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オバサンは祝賀会でおばさんのアイドルになる  2

 でもね、私はそんなには心配していないの。

 このタイミングで自分の息子と親しくさせようって親は、陛下の意向を正しく理解出来ていないってばらしちゃっているようなものなのよ。

 私を準男爵にして一年で学園を卒業させて王宮で活躍させようとしているのに、婚約させて自分の家に取り込もうとするって喧嘩を売っているようなものでしょ。


 それなのに殿下だけじゃなくて保護者達の過保護ぶりが止まらない。

 気を付けるっていっているのに入場の時間に合わせて部屋を出る前、殿下に大きな鏡の前に連れて行かれた。


「ちょっとここに立て。自分の顔をよく見て、前世だったら芸能界にスカウトされること間違いなしの可愛い顔だと自覚しろ。きみが紹介されるのは思春期の怖いもの知らずな男ばかりだ」


 殿下もその年齢なんだけどね。


「自分の思い通りになることが当たり前だと思っているやつもいる。十歳の子供なら、簡単に誑し込めると思って近付いてくるかもしれない」


 身長差があるので、私が前に立っても後ろにいる殿下の顔が見える。

 私からしたら、殿下目当ての御令嬢の数のほうが多いと思うんだけど、この世界では独身女性は結婚相手次第で今後の人生が決まってしまうから、いろいろ面倒なのよ。

 妙な噂をたてられて王宮で働けなくなるのは困るわ。


「勘違いした親の子供も勘違い野郎だ。くれぐれも気を付けるんだ」 

「四十過ぎてから、町を歩いても電車に乗っても男性が興味を持たなくなって、自由で気楽ですっかりそれに慣れていたのに、まさかまたこうして、それも可愛い女の子になって、身の安全に注意しなくてはいけなくなるなんて……」

「万が一の時は魔法で撃退するなり、防御して逃げるなり派手にやれ。後始末はどうとでも出来る」


 嫌よ。きっと大騒ぎになるでしょ?

 魔法を使わなくていいように、決してひとりにはならないわ。


「よし、行こう」


 そんなに私って危なっかしいかなあ。

 いつぞやの誘拐未遂事件で反省して、身の安全には注意しているつもりなんだけど。


「王弟殿下……シェリルの控室にいらしたんですか」


 私が王弟殿下と一緒に部屋から出てきたので、廊下で待っていたお父様は不満気だ。

 そういえば、殿下とふたりっきりで部屋にいるのもまずかったんじゃないの?


「シェリルに決して油断するなと話したところだ。俺がいないときはアレクシアに傍にいてもらうか、ロゼッタの傍がいいだろう」

「そうですね。私たちは挨拶に忙しくて傍にはいられないでしょうから」

「今日だけはシェリルの王宮での魔法の使用を許可する」

「ありがとうございます」


 お父様、そんな嬉しそうな顔で丸め込まれちゃ駄目ですよ。

 この男、私の控室に堂々とはいってきたんですよ。

 私も部屋を出てからまずいことに気が付いたんですけどね。


「王弟殿下、せめて侍女と一緒に部屋に入っていただきたかったですわ」


 おお、お母様のほうがしっかりしていた。


「すまない。部下だし、エスコートしているからと考えがいたらなかった。今後は気をつけよう」

「そうしてくださいな」


 つまり私を女とは思っていなかったってことね。

 まあそうでしょう。六歳も年下のお子様だし、中身はおばさんだし。

 でも周りはそう思ってはくれないから、気を引き締めていかないと。


「怒られたじゃないですか」

「信用されていないらしい」


 歩きながらもっと文句を言いたかったけど、小声で会話するには身長差が大きすぎたので、おとなしく殿下の肘に手を添えて、両親の後ろをゆっくりと歩いて会場に入った。

 拍手と共に出迎えられて、豪華な室内とそれに負けないくらいに豪華な人々を見て、自分が場違いな気がしてもう帰りたくなったわ。


 今まで私が行動していた場所は、王宮の中でも政治を司る建物ばかり。つまりお仕事のエリアなのよ。

 だから機能性重視で、物はいいけどシンプルイズベスト。それか重厚感ある男性が好みそうな内装ばかりだったの。


 でもここは社交の場。お金のかけ方が半端ない。

 色はシックにまとめられているけど、あの壁の金色のラインは本物の金が使われているのよね。

 落ちて来たら大惨事になりそうなシャンデリアできらきら輝いているのは、もしかして本物の宝石だったりするの?


