には済ませられないみたい。
王弟殿下がエスコートしている少女を口説いて触ろうとしたって、王族を馬鹿にしたことになるのよね?
なんでそんなことをしたんだろう。