 みなさんのドレスも豪華絢爛。

 私の黒いドレスの輝きなんておとなしいもんだったわ。

 なにより大きい宝石のついた重そうなアクセサリーの輝きがすごい。

 でもそんな大きなピアスを付けたら、耳たぶが伸びちゃいそうよ。


「こら、ぼうっとするな」


 身を屈めて耳元で話しかけないで。

 今、ざわっと空気が動いたじゃない。


「今日はクロウリー子爵とアッシュフィールド準男爵の祝賀会にようこそ。まずは王族を代表して、俺のほうから話をさせてもらう」


 王族が催した祝賀会なので、王弟殿下が最初に事情を説明するんだそうだ。

 そもそもなぜ私が王宮で働いているのかさえ、よくわかっていない人もいそうだもんね。

 商会と取引のある人たちも呼んでいるし、お仕事でご一緒する機会のある方も招待している。

 それにギルモアやフェネリーの親戚だからって、事情を全部知っているのは直系の家くらいのものなのよ。


 だから特に若い人たちは、初めて見る顔のほうが多いかもしれない。

 十五歳以上ということで、お子様はいないけど思春期真っ盛りな青少年たちは、あれ? ほとんどいないわね。

 優秀な人ばかりってこと? それか実は殿下も私も人気がない?

 いえ、殿下にエスコートされている私に対する女の子たちの視線が厳しいわ。


「ということで、今日は迷惑をかけた詫びを兼ねて、俺がアッシュフィールド準男爵をエスコートさせてもらうことになった。彼女はまだ十歳なので、ひととおり挨拶が終わったら一足先に退出することになる。俺にとっては大事な部下でもあるので、無理をさせないようにしてほしい」


 無意識なのか意識的なのかは知らないけど、俺は保護者ですよって宣言してるよね。

 それが余計な面倒を招くかもしれないということを自覚してくれないかな。


「では挨拶していこう。長老もおいでくださるとは思いませんでしたよ」


 殿下が真っ先に声をかけたのは先代のラトリッジ公爵だ。

 ギルモアのひいお爺様より年が少し上だって聞いたわ。


「殿下、その呼び方はやめてください」

「では……館長と呼べばいいですか?」

「敬語もやめていただきたいですな」


 公爵家筆頭はラトリッジ公爵家で、殿下にとっては大叔父様に当たる人よ。この人が国立図書館の館長さんなの。

 そして現ラトリッジ公爵は中央国立学園の学園長だから、今後お世話になる人なのよ。


「はじめましてアッシュフィールド準男爵。叙爵おめでとう」


 父と話をしていたラトリッジ公爵が私にも声をかけてくれた。


「ありがとうございます」

「陛下に一年で学園を卒業するように命じられたとか」

「はい」

「自信があるみたいだね」

「今は自信はありません。だから自信が持てるように猛勉強中です」

「ほう」


 私の答えにどんな感想を持ったのかはわからないけど、シルバーグレーの髪の包容力のありそうな素敵なオジサマだわ。


「語学の勉強はどうしているのかな? 自国語はもちろん、共通語ともう一か国の言語をマスターしなくてはいけないよ?」

「アードモア王国語とフリューア公国語が話せます」

「は?」


 語学って、私の異常な暗記力と相性がいいのよ。


「うちでは週の半分は、食事の時に他国の言葉で会話することにしているんです」

「素晴らしい」


 ローズマリー様と週に一回しか会えなくなったから、代わりに家族に協力してもらって言葉をマスターすることにしたのよ。

 ギルバートやセリーナは普通に話してよかったんだけど、子供の好奇心と記憶力ってすごいのよ。

 他国の言葉を使った時にみんなで褒めまくったもんだから、セリーナまでクワドリンガルになりつつあるわ。


「なんと、外国語も達者とは。殿下、アッシュフィールド準男爵は事務次官にしておくには惜しい人材ではないですか?」

「キリンガム公爵、まだ紹介していないだろ」

「いいではないですか。知らぬ仲でもなし」


 財務大臣のキリンガム公爵は、もうすっかり保護者のひとりだもんね。

 両親と話をする様子を見ていても安心よ。

 夫人がまた優しい人なんだ。


「その話をぜひ聞かせてもらいたいな。語学に堪能な人材にはぜひ貿易の仕事に就いてもらいたい」


 トールマン公爵は海運王なのよ。

 正直なところ、今日一番お話したかったのは彼だったりする。

 就職先としてではなくて、魚介類の仕入れ先としてね。


 でも今はそれより、公爵三人に囲まれている両親が心配よ。

 王弟殿下は私のフォローに回ってくれているから、ふたりだけで雲の上の人達と会話しなくちゃいけなくて、お父様なんてさっきからハンカチで汗を何度も拭いているわ。


「クロウリー子爵の話が面白くてな、今度、ぜひ詳しく話を聞こうと思っているんだ。その時には是非とも同席してくれ」

「あの、トールマン公爵家の領地には大きな港があるんですよね?」

「そうだぞ。外国籍の大きな船が何隻も停留しているんだ」

「漁船も来るんですか?」

「漁船?」

「漁業も盛んなんでしょうか」

「シェリル」


 王弟殿下に止められてしまった。

 なんで? 昆布とカツオが手に入るかもしれないじゃない。


「そういう具体的な話は別の日にしたほうがいい。まだ挨拶するべき人がたくさん残っているんだ」

「あ、そうでした。今度、いろいろ教えてください」

「ふむ。海産物に興味があるのか。おもしろい」


 大ありですよ。

 いずれは領地にお邪魔したいくらいに。


「ワディンガム公爵はあいかわらずだな」


 殿下が呟いた声が聞こえたので視線を向けたら、ワディンガム公爵が仏頂面で両親と話をしていた。


「そうなんですよ。母が社交的なおかげでどうにかなっています」


 殿下の呟きが聞こえたらしくて、ジョシュア様が苦笑いしながら近付いてきた。


「アッシュフィールド準男爵、おめでとうございます」


 そうか。私のほうが先に爵位をもらってしまったんだ。

 でも、年明けにはジョシュア様も正式に王宮で働くことになって、準男爵になるのよね。

 それにいずれは公爵だもの。敬語を使われるとぞわぞわする。


「今まで通りにしてください。ジョシュア様の敬語はこわいです」

「ええ? ひどいなあ」

「あらシェリルっていけない。アッシュフィールド準男爵」


 今度は、満面の笑顔でワディンガム公爵夫人が声をかけてきた。


「今まで通りにシェリルとお呼びください。もう本当にお願いします」


 今日、王弟殿下が声をかけた順番が公爵家の格の順ってことでしょ?

 ワディンガム公爵は最後だったのよ。


 それは夫人もわかっているから、うちと個人的に親しいんだぞって示したいのよね。

 もう私の誘拐未遂の事件は片付いて、もう何も問題ないんだって話にしたいんだろう。

 実際、そうだしね。ジョシュア様とローズマリー様とは仲良しなのよ。


「まあ、ジョシュアに虐められたんじゃないでしょうね」

「母上、よしてくださいよ。王弟殿下の前で虐めたりしませんよ」

「俺がいないと虐めるみたいじゃないか」

「ははは」


 なんだこの会話は。

 そして笑いながらさりげなく両親のほうに移動して、フォローしてくれるジョシュア様の有能さよ。

 ただそのせいでワディンガム公爵がこっちに来そうなんだけどね。


「この間の小豆のゼリーは美味しかったわ」

「よかった。夫人にそう言っていただけると安心します。私の誕生日会で使おうかどうか迷っていたんです」

「あら、ぜひ出すべきよ。その時にはマガリッジ風の料理も食べられるのかしら?」

「はい。王室御用達の玉子と鶏肉を使って、貴族に向けた料理にアレンジして出す予定です」

「素敵だわ」


 どうも最近は本当に気に入られたんじゃないかって思うほどに、夫人が親しげなのよ。

 私と仲がいいというのは、お茶会の席でそんなに使える話題なのかしら。


「そうだった。鉛筆が非常に便利でね」


 突然、ラトリッジ公爵が話に割り込んできた。


「あの柄付きの鉛筆のデザインは、ワディンガム公爵家の御令嬢が手掛けているというのは本当かい?」


 ああ、その話ね。

 夫人の大好きな話よ。


「そうなんですよ。ローズマリーとシェリルはとても仲がいいんです。ね?」

「はい。ローズマリー様と一緒にお勉強させていただいているんですよ。語学も最初はローズマリー様と始めたんです」

「ほお。ジョシュアの有能さは有名だが、ローズマリーも優秀なのか」

「ローズマリー様は色彩のセンスが素晴らしいので、弟が相談にのってもらっているんです」

「確かにあの鉛筆は女性に人気だったな。いや羨ましいな。ワディンガム公爵家は安泰じゃないか」


 横に立っていただけのワディンガム公爵は、たぶんなんの話かよくわかっていないんだろうけど、褒められて悪い気はしないようだ。

 夫人のほうは、もう次の茶会での話題が出来て大喜びよ。


 もうここでの役割は果たしたわよね。

 殿下、横で存在を消してないでさっさと次に行きますよ。


 それにしてもさすが公爵家、ジョシュア様以外の子供は誰も連れてきていない。

 ジョシュア様だって私より両親と話しているあたり、さすがだわ。





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― 新着の感想 ―
まぁ当人に目を見張る美少女で有能で非常に美味しい人材な自覚が全く無いのが困りもの オマケに中身のせいか非常にアグレッシブ 周りの保護者を自称する方々が過保護になるのも仕方ないかなw 一部上手いこと迷惑…
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